第2話 合流
馬を止めた張飛は草むらに向って声を掛けた。
「兄者! 早く逃げましょう」
ガサガサ、ガサガサ。
すると、草むらから高貴な顔立ちをした武将が現れた。総大将らしき豪華絢爛な服装、金龍の刺繍が入っている。その武将は張飛の顔を見ると安堵した。
「張飛か。曹操はどうした?」
「蹴散らしてやりました。しかしおそらく、少しの間だけでしょう」
「そうか……して、その娘は?」
「え~、こいつは雷が落ちて……急に現れて、その、つまり……」
張飛は雷と共に現れた謎の女の説明を試みるが、来夏について何も知らないことに気づいた。高貴な武将は来夏を見ると訝しげな顔をした。不思議な生物を見ているかのように、来夏の姿を上下に見やった。二人は謎の女をどうしたらいいのか困っているようだ。その様子を見て、来夏は自分から名を告げた。
「私は来夏です! 華の女子高生ッ、日本から来ました!」
「にっぽん? はて? 聞いたことがない国だな」
(そっか。この時代の日本って……邪馬台国? だよね?)
「えっと、倭国から来ました!」
「なんと! その変わった服装からして匈奴のたぐいだろうと思ったが倭国であったか。私は劉備玄徳と申す。詳しく話したいところだが、今は時間が惜しい。曹操軍がいつ攻めてくるか分からない。その前になんとか東の地へ逃げ切りたい。ゆえに、これも何かの縁。張飛っ、その娘を守ってやれ。すぐに出発しよう」
「わかった、兄者」
劉備たちは曹操軍が再び追ってくると推測し東へ馬を走らせた。
(ヤバイヤバイ! 三国志とか、お母さんに子供の頃から読まされたけど本人に会っちゃったよ~! 劉備さんオーラ凄い! それに張飛さんもプロレスラーより大きいよ~)
来夏には、この状況はいわば『映画の中に入った』という程度にしか考えていなかった。三国志ファンである小説家の母に感謝しつつ、来夏はすでに土産話まで考えていた。
数里ほど行くと案の定、曹操軍の追手がやってきた。
「待て劉備!」
「ここで命を置いていけ!」
劉備と張飛、数十騎の兵たちは、曹操軍の兵をけちらしながらボロボロになって逃げていった。張飛の左側に敵兵が来ると、左手に槍を持ち替えて一斬り。右側に敵がやってくると槍を回して一突きに。来夏は張飛の後ろで振り落とされないよう必死に身を伏せていた。
他の武将や兵士たちも曹操軍を蹴散らし命からがら逃げのびた。ようやく森を抜けて大地の端まで辿り着いた。そこには舟が一艘待機していた。舟に乗っていた長い髭の大男は大声で叫んだ。
「兄上兄上! さあ早く船へ!」
「関羽か!」
劉備の目線の先には美髯の関羽が手を振り立っていた。張飛と並ぶほどの大男だが、どこか知性を感じる武将だ。関羽の呼びかけに劉備たちは急いで船に乗り込んだ。すると、曹操軍は水際で馬を止め弓矢を打った。
ピュー、バキん!
関羽は自分の背丈より長い立派な長槍を振り、劉備に飛んできた矢をへし折った。
「逃したか!」
曹操軍の兵士たちは苦虫を噛んだような顔で遠く離れていく船を睨んでいた。
「兄上、無事ですか?」
「天は余を見捨てはしないか……」
来夏は関羽の黒く長い髭に興味津々だった。まじまじと美髯を観察して深く頷いている。関羽の視界にようやく来夏が入った。
「この娘は?」
「こいつは来夏だっ! 雷と共に現れた倭国の客人だな!」
張飛はすっかり来夏を信頼して豪快な笑い声を船上に響かせた。来夏は関羽の顔を見てどうしても聞いてみたいことを思い出した。
「関羽さん! 好きな本ってありますか?」
「うむ? 勉学を嗜むか……そうだな『左伝』はそれがしの愛読書である」
「やっぱそうなんだ!」
来夏は以前、母と『関羽は果たして本当に道徳の人だったのか』というテーマを議論しあった。母の結論は『劉備は仁、張飛は武、関羽は義。つまり義は合理的判断が必要なため、関羽は冷酷だった』という。一方来夏は『関帝廟で祀られるのは善人の証拠』という意見で論駁していた。
結果的に母の論破力と知識量で来夏の意見はコテンパンにされた。だが本人を目の前にした来夏は確信した。議論の結論は一目瞭然『関羽は合理性で動く人ではない』だった。
その後、諸葛孔明と合流し船を降り、蜀軍は江夏の城へ入っていった。
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