第1話 落雷

「ヤバイヤバイ! 遅刻遅刻~!」


 全力疾走で来夏は学校へ向った。すでに通学路には同じ制服の学生が居ない。前を歩いていたサラリーマンはスマホでゲームに夢中だった。


 ポツリポツリ。


「ひぃ~、雨も降ってきた~」


 来夏は鞄を頭に置き雨を回避しようとあがいた。さらに速度を上げた。スマホ画面に落ちた雨粒でようやく雨が降っていることに気が付いたサラリーマンを追い抜いていく。学校まで、あと三百メートル。次の角を右折すると、学校の校門が見える。そこで待機している生活指導の強面体育教師が校門を閉めるまでがタイムリミットだ。


「あと一分っ」


 来夏は走りながら腕時計を見た。時計の針は八時二十九分。太陽はすでに隠れ、曇天が唸り、雨はどんどん地面を黒くしていく。来夏は華麗なターンで最後の角を曲がった。体育教師の姿が見えた。学校のチャイムが鳴り終わり、体育教師はいつものように門をガラガラとゆっくり閉めていく。来夏は体育教師の気を逸らせようと声を発した。


「ドロボーーー!」


「ん?」


 体育教師の耳に来夏の良く通る声が入ってきた。しかし、それと同時に天が雷を轟かせ、強烈な雷撃が来夏を襲う。


 ズドォォォォーン!!


 腹に響くほどの雷鳴。すると、来夏は忽然と消えた。


 雷が落ちた現場へ駆けつける体育教師は、辺りをキョロキョロ見回した。不思議そうな顔で人影を探すが見当たらない。自分に声を掛けた生徒を探しているようだ。


「むむう? さっき遅刻常習犯の来夏の声がしたと思ったが……気のせいだったか」


 近所で掃除をしていた人、スマホのサラリーマン、その他の教師や生徒たちがワラワラと野次馬根性を見せる。雷が落ちた場所にカラフルな傘が群がった。コンクリートは少しえぐれ、焦げた小石が散らばっていた。


 少し離れた位置にポツンとキーホルダーが横たわっていた。それは馬が居眠りをしているキャラクター。あまり人気がない微妙なキャラデザインだ。


「このダサいやつ、誰が落としたんだ?」


「知らなーい」


「そんなの誰もいらないって!」


 生徒たちは流行に合っていないキャラクターを見て笑った。


 体育教師はそれをポッケにしまい、生徒たちを学校へ戻るよう指導した。野次馬たちは事件性がないことを確認すると、元の生活へと戻っていった。



    ◇◇◇◇


(私、死んだよね……。あの世って、ほんわか暖かい場所だと思ってたけど……)


「うおーー!」


「死ねえぇぇ!」


「ぐああああぁぁぁ……」


「って! ここ、どこよーーー!?」


 来夏が目を開けると、そこは戦場だった。


 血気盛んな武人たちが敵を目にするなり、剣や槍や弓矢で互いを殺傷しあっている。血管がはち切れんばかりに武器を振り、鍔迫り合いをしながら罵倒していた。武人たちは鬼気迫る勢いで人を殺すことだけを考え、敵を一人でも減らそうと武器を振り回す。


「ひぃぃぃぃ~、早く逃げなきゃ! っあれ……」


 身の危険を感じ逃げようとした来夏だが腰が抜けて動けなかった。目の前の迫力にのまれたのか、茫然と座ったまま声を失う。すると、武将らしき大男が来夏に迫ってきた。


「女っ! 馬鹿野郎早くこっちへ来い!」


「へ? 腰が抜けて動けません!」


「チッ」


 その武将は来夏の細腕をガシっと掴み、その場に立たせた。そして、もう片方の手で大きな槍をブンッと振る。迫ってきた敵を一太刀で切り倒した。


 ブシャ!


「ぎゃあああああ」


「血ぃぃッ!? はへぇ~」


「おい!? しっかりしろ女ッ」 


 返り血を浴びた来夏は意識を失った。武将は女子高生を軽々と背負い、橋の上で止まった。来夏を後方へ寝ころばせ、橋の上で槍を構えた。睨み殺すかのように敵軍に向って叫ぶ。


「俺様を誰だと思ってやがるっ! 死ぬ覚悟ができた奴から、この燕人張飛が斬ってやる!」


 時は遡り、戦乱真っただ中の三国時代。中国が三国『魏・呉・蜀』に割れ、二〇八年頃長坂で魏の曹操軍と蜀の劉備軍が長坂橋を分けて、劉備敗走の危機に陥っていた。しかし、蜀の武将張飛の凄味に飲まれ、魏の曹操は伏兵が潜んでいると判断し一時撤退した。


 実はこの時、味方は少なく、張飛の鬼気迫る威嚇のおかげで首の皮一枚繋がった。草むらに隠れていたのは少数兵と大将劉備だけだった。張飛は曹操軍が撤退したことを確認すると、気絶している来夏を担ぎ劉備の所へ向う。


「さてと、兄者のところへ行くとするか。おい、女! いつまで寝ている。起きろ起きろっ」


「う~ん。起こさないで~、まだ平気だから~」


「何を寝ぼけている?」


 来夏の目には無精ひげで筋骨隆々の大男が映った。まるで、達磨のようなギョロっとした目、来夏は寝ぼけ眼でそれを見ていた。周りの兵士たちは、張飛の鬼の形相を恐れていたが、来夏には不思議と優しい人物に見えていた。


「誰?」


「馬鹿野郎っ! どこからわいてんだ、お前はっ!? 突然、雷が落ちたと思ったら、お前が倒れていた。女が戦に参加するなど言語道断っ」


「はぁ……と言われましても。私も何が何やら分からなくて、ははは」


 突如、戦場に現れた謎の女。この時代には合わないセーラー服で、誰からも恐れられる武将の張飛を相手に全く動じていない。へらへらと明るい笑顔で戦場の中笑っていた。張飛は訝しげに来夏を見る。だが、全く敵意を感じず頷いた。


「よし、馬には乗れるな?」


「へっ? メリーゴーランドにしか乗ったことないです」


「めりらんどう?? 何を言っている。さあ、手を貸せ」


「は、はい」


 張飛は分厚い手で来夏を持ち上げ、ストンと馬の背に着地させた。そして近くで待機している兵卒に命令をする。


「おい、そこのお前。橋に火を付けておけ」


「はい! すぐ準備します」


 来夏はようやく頭が冴え、『タイムスリップ』したということを自覚した。


(そっか……そうだよね。やっぱここ現代じゃない。ずっと昔の時代だよね)


「行くぞ、女。しっかり掴まっておけ。振り落とされるなっ」


「う、うん!」


 張飛が手綱を引くと馬はいななき走り出す。張飛の焦燥が移ったのか馬は急いで森に向った。来夏は張飛の岩壁のような背中にしがみつき、周りを見る余裕もないくらい、精一杯腕に力を入れた。


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