それはもう済んでいること

 十


 後日、遠野さんから聞いた話では、清水さんから真田さんの自宅へと電話が入れられたという。ボランティア活動に参加してくれたこと。ブランド物のオイルライターを探していたこと。今回の顛末てんまつについて話してくれたようだ。

 その後、真田さんがどうなったかはわからない。改心したのか、それとも反省していないのか。俺たちの知るところではないけれど、どうか仲田さんの言葉は胸に響いてほしいと思った。

「何事も悪いことには同調圧力が絡んでいるんだな」

 社会奉仕部の部室で遠野さんはそう言った。俺はパソコンデスクの前で、イスの座面を回転させ、遠野さんと向き合う。遠野さんは活動報告書を書いている途中だった。テーブル上には写真部の二人から受け取った活動写真が並んでいる。

「同調することの全てが悪いというわけではありませんよ」

 同調無くして秩序は成り立つものにあらず。何事も時と場合によって使い分けが必要なのだ。

「確かにね。越渡こえど君も俺に同調したからこそ、力を貸してくれたんだもんな」

 そんなことない、と言おうとしたけれど、機先きせんを制するように遠野さんは、

「越渡君は最初から気付いていたんじゃないかい? 鍵が紛失したこと、その違和感の正体に。情報を組み立てるまでもなく、直感的にさ」

 と口にした。

「越渡君は、自分のせいで相手が不幸になることを恐れているのかい? それとも」

 遠野さんは言葉を止めるなり、頭をがしがしといて、

「すまん。デリカシーがなかった。忘れてほしい」

 と言った。

 遠野さんが言外に滲ませたことは容易に想像がついた。自分のせいで相手が不幸になることを恐れているのか。それとも、自らのミスで自身が不幸になることを恐れているのか。

 遠野さんが言葉を取り消した理由はわかる。相手の辛い過去を掘り返すのは趣味が悪い。同じ小学校に通っていた遠野さんは俺の苦い経験をよく知っているのだ。

 けれど、遠野さんは勘違いしている。俺はその経験を辛いと思っていないし、触れられて嫌だとも思っていない。むしろ教訓にしているし、人生の指標にもしている。だからと言って、感謝しているとは決して言えないけれど。苦い思いを経験せずに済むのなら、それに越したことはない。そういう意味では、俺は失敗を繰り返すことを恐れているのかもしれない。

 室内に微妙な空気が流れる。それを打ち消そうと遠野さんは口を開いたけれど、今度は俺が機先を制するように、

「構いませんよ。それはもう済んでいることですから」

 と口にした。

「ただ、真田さんの件については買い被り過ぎです。俺は遠野さんと一緒に考えるまで、違和感にも気付いていませんでした」

「そうかい」

 それ以上遠野さんは何も言わず、活動報告書を書き進めていった。


 価値観が異なれば、大切なものもまた異なる。けれど、大切なものを失えば苦しいということは共通している。

 俺にとって大切なものが過去の誤りから得られた教訓であるように、遠野さんにとって大切なものもまた過ちから得られた教訓なのだろう。大切なものはいつだって、失ってからでなければ気付けない。

 時は金なり。失った時間がマイナスだとすれば、失ったことで得られた認識はプラスになるだろう。プラマイゼロと言うべきか。成功につなげられれば、失敗はマイナスにならない。時間の無駄にもならない。無駄になるのは、何も得られない失敗だけだ。

 今回、真田さんは失敗した。オイルライターを持ち出したことも。そのライターを失くしたことも。そして、嘘をいてまでその失敗を揉み消そうとしたことも。

 それらがかてになるかどうかは真田さん次第だ。けれど、仲田さんが放った言葉が心に突き刺さってさえいれば、きっと大丈夫だろう。大切なものを見誤らなければ、失敗した時間は無駄にならない。城南川の清掃ボランティアに参加した時間も、『あいおい星』の方とお喋りした時間も、真田さんの財産になるだろう。

 いつの日か、俺もこの時間を財産と呼べるように、社会奉仕部の活動に専念していきたいところだ。



『それはもう詰んでいるもの』 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それはもう詰んでいるもの 万倉シュウ @wood_and_makura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ