観覧車

 春爛漫、行楽シーズンとなった良き日。


 世間で嘘が蔓延る日に、桜の下で、私は朝から真の数字を追い求め観覧車に乗る客を凝視していた。

 左手にカウンター、右手にはペン、膝にバインダーという格好で。

 パイプ椅子に座り続けて早2時間半が経過していた。


 日差しはにわかに強まりはじめ、肌寒さがなくなってきた。

 風で舞い散る花びらも心地よさで朝よりも鮮やかに色づいている気がする。


 美しい日本の春を堪能したい気持ちは山々だが、私は今勤務中である。

 理性を保ち、観覧車乗り込み口に視線を戻した。


 そのときちょうど、初々しい高校生くらいの男女が手をつないで乗り込もうとしていた。

 危ない、見落とすところだった。

 カチ、カチ。

 私は慎重に、不器用な方の手を制御した。その動きはまるで、全身に巻き付けた自爆ボタンのスイッチの足で持っているような、不安感を抱かずにはいられない手つきである。

 そして起爆スイッチから無事に親指を外し、利き手に持つ赤ペンで「10代」と「カップル」のところに〇をつけた。


 一体全体こんな調査が何になるのだろう。

 ただ事実としてはっきりしていることは、世間にはこんなよくわからない”社会調査”をしている人がいて、お金欲しさに手伝う私みたいな人がいて、知らない間に数えられている人がいるということだろう。

 観覧車によく乗るのはどの世代のどのようなペアなのか。


 コンビニがポイントカードを使って顧客情報を整理しているのと、きっと理屈はそんなに変わらないように思えてきた。


 行っては戻って来る観覧車を何時間も見ていると、連想ゲームがしたくなる。

 赤と言ったらリンゴ。

 リンゴと言ったら赤い。

 回っちゃった。


 だんだん色んなことがまーるく、つながっているように思えてくる。


 この調査も食物連鎖のようにつながっているように錯覚してしまう。

 私の論理的な部分は、違うと主張しているのに、感覚派の私がその思考を制する。

 妙な社会調査を依頼する人→バイトする人→数えられる人…

 絶対回っていない。

 強いて言えば、依頼者と私は、命令され・情報を渡しの関係だから回っているかもしれないけれど、数えられている人は何も気づいていない。

 一方的に数えられているだけ。


 観覧車も回されて回っている。


 さらに時間が経過するにつれて、乗り込んでくる客層が子連れになってきた。

 確認するとヒーローショーの終了時刻を15分ほど過ぎていた。

 カチ、カチ、カチ。

「30代」と「幼児」、「ファミリー」に〇をつけた。

 同年代の人が親になっていくのを見て、彼らはトロッコに乗れた人たちだと、ふと思った。


 次から次へとやって来る。

「30代」「幼児」「ファミリー」。


 生物としてのサークルを全うしているなと、独り身の私は円の外側からその流れを眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ベルトコンベヤー 森本テンテン @womendegushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ