ブロック

秋原 零

ブロック

 「これは明らかに間違っている」そう声を荒げる男がいた。並々と人が溢れる東京。数多の人の中で男の街頭演説に耳を傾ける者はいなかった。交友関係管理法が可決されてからもう10年が経とうとしていた。ほとんどの国民はこの法案を拒まなかった。世界中の先進国で類似の法案が可決され、人々の交友関係を事務的に管理しようという試みは、もはや世界の風潮になっていた。

「この法案は今まで我々人類の歴史を築いてきた愛と絆への冒涜です。こんな事が許されるのでしょうか」男の怒りの篭った大声は、人々の足音にかき消されていった。これは、人々の交友関係を全て登録し、インターネット上で管理しようとする法案だ。人々は自身の持つ端末で交友関係を確認できる。端末には知人リストが表示され、このリスト以外の人間と交友関係を持つことは、違法とされる。知人になる条件は双方が合意することだ。

「ボタンひとつで今までの付き合いがリセットされるんですよ。例え、付き合う中で相手の嫌な所が見えても、それを互いの納得する形で受け入れ合うのが本当の友人でしょう」交友する中で、相手のことが気に入らなくなった場合、合意を破棄する事ができる。知人リストの横に表示されるブロックボタンをタップするだけだ。こうすることで、相手との交友関係を断てる。当然、ブロックされているのに、相手に接触することは違法だ。これにより、ストーカーや、不適切な交友を防ぐ事ができるというのが国の主張だ。

 日が暮れた。たくさんの人が歩いている中、演説を終え、片付けをする男の姿があった。

「今日も全くだったな」男は溜息まじりにそう呟いた。そんな男の姿を街路樹の横から見つめる青年の姿があった。男は青年の方に目をやり、こう喋りかけた。

「ずっと聞いていてくれたな。私の演説」青年は、驚いたような様子を見せ、そこから立ち去った。男は追いかけ、青年の腕をグッと掴んだ。

「やめてください。交友関係の登録もないのに、むやみに話しかけないでください」青年は焦燥した様子だった。

「君までそんなこと言うのか」男は声を張り上げた。そしてすぐに穏やかな表情になり、

「どうして私の演説を聞いてくれていたんだ」と問いかけた。青年は沈黙している。男は

「教えてくれないか。君もこの法案に思うことがあるのだろう」と再び問いかけた。青年はやはり沈黙している。長い沈黙が続く。二人の男が沈黙しながら立ち尽くしている。そんな異様な光景に誰も目を留めることはなく、皆俯いて自分の道を歩いている。長い沈黙を破ったのは、青年であった。

「僕もこの法案、どことなくおかしいって思ってたんです」

「君もそう思ってくれたか。なかなか骨のある若者だ。大学生か」男は問いかけた。

「はい。そうです」青年は答えた。

「立ち話もなんだ。近くの公園で一杯飲みながら、話さないか。奢るよ」

「でも交友関係の登録が」青年は後退りした。

「またそんなこと言う」男は肩を落とした。

「すいません。やっぱり一杯頂きます」青年は恐る恐る男の要望に応えた。

 公園のベンチに腰掛ける二人の男の姿があった。

「僕も最初は何も思わなかったんです。これが普通だって。でも先日、小学校以来親しくしてきた友人からブロックされまして…」青年は哀愁に満ちていた。

「なるほど。それでこの政策に違和感を覚えたんだな」男はニヤリと笑った。

「僕は、親友だと思っていました。小学校からの付き合いをボタンひとつで断たれるなんて…。僕が何かしたのなら、謝りたいです。でもそれすらも叶わない…」青年は声を詰まらせながら、語った。

「人は弱くなったんだろうな」男は青年の方に手をかけた。

「どう言うことです」青年は問いかけた。男は一呼吸置き、語り始めた。

「この世界は、加速度的に便利になっていった。欲しいものがあったら、金さえ払えば、ワンクリックで家まで届けてくれるし、水を飲みたいと思えば、蛇口をひねるだけ。昔なら井戸まで行って、汲んでこなければいけない。これはなかなかの重労働だ。しかし、現代人はこれをしなくていい。故に現代人の体力は激減した。しかしこれは、体のみならず、心まで蝕んだんだよ。この利便性を人間までに求めるようになった。人間関係の中で生ずる不便や不自由に対処する能力を失ったんだよ」

「だから、人々はこの政策を求めたんですかね」青年は問いかけた、

「そう言うことになるな」男は静かにそう言った。

「もう、このままなんですかね、この世界」青年は絶望した。

「そんなことはない。我々が変わればいいんだよ。君のように」

「僕のようにですか」青年は不思議そうであった。

「君は、交友関係の登録がないにも関わらず、私と話してくれた。これはこの政策へ対する反対を身をもって表明したことになる。素晴らしいことだ」男は、青年を褒め称えた。青年は少し照れた様子で

「そう言っていただけて嬉しいです」と答えた。男は

「どうだ。私と共にこの悪魔の政策と戦わないか。明日を変えるために」と切り出した。青年は、一瞬躊躇ったのち

「はい。よろしくお願いします」と明るく言い放った。暗闇の中、固くお互いの手を握る二人を月の光が彩った。二人に一つの影が忍び寄る。

「交友関係管理法違反で逮捕する」

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ブロック 秋原 零 @AkiharaRei

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