第11話 Miria & Gui's Loud Day


 「よお、お前ら今日はこれで終わり?どこか遊びに行かない?」

「いいな。どこ行く?」

「とりあえずセントラルのモール辺りで、」

「リドック、お前は?」

「これからまだ仕事。」

「そっか、じゃまたな。」

「ああ、おつかれ、」


そんな会話も聞こえてくる、通路で話す彼らの近い所でボトルの水を飲んでたミリアは、少し喉を鳴らして飲み終えると、ふたを閉めてボトルを横に置いた。


身支度を済ませた後、プライバシーエリアに入る手前のその広場で空いていたベンチを見つけて座っていた。

広場では、トレーニングを終えたEAUの彼らが行き交っていて、少し賑やかだ。

シャワーを浴びたり着替えたりした後の待ち合わせだったり、行き交ってはこの場所を離れていく人たちを少し眺めていた。

仕事を終えて帰る人たちや遊びに行く人たち、それからまだ仕事が終わっていない人たちはシャワーを浴びてさっぱりした後、何かの任務に就くのかもしれない。

シャワー室などで騒いでいる子供の様な人たちもいて、大きな大人に怒られてたのもちょっと眺めていたけれど。

「んでね、すっごいびっくりした。あ、その子はススアっていうんだけど、ものすごく足速過ぎて砂煙が舞い上がるレベル、」

「それ普通にダメなじゃん?」

「でも小っちゃくて可愛いんだ、」

「へー?最近、ユリチャ、楽しそうだね?学校。」

「うん、」

訓練も終わって解散したりする彼らは、それぞれの持ち場に戻るか、仕事が終わって家に帰るか、遊びに行くようだった。


「ふう、」

ミリアは少し胸に溜まっていた息を吐く。

少しぼうっとしていて。

・・身体の力も抜けてきたようだった。

どこかで気を張ってたのか、ぼうっとズボンの膝の上を見つめてられる。

すっかり汗も引いたし、身体に残っていたような熱もどこかに飛んで行った。

そんな時は、少しだけ身をゆだねて、まぶたを閉じていたくなる・・・―――――


「――――ガイ、お前は?」

「ん?」

「どっか遊びに行くか?」

「まだ仕事があるんだ。じゃな。」

「おう、」

そうしていたら、ガイが来たようだ。

会話の様子をちょっと聞きながら、ミリアが顔を上げる頃にはそれもすぐ終わったようだ。

「よ、お待たせ。」

「行く?」

「おう」

短い言葉を交わして。

立ち上がるミリアは、傍に置いていた水のボトルを手に取って。

「大丈夫か?眠そうだな」

「・・ちょっと眠い。」

通りがかるついでに、飲み切った水のボトルをゴミ箱に捨てた。

「ちゃんと寝れてるか?」

「ん、まぁね。そっちは?」

「ぼちぼちだ。」

「そか。」

傍で、香水かなにかのちょっとだけ甘い香りがした気がしたけれど、すれ違う誰かの香りだろう。

それから、首にかけてた支給品のタオルを手に取って回収箱に、ガコンと押し込んだ。





 ――――――黒髪、黒瞳の青年、ケイジが、その病棟の通路に配置されたベンチの一角を、一本の義手と一本の義足と共に占拠している。


関係者がたまに通るそこで、ケイジは携帯を右手にいじって、動画を見たりゲームをしていたりしてたが。

ぴく、と顔を上げるようにしたケイジは・・・ふぁあ・・・、と大きな欠伸をしていた。

って、少しずれた左腕の固定が外れた感触に気が付き、携帯を置いたのは少し乱暴になったが右手で左腕を抑える。

左腕の付け根に固定している最中に、携帯の動画が良い所になったので集中したのを思い出したのだ。

新作のゲームの公式メーカーが、プレイ映像をってのを見ていたが、さすがに飽きてきた。

1人で何度かやってたが、しっくり来ないしな。


まあ、ケイジは胡坐をかきつつ、その腕を抱え込みつつまた欠伸をするのだった。

いつもそんなもんだし、短時間ならそんなに困りはしないのだが。

それよりも、あいつがおせぇなぁ・・・と、そう思うと、少しいら立ちも覚え始めていた。

病院の通路のど真ん中のベンチだから、遠くに人の多い気配はするが、この辺は静かだ。

・・なんかを感じた気がして、ふと顔を上げれば向こうから、通路を歩いてきたリースがいた。

こちらを見つけて歩いてくる。

ケイジはずり落ちかけてた義手を、そこに立てかけといた。

それから、どうでもいい少し景色を眺めていれば、リースはこっちに到着するだろう。

たまに、看護師や職員が通りがかる奇異なものを見る視線も、気がついちゃいるが。

さっきも腕や脚を担いでいて、ぎょっとした顔をされたが。

どうしようもないその状態を気にせずに、ケイジはそこの壁の大型モニタに映る窓の外の景色をぼーっと眺めていた。


緑色の植物が豊かな、庭園の風景に風がそよぐ、花壇にカラフルな青や黄色や白や赤色の模様の羽のちょうちょが飛んで来て停まる。

・・まあ、あれらは全部、外の景色風の映像なんだが。

ぼうっと眺めているには、今はちょうどいい。

・・・離れた場所を通りかかった白色の制服の看護師が、こちらを見てちょっと目が合ったが、すっと顔を前に戻していた。


そりゃあ、片腕しかないヤツがベンチの上で胡坐をかいて、金属の腕と足を横に置いて、背中をずり落ちるほど思い切りだらけて呆けているのを見れば、そりゃ誰でも目を逸らすだろう。

もしくは、二度見でも三度見でもするか。

それでもまあ、が近づいてくるのを待っているケイジは。

適当に、右手で持ち上げた義手の結合部へ、左の二の腕の先をまた差し込んでみる。

そして、義手を股の間に挟んで動かないよう固定しつつ、ベルト器具を右手でしっかり留める。

適当にだが、固定できた義手から右手を離し、その金属骨格の左手を適当にして、動かし、何度か繰り返したその感触をまた確かめる。

関節から不具合っぽい異音が聞こえることもないし、動かす際の擦れるような気持ち悪い引っかかりも無いようだ。

スムーズに動く人口義肢に、その人工皮膚に近い感触の疑似皮膚で覆われたカバーにその義手を突っ込めば見た目も生身の手のようになる。

肘を曲げても指を曲げても、動きの邪魔をしないのは、相変わらず高性能って感じで良い感じだ。


と、傍に立つリースの足元が見えた。

ケイジが顔を上げれば、相変わらずダルそうな眠そうなリースが立っている。

やっと面倒事が終わって清々せいせいしたって感じか。

「よぉ、携帯切ってたのか?」

「・・あっちの棟は禁止だよ。」

言いながらケイジの左側に座るリースが、気付くか気づかないかくらいに、珍しくため息を吐いていた。

「そうだっけか?」

「・・・」

リースは答えないが、疲れたのか眠そうだ。

「まあいいや、っつうか、これ頼む。」

「・・調整?」

「ああ。」

リースが向き直り、ケイジが義手を肩から上げてみせる。

リースはそれを手に取り、両手で持ち上げたりして状態を見始めた。

「お前の方はどうだった?」

ケイジはリースに左腕を預けながら、また欠伸をする。

「いつも通りだった」

・・まあ、そりゃそうだろうが・・・。

「まあ、お前は診察受けるだけだもんな。・・いや、時間かかりすぎだろ。何してたんだよ?」

「寝てた」

「おい。寝るなら寝るって言っとけよ。」

「携帯が・・」

「ちょっとくらい無理しろよ。」

妙なとこにマジメなヤツだ、っていうか、眠くてめんどいから連絡しなかったんだろう、絶対。

「・・まあいいんだけどよ。」

ちょっとむすっとするようなケイジの義手の部品に手を伸ばし、リースは固定の調整作業に入るようだ。

「・・・今頃、ミリア達はトレーニング中だな?」

「行くの?」

「行かね、」

ケイジがそう短く答えても、・・別に、リースも何も言わない。

リースもただ気になっただけなんだろう。

「脚も頼む」

作業中のリースは何も言わないが、ケイジの腕はしっくりと固定されてきてる感じだ。

「そういえば、模擬戦をやるらしいね」

リースが珍しく伝えてきた。

「お、あのちょっと楽しいやつか?」

「・・・?」

「で、それがなんだ?」

「いつもとは違うものみたい」

「・・違うヤツ・・・?」

「こんな感じ?」

リースに聞かれ、固定された左腕を上げたり振ってみるケイジだ。

「ああ、こんなもんか――――――





 「プロの意見は参考になります。皆さんの協力に感謝します。」

「いえ、私も面白い経験ができました。」

「俺らにも関わってくる事っすからねぇ。」

ミーティングルームに集まる彼らは、トレーニングホールでも見かけた面々である。

その中でも、屈強な体躯を持つ彼らが多く集まっている。

EAUの上司からリプクマの担当者たちが揃い、その彼らの傍でヴェルベが見渡すその部屋には、『Class』を隔てずに多くの面々が集まっている。

軍部で言うならば小隊長格の権限・資格に当たる『指揮権限XHA種』を持つゴラバス、ジジナーなどの他にもアイフェリア、ミクドーなどがおり、他にも今回の合同トレーニングに参加してくれた『A』のメンバーから始まる『B』や『C』などのオブザーバー意見参考人やアドバイザーを買って出てくれた人たちがいる。

話の区切りも付いたところで、彼らは情報交換に気楽な世間話をしているようだ。

その中にいるアイフェリアはふと、その目線を下に移して気が付く。

「いつも、本当に助かってるよ。」

そう言う機械設計開発メカデザイン部・セクションチーフ、ヴェルベの、彼の後ろに少し隠れるような、年端も行かないような切れ長の目の少女がこちらを見ていたのに気が付く。

目が合うと、彼女はすっと顔を逸らしていたが・・・。

「彼女は見学したいって言っててね。」

ヴェルベがアイフェリアが疑問を持ったと思って答えたようだった。

「なるほど。」

アイフェリアも納得して頷いていた。

「それならついでに、彼女にもオブザーバー意見参考人になってもらってたんだよ。」

「そうですか。」

「そうだ。確か、アイフェリアさんたちのチームは、余計な先入観を入れないようにって、最低限のデータしか読んでいないって聞きましたよ。」

「はい。差し出がましかったかもしれませんが、」

「いや、そういう多面的な視点は大いに助けられます。」

「そう仰られると、恐縮です。ミクドー、我々のレポートは全て渡したな?」

「はい。」

「そちらがピックアップした人間を最低ラインとしてチェックさせました。」

「あ、それを聞きたかったんですよ。他に面白い人はいました?」

「ええ、」

アイフェリアは迷わずにそう、返事をしていた。

ヴェルベは素直に肯定する彼女を、珍しいと思った。

常に冷静で論理的に話す彼女とはたまに話すので、よく見知っているから。

「そうですか。それは楽しみだ。」

ヴェルべは、にこっと柔和にゅうわな笑顔を浮かべていた。

「あとで報告書を見させてもらいますよ。」

「アイフェリアが気に入りそうな奴らは何となくわかったが、」

と、ゴラバスが横から顎肘をついたテーブルの席から言ってきてた。

「・・・」

アイフェリアが発言した彼へ送る目は冷静だ。

「ジジナーはどうだったよ?」

「・・報告書に載せてある。」

「愛想が無ぇな、お前は」

肩を竦めたくなる様な彼らの様子に、ミーティングを取り仕切る彼は口を開いた。

「さて、議題はすべて片付いた。今回の成果をまとめて協議したのち、各関係者には追って通達することになる。もちろん、他の計画も進行中だ。今後も様々な意見を参考にさせてもらうかもしれない。その時はまたお願いしたい。そして、楽しみにしていてくれ。ではお疲れさん。今回はこれで解散しよう。」

「お疲れさまです。」

「了解、」

立ち上がる彼らと共に、場はまた会話が再開したり部屋の外へ出る人たちなどで動き始めた。

「はい、」

「おつかれっさんしたー」

「昼飯を食いっぱぐれてるんだよなぁ、おい、一緒に喰いに行こうぜ、」

「おう。ったく、バークのやつら・・」

「ゴラバスさん、ありっしたー」

「ありがとーございますー」

「うっせえっ」

「・・ゴラバス君はどうしたんだんだい?」

そんな彼らの様子を見てたヴェルべが傍の彼らに聞いてみていたが。

「なんか、射撃訓練の成績が良くなかったとかで、罰ゲームにチーム分の昼ご飯をおごるとか。」

ミクドーが教えてくれたが。

「はは。それは災難だ。」

「自業自得ですよ。」

アイフェリアがぴしゃりと言っていたが。

「彼らしいか。で、バークさんたちは?チームがここにいないようだが、」

「たぶん、昼飯優先したんでしょうね。」

「前もそんな事やってたな、彼らは。そうだ、アイフェリアさんたちに頼みごとがあって。」

ヴェルベが話しながら部屋の外に出て行きかけるのを、アイフェリアたちも追って歩き始めた。

「昼ご飯が終わったら顔を出してくれません?」

「了解です。内容は?」

「よお、トリッシュ。今日の調子はどうだったよ?」

「まあまあ・・」

ヴェルベはノートを片手に抱えて、通路を歩くその傍には小さなその少女、トリッシュが付いて歩いている。

「トリッシュ、お前が気に入ったヤツはいたか?」

って、アイフェリアの部下に訊ねられたトリッシュが。

「・・・気に入る・・」

呟くような彼女はその切れ長の目で、考え始めたようだ。

「印象に残っている子が、いるかい?」

ヴェルベが、彼女にそう・・。

彼女はその質問を聞いて、ヴェルベへ、小さくこくっと頷いていた。

「そうか。」

ヴェルベが微笑む。

アイフェリアも、微かに微笑んで。




 ケイジが携帯から顔を上げて、その社員食堂である『レ・コニート』の入り口に足を踏み入れれば食事をする人たちのテーブルが並ぶ一角に、お馴染みになりつつあるあいつらの様子が目に入る。

ケイジが足を向けるのは、大盛りのお皿を目の前に、小柄なミリアが堂々と食べていてお腹に詰め込んでいくその様子だ。

いつもどんだけ腹を空かせてるのかわからんが、今日は訓練で体力使ったのか。

「そんな腹減ってんのかよ、」

ってケイジがミリアの正面の空いていた席に立つ。

「お。おつかれー」

コーヒーカップを片手に、ガイがミリアの隣で出迎えてくれる。

ガイはパスタを食っているようだったが、というか、ケイジはミリアが咀嚼そしゃくしながらじとっとこっちを見ていたのに気が付いた。

「なんだよ?」

聞きながら、椅子の下にごとん、とその抱えていた物を置くケイジで。

食べてるものを飲み込んだミリアは口を開く。

「あんた、やっぱりトレーニングをサボったでしょ?」

「・・・」

ケイジは。

「・・っふっふ。わかってねぇみたいだなぁ?」

「なにを?」

「俺らはな・・・おくれて行ったぞっ?気づかなかったのか?」

「え?」

「気づかなかったのか、会えなかったもんな。いやー会えなかったんなら仕方ねぇな。そうかそうか、なあリース?」

「・・・」

なにかを求められたリースは、ケイジを傍で瞬くようにして立っているけれど。

「リース困ってるし。」

ジト目のミリアだ。

「あれ?お前らもう飯食ってんじゃんか。俺らも買ってくるぞ」

露骨ろこつに話題を逸らしたのはミリアにもわかったが。

「あ、話の途中。ってかなにそれ?」

ケイジがごとんとさっき置いた物ともう1つ、リースが、ごとんと椅子の下に転がすように置いた金属の塊と人工皮膚の足が各1つずつ。

「俺の脚だが?」

ってケイジが当然のように言ってきた。

「いや、なんで持ってきたの?」

「そりゃあ、お前・・・。」

口を開いたまま、止まった、ケイジは。

「・・よし、盗まれないようにな、」

って、ケイジが指さして、見張り番を勝手に頼んでさっさとカウンターの方に行く。

「なんでよ、」

ミリアの文句はその背中には届いてない、というか、基本的に届かないのは知っている。

だから、ミリアはフォークで口にその肉詰めピーマンを運んで、咀嚼そしゃくしつつ、その椅子の下の異物を覗き込んで見ていたが。

「大方、逃げてきたんじゃないの?」

って言うガイに、咀嚼そしゃくしながら、頷くしかないミリアだった。



昼ご飯を買ってきたケイジが、その葉野菜と肉詰めのサンドイッチと、魚の切り身入りのおにぎりを主食に、コーンポタージュスープを飲みながら、ともりもり口の中に詰め込むのと。

「へっひょく、外に食べに行くんじゃないのかよ、はぐっ、」

よくわからないが、文句っぽいことを話しているのはわかるのと。

「時間押しはははふぇ。はむっ、」

こっちもこっちで大盛りの皿を平らげて行くミリアが、言い合いながらだったが。

「よくわかるなお前ら。」

聞いているガイが少し呆れ気味だ。

「でもまあ、確かに腹減ったな。良い運動ができたし。リース、そんなんでいいのか?」

ガイも、自分の分のパスタを食べ終わって手持無沙汰のようだ。

「あとでまた買ってくる。」

相変わらずリースは小食だ。

「何買うんだ?」

「甘いもの」

「カップケーキか?」

「今日はクレープ」

「リースは甘いものは好きだよな」

「いや、こいつ好きだからじゃないってよ、」

ケイジがそう言って。

「え、甘いの食べるのに他に理由が?」

ちょうど口の中のものを飲み込んで、瞬くミリアは。

「なんか手軽にカロリー喰えるとかって言ってたよな?」

ケイジが聞けば。

「高カロリーだから少量で栄養が取れる。」

リースが真顔でガイに説明してた。

「なかなか聞かないぞ、そんな理由。」

「ストイックなんだか、そうじゃないんだか・・」

フォークでポテトを口に入れる前に、ミリアも思わず言ってたけど。

1食分の栄養バランスフードのぷにぷにミンチ食を食べ終わり、立ち上がるリースは。

「リース、俺にもクレープ買って来てくれ。」

「ケイジ、自分で買いに行きなよ」

「お前も買って来てほしいのか?」

「そうじゃない。」

「僕はどっちでもいいけど、」

「それに、栄養バランスは良いけど、もっといろんなものを食べた方が体には良いんだよ、リース、」

「一考しとく・・。」

「俺も買いに行くか。まだ食い足りない」

ガイも立ち上がっていた。

「で、何が欲しいって?」

「アイスに新しい味があったでしょ、私あれ」

って、ガイに言うミリアは。

「金は?」

「今度なにかおごる。」

「忘れるなよ?俺もアイス食おうかな。同じのにするか。」

「お前も頼んでるじゃんかよ」

「ちゃんと頼んでるからいいの。」

「どこが違うんだ・・・?」

とりあえず、ケイジが難しい顔をしながら雑穀米のおにぎりを大きな口で齧ってた。




 社員食堂から満腹のお腹を抱えて、4人は四輪カートに乗って移動する。

プリズム色のきらめきが落ちる空の下、少し砂を感じる風を感じながら。


ケイジなんかは空を見上げてるまま気持ちよさそうに寝ていた。


「連絡はしてあるから、時間はちょっとずれても大丈夫だって、」

助手席のミリアが彼らに言うのも、運転席のガイ以外は聞いているのか聞いてないのか、景色を眺めてぼうっとしてるようだった。

満腹感にとろけるほんわかした雰囲気で、ビルの並ぶ景色を上層のハイウェイで走るのは、なんだかとても気持ちいいからだ。

それのために少し遠回りになっても、それくらい良いだろう。


そんな四輪カートの上で過ごしていれば、道路を自動運転で走っていたカートは勝手に建物へ向かって曲がっていく。

駐車スペースに、その共有用の四輪は停まって。


カートから降りる4人は伸びをする、のをそこそこにして、建物のドアのセキュリティが反応して開いて通り、小奇麗ないくつかの通路から繋がるエレベーターに乗って。


7階のオフィスフロアで、4人は通路を歩いている。

いくつかのオフィスルームが連なっているそのフロアで、通りがかる明るいレスト休憩スペースには誰かがボトルを飲んで休憩している。

その一角には自由な気風といったガラス壁を透過状態にしている室内で、人が集まっている部屋もあるようだ。

会議でもしているようだが、笑い声も聞こえてくる。

「遊んでんのか?」

ってケイジが目を細めてよく見てるけども。

「んなわけないでしょ、」

「あれは遊んでるだろ」

って、自信満々にケイジが指さすから、よーく見れば携帯を持ち寄って集まる何やら楽しそうな人達の中で、誰かがおどけている。

・・たぶん、待機中で暇な人達が集まってるんだろう。

「な?」

ミリアは、とりあえず見なかったことにして。

「おい?」

歩く通路の端、角を曲がったその先にある扉を開けてミリア達はオフィスの1室へ入った。



 その部屋は、中央に大きめのソファが置かれ、壁に大きめのテレビモニタがあり、他にもいろいろな小物にドリンクサーバーや、冷蔵庫など、生活必需品も置かれたリビングの様な部屋である。

4人から5人が過ごしても充分に広いそこで、適当に散らばって行くミリア達だ。

部屋の端には各自の事務用のデスクが置かれており、今も1人でいつものように端のデスクでモニタに向かっていた彼が、こちらへ気が付き顔を上げる。

「お疲れ様です。アミョさん、」

「おつかれさん、4人とも。合同訓練はどうだった?」

「訓練って感じじゃあなかったですけどね、」

「はぁぁあぁぁ・・・」

心底疲れたような息を吐きながらのケイジが、その柔らかソファに飛び込むのも定位置だ。

「あんたは何もしてないでしょ、」

ミリアはそう言っときながら、ロッカーのある方に歩き出す。

ガイはデスクの自分の椅子に腰かけて。

リースは・・、ミリアがちょっときょろっと探しても姿を見失った、気が付けばまたどこかへ行ったみたいだ。

たぶん、トイレかもしれない。

「コーヒー飲むかい?」

アミョさんが立ち上がってドリンクコーナーへ。

「いえ、さっき食べたばかりで。」

「そうか。連絡は来てたよ。随分、時間が押したようだね。僕も見学に行こうかと思ってたんだけど」

「どうせめんどくさくなったんだろ?」

「こら、」

ケイジに注意するミリアだけど。

「ははは。でも、いろんな人たちが集まったろう?面白い土産話でも聞かせてくれよ?」

「そうですねぇ、人はいっぱい来てました。」

ミリアは私物を整理し終わって、またロッカーを閉じつつ。

話すことをちょっと考えながら、自分のデスクへ歩いていく。

「ところで、今日の仕事は?」

ガイがアミョさんに聞いてて。

「あ。急ぎのものは無いな。今日はこのままここに詰めててくれればいいさ、」

「了解、」

ケイジはソファの上で寝転びながら大型テレビを付けていた。

「あ。アミョさん、ケイジ達がサボったんです。」

ミリアが一番最初に言ったのはそれだが。

「行ったって言ってるだろー」

なんで見え透いた嘘を吐くのかわからないが。

「出欠見ればすぐわかるよ。」

「じゃあ行ってねぇ」

「・・・。」

ミリアは無言でじとっとケイジがテレビを見ているのを見ていたが。

「今回のデータは色々なプロジェクトの参考になるらしいから、できれば受けて欲しかったんだがなぁ」

って、アミョさんが淹れたてのコーヒーを片手に、頭をぽりぽり掻いてたけど。

「ほら。」

「なにがだよ、」

ケイジは悪びれもしないわけで。

「うちのチームの評価を落とさないでよ、」

「まだ落ちると決まったわけじゃねぇ。こっちもメンテだったんだからな。なあ、リース?」

「そうだね。」

「それでついでにサボったのか。」

「・・・サボりじゃなくて、時間がかかったんだよ。」

ガイに、遅れて反応したケイジが言っておいてた。

ミリアがそこの小物の棚の上に置かれた、黄色の花咲きverの『やわらかサボテン』鉢植えぬいぐるみに気が付いて、手に取って、と、気が付いたらリースが端っこのミニソファーでタオルをかけて静かに横になって丸くなって寝てたみたいだった。

「早いな。」

思わずミリアが言ってたけど。

まあ、リースが眠そうなのはいつもの事だし、いつもの光景なんだけれども。

自分のデスクに向かうミリアは、それを笑ってたらしいガイと、アミョさんがまたデスクに戻ってモニタを前に作業に戻るようなのも目に入れつつ。

ミリアも、デスクの上のモニタを開いて、そのやわらかサボテンぬいぐるみを卓上のモニタ横に置いて、メッセージやいつものルーチンワークをし始めて。

「で、どうだった?」

って、アミョさんに聞かれたので、ミリアはちょっとまた考え始めてた。

「今回はクラス関係なく、『A』や『B』の他に『Class - C』の人たちがたくさん来てましたね。」

ガイがアミョさんに話し始めていた。




 ――――――部屋の中での話も大体尽きて、静かで誰も話さない時間になっていたが。

ソファに座ってるミリアのノートから、部屋のBGM代わりのPOPが流れている。

20年以上前に流行ったPOPだが、ミリアはそういう曲が好きらしくて暇な時間にはたまに聞いている。

「それ新曲か?」

ガイが聞いてみて。

「昔のね、」

ミリアが顔を上げて答える。

最近は部屋にいる他のみんなも耳に慣れてきているようだ。

「『Yap,Howdy !』って曲。最近見つけた。」

「果たして生き残れるかな?」

「けっこういい感じだけどね、」

そんな会話が飛んでる間も、だらだらしてるケイジが・・気が付く、ドアの外を誰かが少し走ったらしい。


興味本位に起き上がって、ドアをそっと開いて覗けば、少しどたばたしているらしい。

「あいつどこ行ったんだ?」

「携帯出ねぇし」


ドアの外を通った彼らの姿が少し見えた。

「あいつらEAUだよな・・?」

「ん、ああ、」

ガイも覗きに来てた。

「全然顔を覚えてないじゃんか」

って、ソファの上でノートでニュースや他の動画を見ながらマイリストの音楽を聴いてたミリアがケイジへ。


「おーい、どうしたんだ、」

って、ガイが外へ行って残ってた人たちに聞いたようだ。


「俺らも帰ろうぜ」

「なんでそうなるの」

「・・なにがあったの?」

「おはよ」

「リースなんか寝てただけだろ。」

「いるのが重要なの。」


ケイジが寄り掛かってる開けっ放しのドアから、ガイが戻って来てた。

「検分要請があったらしい」

「それでか、チームの1人がつかまらないって感じだな」

「サボりかもな、へっへ」

ケイジがニヤリと笑ってた。


「あ、おい、キアダたちどこ行った?」

「お前置いてったぞ」

「マジかよ」

「減給されないように祈ってな」

って、声も外から聞こえて来てたけど、遅れてきた彼は慌てて彼らを追うようで。

「どこ行ってたんだよ」

「便所だよ、」



「そういえば、リースは今日の検診は問題なかった?」

「ん、うん。」

「そっか。」

「問題あったらリーダーに行くだろ、」

「こういうのは一応聞くんだよ。」

「俺には聞いてないが、」

「あれ?聞いて欲しかったの?」

「・・いらん。」


「もう夜だよな」

ガイがそう、窓の外を見て。

プリズム色の空に夕日の陰りが見えている。

「こんな時間に出勤か、運悪い奴らだな」

さっき慌てて出て行った彼らの事みたいだ。

確かに、今出て行ったのなら帰りは遅くなって、戻れなかったら夕飯はファストフード店のテイクアウトかもしれない。

「ケイジもついて行きたいって?言ってた?」

ミリアがにやっとしている。

「・・あと20分か・・・」

備え付けの壁時計を見て、凛々しく目を細めるケイジはミリアを無視してた。

ちょっと面白くないミリアは、ちょっと頬を膨らませつつ、デスクモニタに目を戻してたけど。


「これに行ったのかな」

ミリアの声に彼らはふと気が付く、ミリアがテレビのチャンネルを変えたら、ニュースでは現在、火災が発生して緊急避難をしているらしいと。

ケイジが音量を上げていくと、サイレンの音がけたたましく鳴り始めた。

「北部?」

「北西部辺りらしい、」

「商業施設の集まってるとこ?」

「裏街みたいだな、発生源は」

「また最近、いたずらに暴れるヤツが増えたってニュースでやってたな、」

「発現者関係か?」

「それはまだ報道されてないみたい。」


「あれ?ケイジ君、なんか、貸与物品の義肢が適切に返却されていないって催促が来てるけど」

「あ、忘れてた、」

って、ケイジが目をやるそれ義肢らは入り口近くに適当に立てかけてある・・・重力に抗えずに倒れたままだった。

「あれ、一応高級品だから怒られるよ?」

「頑丈だから壊れないって言ってた、」

「真面目にやりなよ」

ミリアの注意に、ソファに足を向けるケイジがだるそうに座って体を預けてた。


「まあ、今日のノルマが終わったし、もう帰っていいよ」

「おしっ」

「あ、ケイジ!ちゃんと返しなよっ?」

「わかってるって、配達に申し込んどいてくだサイ。」

ケイジはアミョさんに適当な流れで不器用に頼んだみたいだった。

「またかい?」

アミョさんが苦笑いみたいだけど。

騒がしいケイジとミリア達の帰り支度を見守るアミョは、またモニタに向き直ってコンソールを操作し始める。

「先に開発部の方へ顔を出してきますね、アミョさん。さよなら、」

集中しかけた時、ミリアに声をかけられて顔を上げて。

「また明日、」

「一緒に帰る必要ないだろ?あ、やっぱお前も早く帰りたいんだろ?」

「寄るところがあんの」

彼らの背中に返した、今日の分をまとめた書類を整理して立ち上がる。




 「今日は色々あったのね。仲間の子たちも元気だった?」

彼女は穏やかに微笑む、カルテに目を通しながら・・・リラックスチェアに寄り掛かるように座ってるミリアへ。

「ええ、変わりないみたいでした。」

「それは良かった。貴方はどう?貴方自身は。日常に戻ったって感じはする?」

「日常・・・。」

「楽しめてる?」

「楽しめてるかはわかりませんが・・、いつもの感じに戻って来てるな、って感じはしてるかも、しれないです。」

「それは良い事よ。毎日の楽しみも見つけて、ね。そっか。いつもの感覚も、戻って来てる?」

「この前の、いつもの感覚が、って言ったのも言い過ぎたかもしれません。よく考えれば、そんな感じじゃなかったです。ただ、」

「ただ?」

「・・思い出すと、色んな事があったような気がして、」

「そっか。いろんなことか。」

「それを見つめ直すことはできていると思います。」

「うん。それは良い事だね。」

彼女はにこっと笑う。

「心が健康なら身体も健康。月並みだけど、身体を動かして楽しむのもとても良い事ね。今日の合同トレーニングは楽しかった?」

「どうでしょう?」

「あら?楽しくなかった?」

「・・いろんなことがあったと思います。」

「それは、楽しいとかじゃなくって?」

「・・・騒々しかったかな?」

「そっか。騒々しい一日だったのね。まあ、なんでも運動してよく食べて、よく寝れば健康ってことだからね。それができてれば細かいことは気にしなくていいわ。こんな事言ってるとヤブ医者って思われちゃうかもだけど、」

ミリアは、悪戯っぽく笑う彼女に、ちょっと笑ってて。

「じゃ、今日の診察は終わりにしましょう。」

「はい。ありがとうございました。」

カルテを映したノートをサイドテーブルに置いた彼女は、ミリアに向き直る。

「これは友人として言うのだけれど。」

彼女は、そう、ミリアへ。

「貴方は今、とても良い環境にいるわ」

「・・そうですね。」

「それに、貴方は真面目な、いい子よ。」

にこっと微笑む、彼女に・・そう言われたミリアは、瞬いて・・・。


・・ちょっと口を閉じて、頬をちょっとだけ紅くしたみたいだったけど。





 ――――――個室のドアを開いて部屋に入る、室内の明かりが自動的に点灯した。

その個室、殺風景な、最低限の生活品しか置いていない部屋を歩き。


部屋の隅にあるベッドの傍の、ミニテーブルに置いてあるムーヴィピクチャ、指先で触れると動きだす写真・・・。

「ただいま」

写真の中の彼らが微笑んだのを、ミリアは・・微かに表情が和らいだのはきっと、自覚していない。


窓に目を留めたミリアは。

カーテンがかかっている窓へ。


ミリアは明かりを消して。

窓の傍に行くと、手を伸ばしてカーテンを開いた。

夜景は無数のビルの、明かりが輝いている。

ドームの夜景は、大きな写真のようだ。

車の明かりが遠くで走っている。


その少し高い窓の縁に両手を置いて、頑丈な台座のようになってるそこへ、飛び乗るようにお尻を乗せる。

窓の縁に座って、眺める夜景を。



・・ポケットの携帯がお尻に当たっているのに気づき。

取り出して、傍の縁に置いておいた。

それから、暫く窓の方を。


・・窓枠の傍に置いてあるミニサボテンの小さな鉢に、目を留めて。

「・・ただいま」

小さくつぶやいてた。


彼は何も答えないけれど。

日の方向に少し曲がってるミニサボテンは、何かの表情に見える気がする。


・・ミニサボテンのある窓辺と、ドームの夜景は、ずっと眺めていられる。

ただ、無数の明かりの夜景がそこにあって。

・・ただ、私がここにいる。


少しだけ、胸になにか触れるような。

冷えるような・・。


・・夜は、寒いか。

ミリアは降りて、歩いていく寝室の隣のキッチンへ。

シンク流し台で手を洗って冷凍庫を開けば、中にはいくつかの冷凍食品が入ってる。

人差し指を動かして選ぶように、ミリアが手を伸ばして『YAPOX』のロゴと完全栄養をうたう文字が入った箱、冷凍ピザを取り出しかけたら。


――――♪♪♪

そしたら、音楽が鳴り始めた、携帯をどこかの誰かが鳴らしたようだ。

手に取ったピザの箱を台に置いて、ミリアはちょっと早歩きに携帯を見に行った。

手に取った携帯の画面には、ガイの名前が表示されてた。


「はい?」

『よ、ミリアか。時間あるなら飯食いに行こうぜ、』

「え、ごはん?」

『ああ、ケイジとリースも一緒だ』

「寮の?」

『うん、『ラブリブ』。高級なレストランをご所望なら、即席会議を開きますが?』

お嬢様、とでも続けそうなガイだ。

「・・ん-、わかった、じゃあ、」

『お前の部屋の前についた』

「え。早いな。うん、わかった。」

瞬いたミリアは、携帯を閉じながら、顔を上げて。

持ってく物をちょっと、ポケットに探してみながら。

カードに、携帯をポケットに押し込み、ドアの方へ向かう、一応部屋の中を見ながら。


一応、髪の毛の先もささっと触ってみて、まあ、外から戻ってきたばかりだけど。


ドアを開けば。

通路で待っていたガイと、ケイジとリースがいて。

「よ、これで揃ったな」

「急だね。」

「どうせ1人で食べに行くか、冷凍食品だろ?」

って、ガイが。

「・・そんなわけないでしょ?」

「ん?」

「おいリース、あくびしてんなよ。飯食いに行くんだぞ」

「あー、うん・・」

「で、外食なの?」

「マジか?」

ガイたちがちょっと驚いたような顔を見て、ミリアはにっと可笑しそうに笑ってた。

「まあ、話し合おう。『ラブリブ』に着くまでに決まれば可能性はある。」

「それ、ほぼ『ラブリブ』じゃないの?」

「ちゃんとID持ったか?」

「あ、」

思い出したミリアが、ドアをもう一回開けて。

「お、忘れたのか」

「違う。」

部屋に戻るミリアは、台所に放置しかけていた冷凍ピザを冷凍庫の中に入れ戻した。

それから、また忘れ物は無いよね、と部屋を見回しつつ出てくる。


「お待たせ。」

「おう、」

歩き出す彼らを追って、ミリアはちょっと小走りして。

「もう無いな?忘れ物、」

そう言われると気になるミリアが、手を入れたポッケから。

カードを指で確かめたら、その先に何か固いのに引っかかる感触があって。

指先で引き出そうとしたら、ポケットからすり抜けて落ちたのは、朝の包み飴で。


「おっと、」

「どした?」


床に落ちた包み飴が、ミリア達を見上げている。

「キャンディか?」

「あ、忘れてた。」

「置いてくぞ、」

「ちょっと、」

歩き出すようなガイたちへ不満の声を上げたミリアが―――――――


――――床から見上げているキャンディへ、見下ろしてくるミリアが屈んで、その大きな手で掴もうと伸ばしてきた―――――――



-Miria & Gui's Loud Day - fin.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

-MGLD- 『セハザ《no1》-(2)-』 AP @AP-san

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説