第10話 The Gift with you.


 身長がなミリアの背よりも、高めに掲示されているそのモニタをミリアが見上げていれば、現在もこのトレーニングホールで行われていることの数値化された情報や人がプレイしている様子の映像が切り替わって載っていく。

ミリアがその目で追う合間にも画面が切り替わって、ゲームのポイントランキングが更新されていくが、上位に変動はもうほぼない。


相変わらず『土竜もぐら』、『けーにひ』などの名前が上位にいて、他に見慣れてきた『ロアジュ』や『S:クリーチャー』、『セイガ』という名前も見かける。

それから、たまにいろんなシーンのハイライト映像の中に、不意にさっきの私が参加したゲームのハイライトなども流れる。

ので、つい、っと目を逸らしてしまうのだけれど。

私のポイントは低いから、ランキング上位で見ることは無いんだけど。

でも、なぜか、色んな人のいろんなシーン映像が流れる中で、さっきの私が映る。

射撃態勢をとっている私が、最後の弾を撃った瞬間に遠くにある標的が壊れる、のを2アングル、3アングルくらい映ってて。

遊ばれてるんじゃないかって気がしてきた、たぶん。

別に、大したシーンじゃないのに何回も見るのはおかしいと思う。

最初に見た時は、思わず瞬いていたけども。

今はそのシーンを見ようと思っても、私の顔が映るとちょっと、ついと目を背ける、くらいには慣れたかもしれない。

周りでもみんなが同じものを見ていると思うと、なんか・・あれだし。

・・こっちを見て話している人たちもいる様な気がするし。

やっぱり、そんなだから人が集まる掲示モニタから少し離れようと思って。

「他の所も見に行く、」

って、私はガイへ伝えて歩き出すと、ガイも踵を返して傍を付いてくるようだった。


ぶらついていても特に見たいものは無いんだけれど、トレーニングホールの様子や雰囲気になにか気づくことがあるかもしれない、とは思いつつ。

その辺でPDA情報携帯端末を自由配布していたので、手持無沙汰に手に取ってモニタに触れて操作しつつ歩き出す。

さっきの自分たちのゲームの詳細なデータも出ているかもしれない。

そのPDAには私が使っていることはもう認識されている。

私が身につけているリストバンドなど何かしらのもので既に個人IDを読み取って識別しているから、私のプライベート権限が必要な情報も見れるだろう。

例えば、さっきの私の参加ゲームで、全体で見た時、自分たちのチームがどう動いていたか、相手のチームがどう動いていたかを可視化したデータ、数値化したスタッツなどを見返すのも学習には必要だ。


・・・そういえば、さっきのゲームで思い出したことがあって、ガイへ口を開いた。

「あのさ、」

「ん?」

「さっき、最後に飛びついてきた人、ガイじゃないよね?」

「最後?」

「私の最後の射撃を邪魔しようとした白エイリアンが1人いたんだけど、」

「ああ、あれな。」

弾はその『彼』の頬をかすめるように飛んで行ったのだが、彼に当たったとしても、ゲームの仕様では弾の邪魔にも私への邪魔にもならなかっただろう。

いや、私が吃驚びっくりして、銃の狙いがブレるってことはあったかもしれないけど。

もしかして、その所為か、そのお陰かで標的に命中したという可能性も無くはない。

「もちろん俺じゃないぞ。仲間の1人が焦ってたみたいだな。」

「ふぅん、」

「お前が射撃姿勢を取ってたからな。俺も、もうやれる事が無かったから、指をくわえて見てたなぁ。」

って。

「こっちのことは気にせずそっちのターゲットを探せばいいじゃない。」

「はは、それができればもっといい勝負できたかもな。」

って、ガイはそんなのわかってるって感じの言い方だ。

「そっちはさすがだったな。ミリアだろ?指揮したのは、」

なんとなく、ガイはそんなに結果を気にしていないように見える。

「うん。こっちのこと見えてた?」

向こうからだとキャラクターは全部同じ見た目で見えてたはずだけど。

身長などが反映される・・・わけないから、観察して判断した、というか。

「声か。」

そういえば私がけっこうな大声出して指示してたっけ。

「まあな。綺麗なフォーメーションだったし、良い位置取りだった。」

「ふむ。そっちは誰が指揮したの?ガイ?」

「それがな、一応俺だったんだが。リーダーを決めても、全然言う通りに動かなくてなー・・。まあ、会ったばかりの奴らにその辺は期待できないんだが。困ったことに話も全然聞かない奴らでな。それで手間取ったし、方針とか伝えたくらいですぐ始まっちゃったんで、てんやわんやだったな、」

「ふーん、」

参った参った、って感じのガイに相槌を打ちながらミリアは歩いてたけど、ガイは思い出しただけでも愚痴っぽいようだ。

やっぱりちょっとは結果を気にしているかもしれない。

歩いて通りかかる傍を見てれば、他の人たちのゲーム『チーム&シューター』がステージ上で行われている。

・・・MR視界ヴィジョンをONにしているので、ステージ上では見晴らしのいいビル街の一角で『ダークヒーローっぽい黒いシルエットのキャラ VS キャットスーツのようなネコ人間』みたいな、見た目が奇妙なチーム同士の戦いが繰り広げられている。

「他の野良チームだったら勝てたかもしれないんだがな、こっちには『機動系』がいたし。」

って、ガイがまだ言ってる。

「それ。逆に、こっちは『機動系』を使ってなかった、」

私はMR視界ヴィジョンをOFFにして、PDAを操作しつつさっきのゲームのスタッツに目を通す。

「ん?わざと指示しなかったのか?」

「ううん。だけ。『機動系』は最初から使うつもりが無かった。」

「そういう作戦もありか。」

「『機動系』の移動スピードは速いけど、デメリットに把握が難しい点があるから。ローラー作戦を徹底させる事にした。」

「なるほどな。道理でお前の声がよく聞こえてた。」

やっぱり、こっちの声は聞こえてたらしい。

私の指示が多いという事は、私が仲間の位置を把握していたということで、ガイなら今の説明でそれも理解しただろう。

「ほら、そっちのが、移動距離は総合して多いみたい」

「分析を見てるのか、」

って、ガイは覗き込んでくるから表示されてる画面をそっちに向けてあげた。

「ってことは、見落としてたってことだな。機動系のあいつ、かなり適当に移動してたのか。『Class - A』のチームなら叱られてるぞ。」

「もし『A』の人とかがメンバーだったら、って思ったらぞっとする。」

って、私は肩を竦めて見せといた。

「はは。まあ、逆に初対面の奴の言う事なんか聞かないかもな。もしくはリーダーは俺がやる、って言いそうだ。」

「でしょう?」

「でもお前なら、なんとかする気がするよ」

「・・・ん?それは、褒めてるの?」

「それ以外の何に聞こえるんだ?」

ガイを見てても、他意は無さそうに意外そうな様子だが。

ガイの事だから、別の皮肉を入れている可能性もある、たぶん。

「うーん・・」

『A』のメンバーでも、私が言う事を聞かせられるほど、『怖い』とか、『図太い』とか、たぶんそういう意味で。

「素直に受け取れ。」

って、ガイに言われた。

あまり信用できないけど。

「うちのメンバーは素直なヤツばっかりだもんな」

まあ・・と一瞬、頷きかけたミリアは、ん?とケイジたちの顔を思い出した。

ケイジはしょっちゅう文句言ったり、言う事聞かなかったり、リースは目を離すとすぐどっか行ったり、なにかと楽をしようとする。

いちおう言う事はちゃんと聞いているのか・・・?いや、ケイジはやっぱり、反抗したりするし・・って、ちょっと、斜めに首を動かしたりで捻ってた私は。

「前よりは素直になってきたろ?」

ってガイが、言葉を足してきたけど。

「・・さっきのメンバーの方が、素直だったかもしれないな?」

「ははは、」

ガイは可笑しそうに笑ってた。

だからやっぱり、ガイはすぐそういう嘘を言ってる、って思ったけど。



 少しの間ぶらついていても、結局は自然と辿りついた別の掲示モニタの前で足を止めた私たちは。

表示される情報を見ていたり手に持ったPDAを見ていれば、ハイライトらしき映像がいくつか流れるのが目に入ってくる。

「ここな、近くにいたんだな。」

ガイがそう、私の見てたPDAのマップを指差して言ってきていた。

記録映像ではアバターじゃなくて素の姿、『本来の姿』が見えるので、私が触って妨害したターゲットの前で、時間切れを待ってしゃがんでいるガイが映ってた。

やっぱり、気になっていたあの黄昏たそがれ白エイリアンはガイだったみたいだ。

ゲーム中でも印象にちょっと残った場面だったので覚えてるけど。

解放されるまでの残り時間は表示されないけれど、たぶんガイは私が触ったのは見ていたのに待ってたみたいだ。

「この場面は?ずっと待ってたの?」

「ん、ああ。闇雲に探しに行くよりはと思ったんだが、思ったより10秒って長いな。」

やっぱり、10秒待つことにしたのか。

確かに、他のを探しに行くべきかは判断が難しい所だ。


というか、そういう映像を見てたらなんとなく思った、相手チームを白いエイリアンじゃなくて、エルフとかせめてゴブリンとか、森に似合いそうなキャラクターにしておけば良かった、と。

クマとかだと怖いけど。

まあ、始まるまでステージがどこになるかはわからなかったから仕方ないんだけど。

今あの時の光景を思い出してみても、木々が生い茂る森林で白エイリアンが真昼間から暗躍する奇異でサバイバルな光景だったな、と。

夢に出てきそうだ、荒唐無稽こうとうむけいたぐいの。

映画とかで見るエルフにしておけば、なんだかそれっぽいファンタジーな光景になったかもしれない。


「よ、お前すげぇな、」

って、横から声を掛けられた。

気が付けば、いつの間にかあのガーニィがこっちへ来てて、というか、ちょっとキラキラした目を向けてくる。

また、ガイに用なのかと思って、ミリアはちょっと目が合ったから頷くようにして、それから掲示モニタに目を戻した。

今行われているゲームの映像が流れていて、彼らが夜のビル街を駆け回っている。

明かりなどが配置されていて見やすくなっているので、転ぶ危険などは無さそうだ。

「お前ら上位に入ってるじゃんか、『チーム&シューター』だけだけどな。」

って、ガーニィが。

「え、ほんとか?」

「ほら、」

って、PDA情報携帯端末を見せてくる、ニヤニヤしてるガーニィにガイがちょっと目を丸くしてた。

「お、載ってるな。」

って。

ミリアもちょっと、覗こうかと思ったけど。

首を動かして、覗き込もうとしたら、ガーニィが画面を見せてくれた。

「ミリア、5位だぞ」

ガイがそう言ってちょっと嬉しそうだ。

確かに5位に名前があるような。

「うそ?」

ちょっと、自分もPDAを持ってるから、そっちをいくつか操作してみれば、項目別に『チーム&シューター』のランキングがあったのを初めて知った。

リストの1位から名前が続いていって、『5位 ミリア、ケミカル - ライチ、ホッティドッグ』、って確かに載っている。

「お前も10位にいるぞ、」

「マジか」

って、確かにガイの名前が10位のチームの中にあった。

「俺んとこが10位?負けたのに。何が評価されたんだ?」

「わかんね。」

考えられるとしたら、クリアタイムや射撃の命中率などだけど。

ガイのチームは負けたので、最後の射撃まではいかなかったはずだ。

ゲーム終了時までの成績がカウントされたのだろうか。

だとしたら、ガイのチームも途中まで好成績だったという事だろう。

下までざっと見れば参加は34組、その中の10位はやっぱり高い方だ。

「どっちもレベル高いってみんな言ってたぞ。わからんけど、」

「『A』だから贔屓ひいきされたとかな」

って、ガイはにっと笑う。

「あるかもな」

って、ガーニィもにぃっと。

2人とも冗談を言ってるみたいだけど。

「なるほど、道理でな。ハイライトによく映るわけだ」

「ミリアが最後撃つとこだろ?あれはシビれる。お前には負けたゲームを何度もだけどな」

「はははは、」

ガイが可笑しそうに笑ってる。

でも、なるほど、一応上位の成績の対戦になったから自分たちのハイライトが流れてたのか。

周りの反応から、注目されてるとは思ったけど。

「俺はガーニィって言うんだ。」

・・・って、気が付けば、こっちを見てるガーニィが名乗ってた。

振り返ってたミリアは、ちょっと瞬いたけど。

「・・ミリアネァ・Cです。」

一応、名乗った。

「おう、知ってる。」

って、ガーニィが言うから、やっぱり、ちょっとミリアは瞬いた。

「俺の名前を知らないだろうからな、そう思って名乗ってみた。」

にっと笑う彼だけど。


私は、彼の名前は知っていた。

ただ、名前を呼んだことは、確かに無いかもしれない。

呼ぶ機会が無かったんだけど、以前から、ちゃんとあいさつしたことも無かったかも。

「ガーニィは詮索好きだから、あんまり話過ぎるなよ?」

って、ガイが意地悪な冗談っぽい。

「詮索じゃないぞ、興味本位が強すぎるだけだ」

それらは、同じことだと思うけど。

「よく怒られるけどな、」

はっは、っと笑うガーニィだけど。

それはだから、イケナイことなんじゃ?


と、歓声と拍手が周囲で上がってた。

何かが急に起きたのかと思ったけど、彼らはモニタやステージの方を見ている。

視線を追えば、掲示モニタにゲーム終了という旨の文字が表示されていた。

『―――スァッ・・・、全てのゲームが終了しました。指示があるまで少しの間待機していてください。繰り返します。今回の全てのゲームが終了しました。指示が・・・』

耳元に届くアナウンスの声に重なるように、イベントの中で盛り上がってた彼らは声を上げて拍手する、お祭りの様子みたいだった。


――――終わったんだ。

―――ちょっと息を吐く私は。


ガイたちもなにかを、大きな声で話しながらで。

周りがうるさくなってきたから、私はそんな雰囲気の中を歩き出す。

PDAを両手に持って見て、顔を上げて。

どこへ行こうかと思ったけど。


なんか、ちょっと静かな場所へ。

一息吐ける場所に行きたいな、ってちょっと、私は思ったみたいだった。




 ―――――い、いやぁああーーー!

悲痛な叫び声も虚しく、彼女は巨大な地獄の犬の大きく開いた鋭牙の餌食になる。

ばくんっ・・と、捕食された仲間を後ろ背に、彼らは悲痛な声を上げた。


「ユ、ユーケェが喰われたぁあー!」

「ひぃいぃ!!」

「ロジぃぃー・・・っ・・」

「ユークぅーっ・・・!」

食べられたはずの仲間から悲痛な叫びが届いても、もう、振り向かない方が良いと本能的に悟った。

今はただ、3つ首の狂犬が重心を凶悪に揺らしながら猛スピードで追って来ているのだから。

その惨状を見た彼らが一斉に悲鳴を上げながら、更に逃げるスピードを上げて、そのグラウンドのレーンのカーブを曲がって全力で走っていく。

既に疲れで重くなっている脚に最後の力を振り絞って床を蹴る、何度でも、何度でも、・・それでも―――――。


ばう!ばうばう!わんわんわんわん!ハッへっへっ!―――――と、背後から無尽蔵のスタミナで追ってくる、3つ首の犬たちが楽しそうな息を吐いて追いかけてきていて。

さっきイラっとしたのか誰かがその3つ首の犬を蹴り飛ばそうとしたら、噛みつかれたが最後、戻らなかったのを覚えている彼はひたすらゴールを目指して走るだけだった。


「特能力は禁止だぞー、体力トレーニングだからなー」

コーチングスタッフの人がコースの外から、目を付けたちょっと変な加速をし始めたヤツに呼びかけてた。

「見た目でわかりやすい能力って不利だよなぁ?」

「ここじゃ全てモニタリングしてるから大丈夫だよ。」

って、ラッドにロアジュが返しつつ、隣でニールが欠伸してた。

「それに、俺はズルはしない。」

「できないもんな。」

「そういうことじゃない。」

って、コース外にいる彼らは、悲惨な光景を繰り広げているグラウンド上を眺めつつ。

そのけっこう大量にグラウンド上で転がっている悲惨な被害者たちの光景にまた苦い顔で目を細めるのだった・・・ニールはまた欠伸をしてたが。



―――――その姿、世にも恐ろしい地獄の番犬が駆け抜けていった跡、そのグラウンドに残されていた彼女、ユーケェリアが床に突っ伏したまま動かなくなっていた背中を。

「おーいー、だいじょーぶー?」

って、傍でうずくまるように覗き込んでるロヌマが、指でつんつん突いて声を掛けている。

彼女はぜぇぜぇしてるから、生きてはいる。

「うぅ、・・ぜぇ・・うぅ・・はぁはぁ・・・」

それから、唸りも混じってるような彼女は。

「怖かったー?」

ロヌマが聞くと。

「う、はぁ、はぁ、ぜぇ・・、お、お尻、かじられた・・・?・・」

「ん-・・・、かじられてないよー、」

一応、お尻の方を覗き込んだロヌマが答えてた。

顔を上げた彼女はちょっと涙ぐんでみたいだから、ロヌマは彼女の頭を撫でてあげて、いい子いい子と宥める。

「・・ぇ、えっと・・?」

って、気が付いて戸惑うような彼女で。

「ん?」

瞬くロヌマは。

「ロヌマだよっ」

って、名乗って、満面の笑顔で笑って。

それを見てて・・瞬く彼女も。

・・にこっと笑ってた。


2人は、なんとなく、お互いの笑顔を見せ合うままでいた。


「おーい、動けるならさっさと起きて横に行け、回って来るぞー」

「は、はいー・・・」

って、倒れてたユーケェリアの前の方にも、倒れ込んでる人や息切れしてふらふらしている子たちもいるわけで。

へろへろのユーケェリアはというと。

「行くぞー」

って、元気な小さなロヌマに手を引かれて、グラウンドの外へ歩いて連れて行かれてた。

「泣くほど怖いの?」

「みんなが、怖いのにしよう・・って、いうから・・・」

「ぁー、そかソカ、怖いのやだもんねー?」

ユーケェリアがちょっと愚痴をこぼすのも、ロヌマがなんとなく共感してるみたいだった。




「――――――ありゃ逃げるしかねぇよな」

「うん。本能には逆らえないっつうかな。」

「間近で見るとやべぇよな、」

を走ったことがある彼らも安全なグラウンドの外で、同情していた。


「でも、めっちゃ怖い外見だと追っかけられてたら、逆に笑けてくるんだよな」

「だな、込み上げてくる」

「あれなんなんだろうな?」

そこも頷いている彼らは共感みたいだった。

「よお、調子はどうだ?」

って、向こうから来た仲間が声を掛けてきた。

「大体まとまったかい?」

どうやらホールを見て回ってきたようだ。

「それなりに。」

「アイフェリア隊長はどこだ?」

「何人かに声を掛けてるみたいだ。」

「あの人、ビギナー初心者のコーチもたまにしてるんだっけ?」

「らしいな」

「知り合いも多いんだろ」

「よぉし、じゃあ、ピックアップを言っていくか。」

「えぇ、隊長にまた怒られるぞ、」

「他の奴のリストは気になるだろ?今いないんだから、今の内に・・・」

「どうせ、土竜もぐらとかロアジュとかが固いんだろ」

「俺は、アイフェリアさんとか他の隊長が目を付けたヤツのが気になるね、」

「それな。誰だろうな。」

「ちょっと気になるな、」

「あの人が認めたってことだろ?それって、」

彼らは少し話をしながら、その辺にいるかもしれない彼女の姿を集まる人たちの中に少し探してみていて――――――。




「―――――最後の追い込みなんて聞いてないんですけどぉおー!?」

チュクレが、全身全霊を込めたような叫び力を発して、全力で走ってコースを逃げている。

「体力なんて何するにも基本だぞ!これ常識!!走れ走れ!でっかい化け物に喰われるぞー!」

「アジェロ楽しんでるっしょ!」

「んなわけねぇだろ!!」

「ノウキンだからぁあ!!」

「なんでニセモノなのにあんなに怖いんだよ!」

「そりゃEAUの技術力の高さだなぁああ!」

「うっせぇ!いま誇るんじゃねぇえええ!」

「機動系ぇめええぇぃぃ!!―――――――」



「あいつら余裕あるんじゃねぇの?」

って、ちょっと離れたところの奴らが指差して仲間に言ってた。

「あ、コケた。あ、喰われた。こりゃ全滅だな。ははは、」

ちゅーっとストローでスポーツドリンクを飲んでる彼らは暢気のんきに笑っている。

「あいつら根性あるな」

「特能力使って逃げるヤツが言ってんじゃねー」

「・・・つい。」

「褒めてんじゃんか、それに、特能力なんて上手く使うもんだろ?」

「まあ、みんなどうせ喰われるんだからいいじゃんか、なあ?兄弟、」

「セイガ、MAX設定のを逃げ切った奴がいるとか、伝説聞いたことある?」

「ないな。」

「そんなのできんの?」

「噂だけどな―――――」



「―――――まだまだウォーミングアップだ、歌を歌いながらでも走れるぞー。おいおい、遅れてるぞ。まだこっちのコースに上がったばかりだったか?」

「ま、まだ、ぜえっ、はしれますよ・・っ・・ぜぇっ、はぁっ・・・」


「次はもっと早くしないと休憩時間が減っていくからな」

「だはぁっ・・・ぜはっ・・」


「クロぉ・・っ・・ぜはっ・・おま、だって・・1しゅうかん、先に来た、だけだろっ・・ぜはっ・・はぁっ・・・」

「はぁっ、はぁっ・・っ・・トレーニング、さぼってたんじゃないの、はぁっ・・・」

「うっせぇな、はぁ、はぁ・・生意気なヤツ・・ぜぇっ・・おい、どこ行くんだよ」

「マジで、うざいから、はぁっ・・」

クロと呼ばれた彼女はタオルで汗を拭う。

「あー・・きっつ・・」

彼は四肢を放り出して床の上に寝転んでた。




 「―――――ロヌマって言って、良い子だった。」

「ロヌマ・・?」

「私の心配してくれてて・・」

「そっか。友達になれそうだね」

「うん。」

「ロヌマ、どっかで聞いたことあるような・・・?」

「ね、」

「クナーもチェルも知ってるの?」

「ん-・・?」

「や、ロジー、ユーク、」

「あ。アーチャ、」

通りがかった彼女を見つけて、ロジーたちが手を振って笑顔を見せて。


―――――すれ違うようにアーチャはミニーやクロたち、他の仲間たちと歩いていく。

「友達になったの?」

「うん、さっきちょっと話したんだ、」

「ほぇ~」

「ん、なに?」

「すごいなぁ、って思って・・」

「ええ?あ、ぜんぜん、あの子たちも良い子たちだったし、」

って、アーチャは気恥ずかしそうに笑ってるのを、ミニーはちょっと赤い頬で見ていたけれど。


そんな2人の様子に、クロはそれから向こうの集団に目をやる。

まだグラウンドで走っているような人達がいる。

全身が緑色の1つ目の怪物にずっと追われていても、体力が桁違いの人たちが残っていく方式だ。

まだ余裕そうに笑って走っているような人達もいる。

「よお、クロ、気になる奴でもいんのか?」

って、声をかけられて、クロは振り返る。

「・・なに言ってんの?」

「変な意味じゃないっての、」

つまらない冗談なのはわかってる。

「で、早くあっち行きてぇってか?」

「・・あの人たち、やっぱりずっとあそこにいるなぁって・・・」

「あいつら、体力もバケモンだな。あのチビ、ロヌマはまあ、見慣れたが。噂のあのチビもか。特能力者なんだろうな」

「発現禁止でしょ」

「じゃあ素養者かなんかだ。『Class - A』には素養者が実は多いって知ってるか?」

「ううん。そうなの?」

「噂だがな。」

「なんだ。」

「まあ、んなの気にしてても仕方ねぇだろ」

「別に気にしちゃいないけど。」

「そうか?」

歩きながら離れようとするクロを見送ろうとする彼だが。

「マイペースにやれよ。ここにはノルマなんか無いんだから」

そのクロの背中に、足を止めたクロが肩越しに振り返って、言いかけた言葉を。

「ぬぁあんだとこのばっ!!」

って、クロが近くで聞こえた甲高い大声に、ちょっと吃驚して向こうを見てた。

「いいからこっち来い!」

「あいつがわるいんだぞぁー!あいつぐぁああー!」

首根っこ掴まれてジタバタしている小さな少女、短髪の活発そうな彼女の姿を見ていたら、クロは言いかけてた言葉も忘れたわけで。

「またロヌマが暴れてんなぁ」

まるで風物詩ふうぶつしみたいな言い方をする彼を。

「・・・。」

クロはとりあえず、あっちでそのロヌマが暴れながらグラウンドを走っている様子に、そんな彼の声も聞き流しといた。


「―――――おっるぅぁああぁ!!どぅあああぁあっはっはっはぁあはは!!」

遠くで叫んでるロヌマの。

「うっせぇぞロヌマぁあ!」

「なんだあいつ?」

「マジでイかれてやがんな」

茶化すように言う彼に、周りの彼らが笑っていた。


「・・・え?あれがロヌマ?」

って指差す友達、瞬いてるロジーに。

「・・・」

瞬いてるユークはこくこく、目を丸くしたまま頷いていたけれど。

「EAU、こわいわぁ・・・」

引いてるチェルやクナーたちもいるけど。

「助けてくれた子?」

「・・うん。」

「・・聞いてたイメージと違うねぇ・・・?」

「・・・私も。」

「ぇえ・・?」

見てるユークも、あの追いかけてる獰猛どうもうそうな怪物よりも獰猛どうもうそうなロヌマがいることが、現実かどうかよくわからなくなってきてる様子だった――――



――――ミリアは、横目で彼らの騒ぎを見てたけど。

真面目にやっている人もいるんだけど、どこまで本気なのかわからない人も、最近見慣れてきた感じだった。

「お前ら、ぜぇっ・・なんで、そんな涼しい顔、ぜぇっ・・してんの?ぜぇ、ぜぇぃ、・・・っ・・」

って、隣では汗だくで座り込んでいるガーニィがいたけれども。

「俺もちょっときつい、」

傍のガイが、そんなガーニィを見下ろしながらタオルで汗を拭いてて。

「そうだね、」

隣でミリアも、上気した額のちょっとの汗をタオルで拭ってた。

「クールダウンはできたかな、」

って。

「ぜってぇウソだろ、ぜぇぃってっ・・。」

って、なぜだかガーニィにウソって言われた、けれど。

「集合だぞー」

「集合だ―、」

って、向こうから周りに掛ける声が聞こえてきた。

『――――スァ・・、本日の合同トレーニングの参加者たちは集合してください。』

耳元にもアナウンスが聞こえた―――――――




 招集を受けたみんなの前に立っていた教官が一歩前に出て、みんなへ話し始めた。

「今回の合同トレーニングはたくさん集まったので、少し時間が押してしまった。だが、多くの人にとって有意義な時間になったと思う。

恐らく、今まで行われたEAUのトレーニングの中で最大規模になっただろう。君らは様々な資格を得てここに立っている。

EAUを担っていく者たちが、この時ここに集ったことに意味がある。

我々はEAUだ。

鍛錬を欠かさずにEAUであることを誇れるようになってくれ。


説教臭くなったが、話はここまでだ。

各隊員には今回の成績やレポートが届けられる。現在の実力を確認し、これからも鍛錬を続けてくれ。」

誰からともなく拍手が聞こえてくる。

ミリアの傍の誰かも拍手をして、教官へ笑顔を見せていた。


「今回の合同トレーニングはこれで終わりだ。みんな疲れたろう。良い訓練ができた。また次回機会があったら挑戦してくれ。」


彼らの歓声が上がったり拍手もあって。

みんな楽しそうだったし、疲れたような顔をする人たちもいるけど、笑顔も見えて。

達成感の様な1つのイベントが終わった彼らは、話をしながら散り始めていた。

一瞥いちべつするように隣のガイと目を合わせたミリアも、踵を返して。


「あーーー、楽しかった!」

って、向こうであの小さな子がすごく満足そうに大きな声で言ってたのを。

みんなも笑ったようで。


なんか、ミリアも、ちょっとだけ笑ってた。




 ミリアが、踵を返したときに傍の誰かの声が耳に入る。


「補外区で大事件があったんじゃないかとか。それに関係してるんじゃねぇか、って」

って、聞こえて、ちょっと気になって、彼の方を振り返っていた。

「ネットで出回ってるって・・?」

「今回の募集が?」

「ああいうのは大抵、補外区で遺跡でも見つかったとかじゃ?」

「それが本当ならニュースになってるだろ。」

「いや、そうでもない。この仕事始めてわかってきたけどさ、」

「ああ。けっこうニュースにならない事って、あるよな?」

『ブルーレイク』の話なのかわからないけど、ミリアはちょっと心当たりがあった。

例の事件というか、『ブルーレイク』のニュースも細かく報道されていないし、事実と異なることも多い。

「おーい、何の話だ?」

ガーニィが彼らの話に入るようで、ガイもガーニィたちの会話を覗くみたいだ。

「いや、どうでもいい話なんだけどさ。」

「緊急募集があったのは知ってるか?」


まあ、ただの噂話だろう。

とりあえずミリアは、向こうの補給コーナーへ飲み物を取りに行こうと思って歩き出す。

解散を始めている周囲では出口に向かう彼らや、その場で立ち話をしている人たちの姿が見られる。

EAUのメンバーたちは、本当に多様な年齢や性別の人たちの集まりだと思う。


少し思いついて、ミリアは手に持っているPDAで時間と自分のメッセージBOXをチェックしようと・・。


なにか向こうでざわつき始めたようだ。

気が付いたミリアも、彼らの見る視線を追う―――――


と、デバイスが引っ張られるような感触、気が付いたミリアは持ってたPDAデバイス、その固い先が当たって引っかかって――――――弾き飛ばされるように床を回転して飛んで行った―――のを見ていた。

顔を上げれば、人が、彼女が立っていた・・知らない彼女、いや、見た事あるような――――――


っかぁんっ――――カリがりっ―――って、PDAが滑っていく大きな音がしたので、その場にいた人たちは足を止めたり顔を向けて、こっちで何が起きたのかを確かめようとする。


転がってきたそのPDAの近くに、近寄って拾った彼は、持ち主を探して顔を上げる―――――


「――――あ、ごめん、」

手に当たった彼女、クロは見ていたデバイスを下ろして謝っていた。

「・・・なさい、」

クロが気が付く・・、ミリアは瞬くようにだけど目の前の彼女を見ていた。


ミリアはその姿を見て、彼女も自分のPDAを見ていたようで、偶然に手がぶつかったようなのもすぐ理解した。

「こちらこそ。すいません。」

そうミリアも謝った、ミリアも前を見ていなかったから。

でも、彼女がこちらを見つめて来ていた眼を、ミリアも見つめ返していたけど。

じっと見てきているような気がしたその目は、私の顔を、姿をじっと見て確認しているようだった・・。

「ぁぁ、びっくりした。」

って、そのお姉さんの後ろの傍、別のお姉さんがこっちに目を丸くしてるみたいだった。

・・えっと。

「・・なにがだ、」

目の前の、ぶつかったお姉さんは、冷静で落ち着いた雰囲気の彼女は、その快活そうな屈託のない笑顔を見せるお姉さんに、手の平を見せて少し微笑んだみたいだ。


えっと、ミリアは振り返って、落としたPDAの方を・・。

「落としたの?」

って、いつの間にか傍に歩み寄ってきていたお兄さんが、PDAを差し出して来ていて。

落としたのを拾ってくれたらしい彼を。

「ありがとうございます・・、」

受け取ったミリアは、彼の顔を見て気が付く、その顔、横顔も見覚えがあった―――――あの青白い幻を見せる様な機動系の彼、『ロアジュ』って名前の人だと気が付く。


彼は、微笑んでPDAを返してくれた。

物静かな雰囲気というか、落ち着いた大人っぽい感じのお兄さんみたいだ――――――


――――――やっぱりミリアだった。

遠くから近寄る時からそうじゃないかと思っていたが。

今、彼女が俺を見ている。

これが、ミリア・・この子が『A』のメンバー・・・。

・・近くで見れば思っていたよりもずっと小さい。

けど、その姿勢も仕草もしっかりしているのか、佇まいが他とは違う気がした。


この子、戦っているときの動作は完璧だった。

身体を鍛えていると思う。


ゲーム中はずっと見ていた、このミリアの姿を。

無駄が無い身のこなし。

常に機敏に動き、全体へ指示を出す。


射撃姿勢に入る瞬間に、静かな集中力に切り替えた。


この子の特能力は見ていない、でも、基礎能力を高いレベルへ持っていってる。

それが必須ってことか、『A』へ行くには――――――――


――――――ミリアは、向こうがこっちを見つめていた気がして。

「えっと、」

ロアジュへ、なにかを言いかけて。

「さっきはナイスゲーム。」

って彼が、ちょっと微笑むように。

「あ、どうも。」

それから、彼は傍のもう1人の彼女を一瞥してた。


ロアジュと目が合った、彼女は・・。


「どうした?何かあったのか?」

と、ガイが傍に駆け寄って来ていた。

「お、ガイ、」

「ん、ロアジュか。」

どうやら、2人は知り合いのようだ。

「もしかしてお前、」

ガイが何かに気が付いたようだ。

「・・ナンパか?」

って、ガイが引いたような。

「は?違うって。落とし物を渡したんだ。じゃな。それじゃあな。」

「おう」

ちょっと慌てたように離れて行く彼へ、ちょっと、にっと思わず笑ったガイみたいだ。

ミリアはそんなガイをちょっとジト目で見てたけど。

明らかにガイは、彼をからかったようだった。

「で、何があったんだ?」

ガイがミリアに、そのお姉さんたちを見回していた。

「別に何でも無いよ、」

って、ミリアはツンとしているかもしれないけど、言っといた。

「初めまして、ガイズ・ミラ・バグアウアです。ガイと呼んでくれ。」

「あ、どうも。」

って、自然な感じにお姉さんたちにキメキメの挨拶をするガイへ、ミリアは瞬いていたけれど。

「で、なにかお喋りしてたって感じでもなさそうですね。」

「あ、ちょっとぶつかってしまったみたいで、」

ミリアは気が付く、傍の、最初にぶつかったお姉さんがこっちをじっと見ていたのも。


そういえばさっきから。

彼女は視線を逸らさない――――――


―――――――ミリア。

あの『ミリア』だ。


さっきのゲームもずっと見ていた。

『機動系』じゃないなにかを、この子は持ってる。

どんな特能力かはわからないけれど。

あの『ロアジュ』も、この子を気にした。


初めてこんなに近くで見た『ミリア』は。

一見、華奢な体躯の印象で小さい。

でも・・よく見ていれば、引き締まった身体をしている。

アスリートのように。


この子はつまらない人間じゃない。


・・この子は、どれだけの修練を積んだんだろうか?


プレイ中の速い動き。

冷静な視線。

銃の構えから撃つまで。

淀みない動きは、常に前を見ていた。


指示を出して仲間たちが、彼女のために補い合う。

指揮技能、たぶんそれも習得している。


ゲームの後、一緒に戦った仲間たちと歓談していた。

一身に受けた信頼を、微笑みで返した。


憧れじゃない。

嫉妬でもない。


きっと、私たちとは。

違う、と思った。

いつも一緒に練習しているミニーやアーチャ達とも違う。


『A』に行くのは『こういう子』なんだと、はっきりわかった。


わかっている。

嫌と言うほど、わかる。

わかっていたつもりでも。

目標はとても遠い。


目の前にいる『ミリア』は、もっと遠い。


でも、感じるんだ。


・・私には、まだやれることがある。


『機動系』じゃなくても届くこと。


『機動系』じゃない私でも、やれること。

『ミリア』が証明している。


『A』を、まだ諦めなくていい。


それが・・うずく、胸の中で・・・。

うずく。

何かをうずかせる。


胸を締め付けようとするほどに。

手で押さえる気持ちを、拳を握って。


―――――君の声を、聞きたくなっているんだ。

―――私が。



「あたし、クロ、っていうんだ。」

そう――――

「あ。あたしはアーチャ、この子がミニーっ」

って、後ろの2人も続けていて。

瞬くようなミリアに。

私へ目を戻して、瞬くようなミリアに。

私は、口を開いて促す。

「君は?」


「あ、ミリアです。」

機動系じゃないのなら――――――


機動系じゃないのなら、君は。

どんな風に・・・。

・・・・どんなに、私を・・・。


――――――



「・・そっか・・」

クロが呟くようにしていた。

ミリアが、彼女を少し、見つめていたのは何かをしようとしている気がしてたからで。

クロとミリア、2人の瞳は、その双眸で見つめ合うのは・・・実は、ほんの一瞬だったのかもしれない。

「・・・?」

ミリアは、少し瞬いても―――――彼女が、クロが口を開かない気がした・・―――――


「あの、・・見てたから、あれ、ミリアの、」

って、目の前のお姉さん、クロさんに言われた。

ちょっと噛んだような言い方だったけど。

「・・はい、」

瞬くミリアは。

ちょっと不思議そうに見つめてたけど。


「あの、・・・」

って。


「・・それじゃ、」

クロさんが、そう、踵を返して。


ぴた、と止まった・・。


「またね」

って。


彼女はこっちへ、私を一瞬見たようだった。

仲間たちへの向こうへ顔を向ける横顔が一瞬、微かに口端を柔らかくした気がした。

ただ、それだけで。

「ぶつかってごめんね、」

って、友達らしい彼女の1人、アーチャって名乗ってた人かな、彼女が苦笑いに謝ってて。

離れて行くクロと名乗ったあの人は、もう振り返らなかった。

「そいじゃねー」

友達の人はこっちへ手を振って、ちょっとチラチラと見てくるみたいだったけど。

あのクロって人も、不思議な感じのする人たちだな、ってちょっと思った。


「行くか、」

って、笑顔で手を振って返してた隣のガイが、踵を返して向こうへ歩き出す。

「そろそろ集合掛かりそうだぞ、」

ってガイに言われて。

遅刻は良くないので、歩き出すガイを追ってミリアも、今度はちゃんとPDAを両手に持って歩く。

顔を上げて気が付いたけど、周囲の人たちが少しこっちを注目していたようだった。

それは当然か、なんかの揉め事だと思われたのかもしれない、派手な音もしたし。

また変な噂が立たなければいいけども。

「EAUってけっこう可愛い子が多いよなぁ」

って、ひょい、とガイに軽くPDAを取り上げられた。

暢気のんきに、たぶん、勝手にを調べているんだろう、ガイが操作している。

奪われたミリアはちょっと、隣で不満そうに、ガイを見ていたんだけれど・・・―――――――





 ―――――おー、ミリアだったー。ちょーミリアだったー。生で近くで見ちゃったよ、あたし、じろじろ見てた?」

「私も見てた、」

「あ~ぷるぷるする~っ・・」

アーチャとミニーが楽しそうに話しているけれど。

クロは前を歩いている・・そう、ミニーが隣に駆け寄って。

「緊張した?」

って。

クロは、さっと顔を上げてミニーを見るけれど。

覗き込もうとしてたアーチャにもわかるくらい、クロの顔が真っ赤だった。

「してない。」

って。

クロが言ったから、ミニーもアーチャも、ぶはって可笑しそうに笑ったけれど。

こそこそ、ひそひそ、後ろで話し始めてる2人の。

「・・・意識しまくりだったよね・・・?」

「・・そうだね・・・?」

なにかが小声でちょっと聞こえてくる・・・のを我慢してたクロだけど。


「どうした、クロ?」

「ん、」

傍を歩く仲間の彼がクロに声を掛けてくる。

「いや、なんでもないですよ。」

って、アーチャが笑いながら彼に教えてた。

「クロが可愛いだけで、」

「アーチャ、」

またぶはっとしてるアーチャを睨むように釘を刺すクロだ。

「はぁん・・?」

彼にはよくわからなかったようだが。

「ぼうっとしてた気がしてな。大丈夫ならそれでいい、」

って。

「・・案外、普通の子だな、って思ったもんで。」

クロは肩を、軽く竦めて見せる。

アーチャがぶふっと笑って、ミニーがつられたように顔を背けて肩を震わせて笑ってたから、クロがもう一回睨んでおいた。

「そりゃあ見た目はな。でもさっきのゲームは見てたろ。あのミリアも見た目通りじゃないだろう。そんなやつらがゴロゴロしているのを忘れんなよ?対特(対特能力者部隊)をやりたいならな。」

「・・ま、そうなんですけどね、」

説教されるような話じゃないと思うんだけど、って。

心の中で思ったことは、クロは言わなかった。


「よお、クロ。この前のが初めての模擬戦だったろ。今日はどうだった?やってけそうか?」

「なんとか。」

「そりゃいい。から来たばっかりなんだ。少しずつ慣れてくれればいい。」

「お前の能力、俺は面白いと思うぜ。機動系とか走査系とか、それ以外の奴らの可能性っての。ハリードさんが口癖のように言ってるやつ、」

「なかなか見る機会が無いしな。」

「なぁ、俺らも認められたらあんな風に戦うのかな?」

「『A』ならどんな現場にも向かうだろ」

「お前には無理だな」

「なんだとクーディー、――――――




 ―――――・・・つってもさぁ。案外、普通だったよねぇー、」

「ん?」

さっきから、だるそうに面白くなさそうに頭を横にゆらゆら、揺らすように歩くその少女、チュクリを振り返るジェンドだ。

「なんだよチュクリ、見てたのか?」

さっきのダッシュの影響がまだ残っているようだが。

「そりゃちょっとはね、あんたたちがうるさくしてる?って言うから?でも別になんにもなかったじゃない。」

「なんか一触即発みたいな感じだったんだけどなぁ?」

「いや全然なかっただろ。友達みたいだったし。」

アジェロは歩きながらドリンクのボトルを片手にぶら下げて、手持無沙汰に遊ばせている。

「ケンカを見たかったのか?」

「そんなわけないじゃない」

と肩を竦めるチュクリはニヤリと笑っているので、言葉通りに受け取れない。

「でも、ゲームの時だってさ、せっかくの見せ場だってのに、えーって思ったでしょ?みんなも。」

「まあ、あんまり目立ちはしなかったけどさ?」

「よく大きな声を出してたけど?」

「無線があんのにダサい」

「そういや無線通信、あんのにな。」

「つまりね、あの子ね、『』」

って、チュクリが断言してた。

「おー、どしたー?とつぜんー」

アジェロがびっくりしてるが。

「あの子、じゃない?」

「はっきり言うのな。」

「今の?立ち話に何を求めてるんだ。」

「私たちはっ、派手にやってインパクトを残さなきゃあ。私たちの世代って?特能力を上手く使えるかどうかが重要じゃない?なのにあの子って、全然じゃない?」

「ゲームのときの話か?」

「ちゃんと見てたんだな。」

「やることやってんのーっ?あのミリアーって、特能力使ってるのか使ってないのかわかんないって感じで、地味っ。」

チュクリが口をいぃーっとしそうな顔を見せてくるが、ジェンドやアジェロは素の顔を見合わせるくらいで。

「もしかして、ナメてんのかも?」

「そりゃナイダロー」

棒読みのジェンドだ。

「でもでもっ、」

「彼女の話か?なかなか面白いものが見れたな。」

と、背後から落ち着いた女の人の声がした。

「あ、」

ジェンドは気が付いて。

「ミリアの話だろう?彼女、堂々としていたな。」

「むっ、でもあの子とかって全然じみ・・っ・・・あ、ああ、っ、ア、アイフェリア、・・さまっ・・!」

チュクリは今頃気づいたようだ。

?」

アジェロがそこに引っかかったようだ。

「はっ、せ、先輩!」

赤い顔で言い直してたチュクリの言い間違いらしい。

「驚かせたか。君らがいたのを見かけて。」

アイフェリアは落ち着いた大人の仕草でほのかな微笑みを見せる。

「い、いいえっ、アイフェリアさん、」

ジェンドが珍しく背筋を正していて。

こいつもか、とアジェロがは横目で見ていたが。

「どうだ?合同トレーニングは。」

「はい、面白いですっ。な、チュクリっ」

「はいっ、こんなのぜんぜん余裕過ぎて!私以外が地味に見えるくらいでっす!」

「ん、なに??」

「あ、気にしないでください。あいつ、言葉をあんま知らないだけなんで。あとジェリポンの飲み過ぎでテンションおかしくなってるんで、」

「む?そうか。チュクリ、」

「は、はいっ」

「過剰摂取には気を付けろよ?」

「・・はいっ!」

すごくいい返事をするチュクリに、アイフェリアさんも頷いて満足そうだ。

「あ、あのっ、私たちの活躍見ててくれましたかっ」

ハキハキとチュクリが、忠犬みたいだなとちょっとアジェロは思った、テレビでしか見た事ないが。

「すまないな。そっちは見れなかったんだ。」

「そ、そうですか。」

「あとで映像チェックできるか聞いてみよう。」

「は、はい!」

「まあ、負けたのばっかだし見なくて良いっすけどね、あっはっはっは、」

「っぐっ、」

チュクリがアジェロのバカ笑いを、目を光らせそうなくらい睨んでいるけど、彼は気づいてないので朗らかに笑ってる。

「で、でも、惜しかったんですよっ。こいつがコケてっ大事な所でっ、」

「ジェンドがコケてぶつかってきたん・・っ」

「黙らしゃっ!」

「ぬぁんっ!?」

「そうか、頑張ったんだな。」

って、アイフェリアはにこっと笑っていた。

「あ、はーい♡」

「あ、は、はい!」

紅い頬で笑顔を輝かせるチュクリに、ジェンドに。

「それでいいのか、」

アジェロが言っていたが。

「でも、前回、トレーニングで会って以来ですね、」

アジェロはアイフェリア隊長に向き直って。

「ああ。今回はこのトレーニングの裏方に回っていた。良い催しになって良かったと思っている。」

「はい。こういうのいいっすよね、」

アジェロがそんな話をしながら横をちょっと見れば、チュクリたちはアイフェリアしか見ていないって感じだ。

「では、そろそろ行くよ。」

「えー、もーですかぁあ・・?」

「久しぶりに話せてよかった。」

「はいっ。次は絶対見てくださいね!」

「ああ。ベックンも飲みすぎるなよ。」

って言われたベックンが、どきっとして甘いジェリポンから口を離してたが。

「チュクリもな。」

「は、はーい!」

「おつかれさまっす、」

「うっす、」

離れて行くアイフェリアの背中を見送る彼らの様子もそれぞれだ。

「歩いてるだけでかっこいい・・」

まだ興奮の余韻が冷めやらないチュクリに。

「まあ、そうだな。」

その辺りは否定しないアジェロたちで。

「・・・」

「・・・・」

急に静かになった気がして、ジェンドが振り返ればチュクリの様子がおかしい。

「チュクリ?」

何がおかしいというより、違和感を感じてその名前を呼んで・・・。

「・・『ミリア』・・・」

小さくチュクリが呟いた声には、不穏な響きが含まれていたような。

「え?」

「あいつの名前を憶えられてる・・っ・・!しかも褒められてたしっ!!ジェリポン飲み過ぎてない!飲み過ぎはベックだけ!!」

歯を食いしばった怒りの形相を見せてきたので、ひぃっ、とアジェロは情けない声を出していた。

ジェンドはめんどくさい予感を感じてたので、ため息を吐いて。

「もう帰るぞー」

すたすたと、皆を置いて歩いて行く―――――――




――――――ミリアの、やっぱりちょっと揉めてたっぽいって感じだぜ?」

「誰かケンカ吹っ掛けたのか?」

「女っぽい、」

「デン、見てたのか?」

「ん、あんた生意気なのよ、ってよ、」

「有り得る。」

「女こえー、」

「ほら行くぞお前たち。昼めし食ってから特訓だ!女に勝ちたいなら訓練あるのみ!はっはっは、セイガ、行くぞー」

「・・はい、」

向こうを見ていた、ミリア達がいた方を見ていたセイガは、踵を返し歩き出す。

「あ。アイフェリア先輩!お疲れ様です!」

そう、姉御が誰かに挨拶をしていた。

「ああ、そちらもお疲れ様。問題なく進められたようだな。」

「はいさ。なんつったって楽しいイベントですからね。お手伝いのし甲斐があるってもんです、」

姉御が屈託ない笑顔を見せる、そのクールな女性の横顔を見ている彼らはちょっと小さな声でひそひそし始めてた・・。

「・・あれって『Class - A』の有名人じゃね?」

「誰だ?」

「お前知らねぇのかよ。なあセイガは知ってるだろ」

「ああ。」

姉御と言葉を交わしている彼女は、こちらへ目をやって気が付いたようだ。

「アイフェリア・フェメレネル、さん。『Class - A』の隊長の1人だ。」

そう、その声が聞こえたのかはわからないが、話していた彼女、アイフェリアが彼らへ目を移した。

「彼らが君の担当か?」

「ええ、まだまだ粗削りで。でも鍛え甲斐があるってもんすよっ。」

「そうか。君たち、良い鍛錬を積めているようだな。良い試合だった。」

って。

「ぁ、あざーっす、」

「うぉ、あざっす。ほめられちった、」

「・・・」

セイガは無言のまま会釈して返した。

三者三様の言葉だが、一様に背筋を伸ばしたような彼らを見て、姉御もにっと笑っていた。

「ではな。まだ用があるんだ。」

「はいっす先輩、また飲みに行きましょ、」

姉御の屈託ない笑顔に、静かに頷くアイフェリアは踵を返して。

それから、辺りを見回す目は誰かを探すようにだが。

ふと気付いたのか、暫く注目していたように自分を見ていたセイガたちへ、アイフェリアは肩越しに小さく手を振って見せて歩き出す――――――




「―――――なにあのイケメン」

彼女が向こうをやる気ない目で見ていたのだけれど。

「え?あ、ほんとだー。めっちゃかっこいいじゃん。誰だろ?ねぇ、オーガ、知ってる?」

「ん?ミリアか?」

「ちげぇ、隣にいる奴。マジイケメン。」

「ああ、ガイな。」

「知ってんの?」

「噂されてたろ。なんかすげぇのが来てるって。あいつ、その内の1人。」

「知らね、興味ねぇもん。」

「最近目立ってるらしいよ」

「へえ・・・」

「すげぇ活躍したって噂になってたろ。」

「もーだりぃー、かえりてー」

「あのイケメンはわかるけどさー、チビも戦いに出てんの?マジぱねぇのな、」

「やば、イケメンでエリートってヤバくない?」

「エリートっつうのか・・?」

「特能力者?」

「だろ、『A』の奴らって、実戦派らしいって、」

「武闘派しかいねぇって話だろ?」

「それは意味違うんじゃね?」

「じゃさ、『C』の奴らって面白い能力持ってるってほんと?」

「らしいな。『イム - ヴォイス』とか『クロ』ってのが面白い能力って聞いた、」

「『クロ』と『イム - ヴォイ・・、えっ、なにそのネーミングっ?やばくねぇ??俺もそんな名前つけていいのか?」

「名前変えたらすぐ教えろよ、すぐ呼んでやっから、」

「あ、やべ、これ罠だ、」


「俺、前、ガーニィたちと一緒に遊びに行ったとき、寮で話した。」

「えー知り合い?私たちも紹介してよ」

「お近づきしてどうすんだよ。見え見えだぞルーギは、」

「えー野暮な事聞くなよー。つかぁ?ジュンの方が興味あるみたいだしぃー、」

「え、別に?」

「えぇー、一番最初に聞いてきたじャン、」

「どこ遊びに行ったの?」

「『ポリィ・ベンチャーランド』」

「あはは、男で?ウケる、」

「可愛い系のテーマパークじゃなかった?」

「男たちだけで?マジやべぇ、あはは、」

「うっせぇ、別にいいだろ?ビスコ、行ってみたら面白かったよな?」

「ま、まあまあ、なんじゃないかな・・・?」

「はっきりしろよ」

「え、えぇ・・・?」

「あ。アイフェリアたいちょーだっ」

「こんちゃーっすっ」

「ちぁっす!」

向こうを歩くアイフェリアは気が付き、小さく手を振って見せる。

それを見て、僅かに眉を動かすジュンは。

「めっちゃいいひとー」

「あたし、そういうの興味ないんだよね、」

って、歩き始めるジュンは。

「えぇ、ジュンっちー」

「ガイとダチになりたいなら話しかけて来いよ、ルーギ、」

「えーー、それ、マジ無理っつうかぁあー」

モジモジし始める彼女の。

「きしょ、」

「うっせぇ、」

「じゃあミリアから友達になれば?」

「それイイんじゃね、」

「なんでそうなるんだよ―――――――




「―――――――はぁっ・・!?」

大きな口を開けて、大いなる青天から霹靂へきれきを受けるロヌマが、その瞳を大きく見開いた。

「ん?どうしたぁ?ロヌマぁ、」

隣にいて気が付いたバークが。

「ふっはははっはっはっ!新入りには教育ダナ!!」

「おっとぉ、こりゃデジャヴュ既視感か?」

バークが驚いてたが。

「ぜってぇ忘れてたろ。いつもなにきっかけで急に思い出すんだ?」

ゴドーがめんどくさげな文句っぽいのを言っていた。

そんなこと意にも介さずにロヌマは大股で、威風堂々と歩き出す。

狙いはあの目立っていたミリアとか言うやつだ。

そう、先輩としてびしっといってやるのだ・・・!!

「で、あいつどこいんのっ!?」

ぐりんっと首を回して振り返るロヌマだが。

「どこ行くつもりだったんだよ。もう帰ったんじゃねぇか?」

「・・・なぬっ!?」

ゴドーの返答に、驚愕と共に立ちすくむロヌマだったが。

「俺らも帰るかぁ。結局最後まで付き合う羽目になってんのなぁああよぉお?」

変なあくび交じりのバークがその大きな図体を揺らして歩き出していた。

「昼飯の時間もとっくに過ぎてるじゃねぇか。」

「会議の時間ずらしてくれるんかな?」

「んなもん、腹減りが優先に決まってるだろ」

「確認しときなよ。いいや、あたしがやる。」

「ぉ、頼むぜマージュ。頼りになんじゃねぇえかぁあ」

「また評価が下がるのが嫌なだけだよ。この前だって・・・、」

「あり?ロヌマは?」

「まだあそこで突っ立ってるな」

「なんであいつそんなショックなんだ?」

「ロォヌマぁー、メシ食いに行くぜぇええー」

バークがロヌマに大きな声を掛けりゃあ、『メシ』にすぐ反応したロヌマがてってってっとこっちへ駆け始めてた――――――。




―――――――大きな声が聞こえていた、歩きながらそんな彼らが離れていくのを見るクロたちで。

そのベンチに座って休んでいるクロたちは、特に何をするわけでもない。

ただ、汗が引くまで、ドリンクを片手に休んでいた。

ホールにはたくさんの人たちがいるけれど、向こうにさっき友達になったカオ君やリコちゃんがいるのをアーチャがミニーに指差して教えてあげていた。

またニコニコするミニーに、それに、隣同士で座っていたあのときもミニーがずっとニコニコしていたなぁと、アーチャは思いながらだ。

反対に、クロは筋骨隆々な人達がいる、あの本格的な見た目の人たちのグループをさっきから見ているようだった。

たぶん、ああいうのって『Class - A』の人たちなんだろうな、ってアーチャも思うけれど。

噂で聞いたような、有名な人達もいるって聞いたし。

だから、アーチャはクロの肩を叩いて呼んで、気が付いたクロにミニーと同じ、カオ君やリコちゃんたちの方に指差して教えてあげる。

「ほら、あそこにいる、」

って。

「うん。」

クロの返事は素っ気ないものだったけれど。

でも、クロも彼らの方へ目を留めていた。

それは、ミニーたちと同じものを見ているから。


「―――――あの子たちさ、」

って、そう、クロが呟くような。

ミニーも、アーチャも振り返ったら、クロは何かを思い出して、見つめているような、そんな横顔。

・・クロが、気が付いたように2人を見たようだ。

つい、口から洩れた言葉を、聞いてしまったような2人へ。

だから、クロは・・・言葉を紡ぐ。

「・・あの、・・『EPFみたいに』って、言ってたじゃない・・?」

独り言のようでいて。

でもそれは、ミニーやアーチャに伝える言葉で。

「カオ君とリコちゃんたち?」

あの年下の子たちの言葉、ミニーも覚えてる。


あの2人、はっきり言ってた。

『EPFみたいになりたい』って。


その時の事を見つめているような、クロへ。


「私も、似たようなもんなのかな・・って思った。」


クロは、今も彼らのことを見つめているのかもしれなかった。


ミニーは・・口を閉じる・・、それは。


「とりあえず、みんなEAUっしょ、」

って、アーチャが、・・身もふたもないことを言ってたけど。

「で、EPFっしょっ、」

って。


クロが、またなんか言いたそうな顔と曲げた口元を向けてるけれど。

「あはは、」

ミニーが笑ってた。


意味わかんないけど。

アーチャが笑ってて、ミニーが笑ってて、ニコニコしている横顔に目を戻したら。

ミニーは身体をちょっと揺らして。

アーチャも、にっと、ミニーと笑顔を交し合って。

クロは。


・・・クロは。


――――ねえ、クロ。やってよ、」

って、ミニーに言われた。

「・・?」

「ほら、前見せてくれた、ぱぁーってなるやつ、」

ミニーの気まぐれ。

アーチャの気まぐれなら、いつも自由だけれど。

「・・こんなとこで?」

「ね、アーチャ」

「私も、あれ、好き」

2人とも、息がぴったりで。

クロと目が合えば、ミニーは、遠慮がちに頷いて、はにかむ。

「・・・・」

「ここ、凄いところだから、」

ミニーの、恥ずかしそうな。

はにかむような笑顔を見てて。

「ここ、キラキラしてて、いっぱいだから」


――――視えているのは、知っている。

―――それが、ミニーだから。


・・一度、視線を落としたクロは。


――――少し、勇気がいるけれど。


クロは、立ち上がる。

『それ』は、手順があるわけじゃない。

ただ、私の、『やれそうだな』っていう感覚。

それさえわかっていればできる。


簡単なんだ。


見失わなければいい。

私はもう、見失わない。


―――――無造作に胸の前で両手を、空中を、何かを抱え込む――――――金色の欠片が、零れ落ちた・・手の平から、僅かな空気に、膨らむように乗って――――――どこかからか、ともなく、舞い落ちる――――まるで金色の欠片。



―――――――ねえ、カオ、」

って、急に呼ばれたカオは。

歩いていたのを振り返って、リコがこっちをなんだか真面目な感じで見ているのに気が付いた。

「カオ?」

「ん?」

隣に並んできて、歩くリコを、見てる。

こういうとき、リコは何かを言うんだ。

それは知ってる。

あのときだって、マジメに、まっすぐ僕に言ったから。

「あんなの、私だってできるんだから、」

って、リコは。

「『あんなの』・・って?」

「わたし、ぜったい『A』に行く。」

・・って。

リコはまっすぐ、その黒い瞳で、前を見て歩いていた。

それは、あの時と一緒かもしれない。


僕たちの先にある、未来を、輝きを視ている。


たぶんきっと、リコには、僕の見えていないものが視えているのかもしれない。

『彼ら』の姿が視えているのかも。


EPFも。

EAUの凄い人たちとか。

あの、ミリアさんたちみたいな人たちの。


―――――『Class - A』の人たちの、前を歩く姿が。


だから。

頷くんだ。

「うん、僕も一緒に。」


リコは、僕を覗き見る様な横顔で。

紅い頬で、やっぱり、ツンとしたみたいだった。


「・・カオは、昔っから憧れてるもんね、」

「・・・べ、べ、べつに、そんなんじゃないから、」

「なんで恥ずかしがってんのよ?」

「子供の頃の話だし・・・」

「つい最近でも言ってるじゃない」

「え、そうだっけ・・・?」

って、瞬くような2人は。

・・だから、可笑しくなって笑う2人は。


そんな話をしてるリコたちをちょっと肩越しに見てた少年がいて。

カオがふと気が付けば、前を歩いてる『少年』、ふんわりした金髪の見た目の美少女の様なかわいい子なのだが。

彼、シャテル―がまた興奮気味に手を動かして隣の年上の友達に何かを伝えているのが見えた。

「シャテルー、どうしたの?」

シャテル―が気が付いて、こちらに手を動かして、笑顔を交えて。

簡単な手話なら、彼と友達になってから理解できるようになったから。

細い指の手を顔の傍に持っていって、その手が感情豊かに滑らかに言葉を紡いだ後に、満面の可愛い笑顔を見せる。

「楽しかったんだ、」

カオの声を聞いて。

また、赤い頬のにっこりな笑顔を、にっこりの笑顔で見せ合って。

身体の動きは表情と、溢れ出る気持ちを豊かに伝えてくれる。


「お、なんか始まったな?」

マキオがそう、なにか見つけたように向こうを見ていた。

つられて振り返る2人、リコも入れたら3人は、少しばかり目を輝かせる―――――




 「これは聞いたことないだろ。リプクマからせっつかれて新しいMAMS発現に関する多目的機器の開発に協力する、って話。」

そうちょっと得意げに話すガイは、さっきから喋るのが好きなガーニィやその友達といろいろ話していたらしく、最近の『EAU事情』、もとい『根も葉もない噂』をけっこう仕入れてきたみたいだ。

「いっつもなにか研究してる。」

ミリアも別に、そういう噂を聞くのはちょっと面白いし嫌いじゃないけど。

「でも一大プロジェクトって言ったら、『METS』なんじゃないの?」

「つまり、それ関係ってことじゃないか。」

って、びっとガイがミリアに人差し指を差して見せるが、ミリアがとりあえずその指を軽くぎゅっと握って潰しておいた。

「リプクマは博士たちのやる気も凄いだろ?政府からの要請も増えてるんじゃないかとか、取ってつけたような理由もあるが。ついでに『Class - A』が拡充されるって噂が出てるみたいだ。」

「脈絡があんまり無いような?それって、人数が増えるってことだよね・・。増やすメリットある?なんでこのタイミング?」

「それが、その『METS』に繋がる。」

「さすがにそれその案は却下かな。」

「まあ、俺らが《A》になってまだ数か月も経ってないもんな。・・もし試験が甘くなったりでもしたら・・・」

神妙な雰囲気をかもすガイは・・・。

「・・したら?」

ミリアは、ガイの顔を覗き込む。

「俺らの努力が虚しくなる。」

『A』の試験を頑張って受かったことを言ってるんだろう。

「それはどうでもいいけど。」

「ま、そうだな。」

って、あっさりしてるガイは、ただ言ってみただけみたいだ。

「でもまあ、けっこう信ぴょう性のある話らしいぞ、」

って、ガイはけっこう自信満々に言ってた。

ふむ、今の時機で『A』の拡充ね・・・。

そんな事して、メリットはあるのだろうか?

『A』の質が著しく下がる、とまでは言わないけれど。

相応のデメリットはありそうだが・・・?


と、ミリアは歩いていたまま顔を上げて、ちょっと辺りを見回してみてた。

今回のトレーニングでも見てたけど、EAUが求める実戦レベルにある人たちというのは、正直ほんの一握りだ、たぶん。

特能力者である人たちも多かったし、彼らのポテンシャル潜在能力はもちろん高いんだけれど。


実戦レベルにある人たちを『A』へ編入させるという事なら、わざわざ全体のバランスを崩さずに外部から雇うという方法もあるはずだ。

『A』の仕事は警備部の延長みたいなものなのだから。

EAUがそれだけ人員不足という話も聞いたことは無かったが。

MAMSの開発に関することとか・・・ガイも言ってた、新型MAMSの研究、・・リプクマの研究・・・――――――


「―――――やあ、ミリアネァ・C隊員。ガイズ・バグアウア隊員。」

声を掛けられた、のに気が付いた。

振り返るミリアは、傍に近寄ってきていた彼女を認めて。

「アイフェリアさん。」

ミリアはちょっと眉を上げてた。

そして、足を止めて向き直る。

「あ、お久しぶりです。」

ガイも少し背中を緊張させたようだ。

「以前、挨拶して以来だな、」

珍しい人に声を掛けられた、というか、同じ場所に集まる機会が滅多にない人だ。

「久しぶりです。」

彼女は『Class - A』で長年やっている人らしい。

話し方なども落ち着いていて、隊長経験も多く優秀な人だという印象がある。

「アイフェリアさんもいたんですか。」

ガイがそう言って。

「ああ、他の隊長の面々もいるぞ。」

アイフェリアさんは隊長っぽい感じだけど、気さくに答えてくれる。

「見かけなかったですね?」

「ほぼ裏方をやっていたからな。」

「・・『A』の・・やっぱ知り合いなんだな、」

って、気づけばひそひそと、周りで話してる彼らの声がミリアにもちょっと聞こえ始めてた。

ミリアがちらっと見れば、やっぱりこちらをちらちら気にしている人もいるようだ。


「君たちは良い時間を過ごせたか?」

「ええ、とても。」

「ミリア、君は?」

「はい。貴重な経験をさせてもらいました。」

「そうか。何よりだ。実を言えば、君らとはあまり話したことが無いと思ってな。せっかくの機会だ、少し話をしようと思ったんだ。・・なかなかこういう機会が無いだろう?」

「はい、そうですね。これだけ集まる機会なんて、そうそう無いみたいですね?」

「・・日頃から『A』でも同じ仲間同士が顔見知りになれるような仕組みを意見はしているんだ。もう少しレクリエーションの場を設けるとかな。なかなか実現できないが。」

「はぁ・・」

確かに、EAUの隊員よりもよく出先にいる警備部の人たちの方が顔見知りは多い気がする。

そういえば、お土産持っていくって約束した人がいた気がするな。

「そういえば、先の君たちのゲームを見ていたよ。良いゲームだった。」

「ありがとうございます。」

「良い指揮だった」

「ありがとうございます。アイフェリアさんたちは・・?」

「ゲームにはあまり参加していなかったんだ。うちの連中は面白そうだと言って数人が参加したがね。私は・・まあ、そういうことだ。」

「そうですか。」

「お互い『Class - A』だ。うちの連中を見かけたら仲良くしてやってくれ。悪い奴はいない。」

「はい。」

「任務で一緒になることもあるかもしれない。そのときは何でも相談してくれ。」


「ありがとうございます。わざわざ―――――」


―――――わぁっ・・と、向こうで声が広がったようだった。

みんなが振り向いた、その中で、ミリアも・・。


ホールの向こう、誰かが天を見ている。

天井に何かあるのかと思ったが、その視線の先―――――――誰か、彼女の頭よりも十分に高い位置、――――――空中に、金色の煌めく何かが、そこで舞い上がっているのだった。

金色の光が舞い上がってる・・・光に煌めいて、いや、舞い落ちていってるのかもしれない・・・?

あれは、MRのエフェクト映像効果・・・か。

いや、でも、そこに立つ彼女は、その両手に持っていた金色の球形をもう1つ、上へ、放り投げるように。

小さなボールが空中へ上がる・・・、金色の球形が・・、かしゃ・・っと・・一部が割れたように感じて。

それが、金色の粉のように漏れ出て。


さらさらと、はらはらと。

そこだけが、金色に煌めいていた。

舞い落ちる砂のように。

舞い落ちる色が、そこは、人が入れる大きな砂時計の様な――――。




―――――見上げるロヌマの煌めく瞳は、金色の中に包まれる。

少女の満面の笑顔よりも、それは、夢の中を歩くような、駆け回るような―――――



「うわーい!」

って、誰か、あの娘。

金色の粉が、粒子が煌めいて落ちる空間で、大きく手を広げていた。


金の砂の中で、全身で飛び込んで、楽しそうに笑って。


少女がしなやかに伸ばす身体は、1つ廻れば風の流れを、不思議なことに、金色に自由に舞い落ちていた煌めきが、少女をまるで迎え入れるように。


金色の砂を纏う。

風と共にまとう。


軽やかな風の様な身体、跳ねれば、ふわりと。

羽のような少女が、風と共に空を、飛んでいるんじゃないか、って。


小さくしなやかな少女は。

見た事のない、綺麗な踊りを振りまいて。


それは少しだけ。

少しだけ。


金色の煌めきは、地面へ積もって消えていく。


――――――その頃には、楽しくなった誰かたちの拍手と歓声が。

そこには、少し溢れていた。



「――――なんかの余興?」

「いいじゃんか、お前ら、」

「あれロヌマか?」

「ロヌマ?あれ、マジだ、」

「いいぞー」


笑う彼らを。

手を叩く彼らを。


少し瞬くように、見つめていたミリアも、きっとその1人―――――。



―――――――クロは、

声が聞こえた。

優しい声。

みんなが笑っているのを。

楽しくて、手を叩いて。

――――――『EPFみたいに』なれるさ。」


風なんか無かったはずだ。

少女が飛び込んできた風と一緒に、煌めきが舞う・・流麗に綺麗に舞い踊る・・・金色の輝きは、まるでロヌマのためにあるように。

それは少し、柔らかな表情で見守っていたクロの。

ミニーが、その耳元で話しかけてきたのを。

気が付いたのは―――――――


「ほら、クロのお陰で、もう、みんな笑顔だよ、」


そう、とても可笑しそうに笑って。

なんか、キザっぽい言葉――――


「EPFっぽいじゃん?」


そんな言葉、ミニーに似合わないのに。

でも、可笑しくて笑って。


柔らかい幸せな風に包まれる――――――――




―――――特能力とは本質的なものだな、」

そう、誰かが言った―――――その言葉は、アイフェリアさんがつむいだのか・・・、彼女は向こうの煌めく景色に目を少しだけ細めていたのか・・・。


「その『力』が、何を成すかは、」

端的に、そう。

言葉を紡ぐ。


ミリアの瞳と。

アイフェリアの横目。

それらの視線が触れえるように。

僅かに彼女は頬を柔くしていたのかもしれない。


「君に1つ問いたい。」

アイフェリアが、そう。


一歩、近づいていて。

また、一歩。


ミリアの傍で、屈むように顔を近づけた――――――


『――――君は、特能力者か?』


私を見据える、アイフェリアさんの瞳は・・・。

僅かに揺れても、まっすぐに私を・・・。


・・それは、真摯なメッセージ。

どこまでも真摯な瞳で。


彼女はきっと、その質問が、私の気分を害するようなものだと思っていたとしても。


彼女は、面と向かって訊ねる、と伝えてきた。



私は・・?


私は、どうすればいいか。


・・私は、黙っていたっていい。

はぐらかしたって、いい。


彼女の心に、応えなくたっていい。


でも、だから。

ミリアは息を。


その胸へ息を、吸い込んだ―――――彼女の瞳へ――――――



「特能力者じゃありません」


はっきりと、伝える――――――


広義の意味での特能力者有素養者でもありません。」


真っ直ぐに―――――


彼女の瞳へ。

それは、真摯でいて、透き通るような黒い瞳だった。




―――――そうか。」

凛とした声。

落ち着いた、真っ直ぐな。


彼女は納得した。


ずっと私を見つめていたような、真摯な印象だった彼女が、僅かに目を細めたように。


それは、どんな表情だったのだろう。

ほんの少しだけ、微笑んだのかもしれない。

それは、優しかったのかもしれない。



「ありがとう。」


答えた事へのお礼か。


アイフェリアさんは、満足したようだ。


「次に会うのを楽しみにしている。」


アイフェリアさんが口を開いたとき。

元に戻った調子の、冷静でいて、落ち着いた静かな声。

「あ、はい」

ちょっと歩き出してたアイフェリアさんへ、見つめていたミリアが少し遅れて返事をする。

アイフェリアさんも、それを見て小さく頷いたようだった。


アイフェリアさんは部下らしい男の人たちを傍に、話しかけ、向こうの方へ、コーチ陣の居る方へ歩いていくようだった。

「なんかドキドキするな、あの人」

って、傍のガイが言ってたから。

「・・・うん?」

ミリアは小首を傾げかけながら、歩いていく彼女たちの後ろ姿を見送っていた―――――



 ―――――周りの誰もが目を向け始める、手を叩いて音を送り始める彼女らのいる舞台を。

眺めていたシンは、ゴドーが肩に手を置いてきたのに気が付いて、その大きな肩を僅かに竦めて見せたようだ。

「またかよ、面白そうなのを見つけるとすぐこれだ、」

追いついてきたゴドーたちも、呆れたようにしている。

「また遊んで忘れてる。誰か手を繋いどいてよ、」

マージュが辟易へきえきしているようだが。


シンが眺める光景は、気まぐれに簡単に移ろう風を相手にしているかのような気がして。

ロヌマと、その誰かの、自由な風のように。

小さくて軽やかな踊り子はしなやかに、そして金光の欠片と共に煌めいて舞い踊る。


風が気持ちよさそうなその光景に、シンは目をやっていたが。

そのときだけは、ほんの僅かに細めたのかもしれなかった――――――。




 「なにを聞かれたんだ?」

って、ガイに聞かれて。

ミリアは、ちょっと考えたけれど。

「後で言う。」

って答えれば、ガイはそれ以上は聞いて来なかった。


アイフェリアさんは、『次、会う事を楽しみにしている。』と言っていた。

また、仕事が一緒になった時、よろしくってことかな。

社交辞令だ、きっと。

一緒になる機会なんて、今は滅多にないから。


私のチームが『Class - A』の仕事に慣れれば、仕事を一緒することもあるかもしれない。

それもいつになるのか、わからないけれど。


「話してたな。」

ガイが、そう。

「ん?」

「特能力者、ってこと」

「うん。」

ミリアは単に、頷いてた。


特能力者かどうかなんて、私は秘密にしている事ではない。

どうせ、リプクマのデータにだって載っていることだし。

仕事の時にでも隊長なら、仲間の情報なんかは調べればすぐわかるだろう。

だから、アイフェリアさんに秘密にする理由もあまりない。

それに、特能力者じゃない人なんて、EAU内ですごく珍しいってわけでもない、と聞いてる。

私以外にも何人かいる、って話だ。


そもそも、EAUへの入隊条件は、基本的にそれらの制約はない。

『Class - A』への編入条件にしても、諸々細かい制約を除けば『任務を全うする意思があること』、『対特能戦の技術を一定水準まで有していること』などぐらいだ。

それらを試験で判定して合否が決まる。


また、発現が認められていない『有素養者』の人たち、いわゆる『準・特能力者』の人たちもEAUには多いらしいし。

だから、特能力者であるかないかは特に関係ない。


それより、ちょっと気になっているのは、アイフェリアさんが私にそれを聞いた理由だ。

今思えば、わざわざ私の所まで確認しに来たようにも思える。


ゲームを見ていたと言っていたし、私を見ていて気になったのだろうか?

そうだとしても、それだけの理由で?


なんだろう?

あのとき、アイフェリアさんは私の『何か』を見ていたような気がしていた。



まあ、本当に、ただ挨拶をしたかっただけ、なのかもしれないけどね。


と、気が付くと。

周囲の目がこっちを見ていたのが、気になって。


こちらをちょっと噂するような目と、ひそひそ話。


気になった向こうを見れば。

あの人、クロさんと、少女がお互い笑顔で、ハイタッチしたのが見えた。

少女はちょっと小さいから、ちょっとジャンプしてた。


それから、ミリアはまたその場を離れるため、少し歩き出していた。





――――――あーあ、目立っちゃってんの」

「お前も目立ちたかったのか?チュクレ、」

「なんでよ、ぜったいめんどくさいことになるに決まってんじゃんっ」

「まあ、わざわざ能力見せるなんてな、」

「あれ絶対、超目立ちたがりだよ、ぜったい、」

「またお前・・・、」

「あ、ミリアだ。」

「えっ?」

って、横を通ったようなミリア達に、びくっと身構えていたチュクレとジェンドだったが。

・・・?って、ちょっとミリアが不思議そうにちらっと、こっちを見そうになって、チュクリとジェンドは、・・・踵を返して、素早い動作で向こうのあらぬ方を眺めていた、風を装う。

息はぴったりだが。

そのまま、すたすた歩いて行ったミリアを横目に見送ったアジェロとベックンがいる。

「・・・・行った?」

チュクリが聞いたので。

「・・その警戒はなんなの?」

って、アジェロに言われてた。




「―――――やっぱアイフェリア隊長と知り合いだったのか?」

って、いつの間にかガーニィと友達だろうか、彼らが近寄って来てた。

こちらの様子を見てたらしい。

「うん。以前、ちょっと。・・有名なの?」

って、ミリアはガーニィへ聞き返した。

確かに、不思議な雰囲気は感じたかもしれない。

「アイフェリア隊長だろ?『Class - A』で常に前線に立っている人だぜ。新人トレーニングにも顔出してくれるし、美人だし、『A』の隊長だしで、人気あるし。一説によれば、EAU発足当時から在籍してるって話だから、ある意味レジェンドの1人って言ってるヤツもいるぞ。しかも、この前ニュースにも映ってたしな、」

さすが、ガーニィは情報量が多い。

「ニュース?」

「特務協戦でEPFと共同作戦張るときあったろ?」

「EAUってそんなに注目されるか?」

「ああ、EPFの人の隣に見切れそうだった。」

「あぁぁ・・・」

見切れ・・・。

「その後一瞬ズームされてた。たぶん美人だからだな。」

「マスコミっぽいムーブ。」

「いや、これは凄いだろ。EPFと並んで任務をこなしているってことなんだからな?EAUも有名になるかもよ?」

「EPFにはなれなくても、EAUで有名になってキャーキャー言われるのもいいな。」

「それはそれでめんどくさくなりそうだよな、」

「そもそもEAU発足の人たちと今の若手って特能力の質とかが違うだろ?」

「急に真面目になんの?」

「アイフェリアさんたちは第0世代で、俺らを第2世代、もっと若手の奴ら、『Class - C』の奴らなんかを第3世代って呼ぶ奴らもいるだろ。」

「あれってそういう意味なのか」

「差別じゃねぇの?」

「でも実際、それくらい発現の質が違うって聞いたことあるな。」


私も、それは聞いたことがある。

学校や軍部などで得られる情報も加えると、EAUの発足当時の事情は理解しやすい。

十数年前は現在と違って、武力を持つ法定組織は治安維持が主目的であったから、そのときは特に実戦を重視した人選で戦闘を主軸に活躍したらしい。

それが第0世代、主に、肉体が常人よりも微力ながら強化されるという『有素養者』と呼ばれる人たちだ。


でも時が進むにつれて、多様な変化が確認されていく。

また、市内などで発見される特能力者の総数が増えて行っているらしい。


それらの発見は、研究が進んだおかげだったり、社会での受け入れ態勢などが整ったおかげで発見できるようになったとも言われてるけど、事実として昔は確認されなかったタイプの発現が新しく確認されるケースも増えている。

それが『特能力者の発現効果の質が変わってきている』という説の理由付けに一役買っているみたいだ。


研究者や有識者は口を揃えて、数十年前に起きた『エンバダイド・ストライク』からすべての発現が始まった、と言っている。

実際に、人の取り巻く環境が変わっていっているからなのか、自然発生的に時間が経つにつれてあり得ないような発現効果を見せる特能力者が増えてきている、という研究結果も出ている。

それに伴って、発現者用の医療技術も飛躍的に向上していっているが、事故となったり無為に発現した患者が担ぎ込まれるケースも増えている。

そんな場合の大きな受け皿となっているのが、リプクマである。

EAUの親会社でもあるリプクマは、最先端の医療技術で、多くの人を助けているリリー・スピアーズドーム内最大規模の医療機関であって。


「で、『A』ってどうなんだよ?実際。」

「『B』と違うのか?」


と、ガイに聞いてる彼らの話がまだ続くようだ。

向こうへ目を戻したら、ハイタッチをしていたような彼らも散って、金色の砂もどこかへ消えてしまったみたいだった。


「あ、」

ミリアは唐突に思ったけど。

そういえば、さっきの『金色のなにか』の辺りにいた人、さっきぶつかった『クロ』っていう人だ、と。

「どうした?」

と、ガイたちがこっちを見ていた。

「ううん、なんでもない、」

ちょっと不思議そうな顔をしたガイから、ミリアは向こうを見渡す。


EAUの人たちが一同に会するような、余熱の残るようなトレーニングホールは広くて。

それから、少しずつ人も広がって散っていってるから。


――――少し見回したミリアは、それからきびすを返して。


「じゃ、帰る。」

「もう帰るのか?」

「この後、詰めてないといけなくてな。」

「おう、じゃあまたな、」

「ああ。」

「ガイ。300人を血祭りにあげた話、今度ちゃんと聞かせてくれよ、」

「おー、」

・・・ミリアがじとーっとガイを横目で見てて、ガイはそれに気が付いたので、にっかと笑っていた。

逆に更にミリアの眉が険しくなったのは、ちょっとイラっとしたからだけど、そのまま歩いて行ってしまった。

「お前、睨まれてない?」

見てた彼がガイに言ってたが。

「可愛いだろ?」

って、ガイが彼に笑って言って、ミリアの背中を追っていく。

「あー・・・?」

よくわからなかった彼は口を少し開けてただけだったけども。

帰途につくミリアと追いつくガイは隣で、顔を合わせて何かを話した後、また少し辺りの様子に目を向けるのだった。


軽めにだが、グラウンドの端を走る人たちはさっきのトレーニングの参加した人たちか、新しい利用者かもしれない。

彼らが、軽く流しながらランニングしているのを横目で見ていたミリアは、隣に追いついて来たガイに気が付いた。

「300人もいなかったでしょ。」

一応、ミリアはさっき楽しんでたようなガイへ言っといた。

「ん、ああ、話の流れでそんな感じになって。」

って、ガイはすぐミリアの言いたいことがわかったようだ。

「そういうのは言わない方がいい。」

「ん、まあそうだな。」

にっと笑うガイが、なんか楽しそうだった。

ミリアはとりあえず、口を閉じて、ガイをじっと見てたけど。

たぶん、ぜったい確信的な愉快犯だ。


それって機密保持というか、情報かく乱だ。

彼らが妄想を膨らませて噂を流さないといいんだけれど。


視界の端では、軽く駆けていた数人がクールダウンして戻って行くようだった。

それから、変な噂を流している元凶はガイなんじゃないかな、ってちょっと思ったけど。


「コーリ・シナクラは好きだな。」

「ああ、俺も好き。あと、ハごペンガはよく見てるな」

「マジかよ、俺も。」

「俺も知ってるけど、ちょっとノリが独特過ぎて、」

「それはわかる、」

まだ彼らが立ち話をしている横を通って歩いてく。

「お、ようやく始まるのか」

「軍用施設を借りるって話だろ?」

「リプクマも技術供与はしているらしいぞ」

「金を出してるだけじゃないのか?」


ロッカールームへの帰り道も、小耳はそれなりに退屈しないかもしれない。

「300人キルの噂知ってるか?」

「なんだそれ?」


・・・新たな伝説が生まれつつある予感を感じつつ。

とりあえず、知らんぷりしといた。


―――――おい、ロヌマぁあ、メシ行くつってんだろうよっ、」

って、大きな声がする向こうに。

「おういっすっー」

後ろから元気な女の子の声、満面の笑顔で駆けてくる子の。


「すっかり楽しんでるのな、」

「もう思い出さないでほしいね、」

気が付けば傍で、話している彼らが横を歩いて通り過ぎていく。


―――――横をすっと、ミリアの傍を後ろから風のように通り抜けてったロヌマって子が、軽そうに跳ねて、てってってっと、向こうへ駆けていく。

―――――それを待つ気も無いらしい仲間っぽい人たちは、先にもう進んで行ってて、その子が楽しそうに追いかけていってた――――――。

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