第2話 吹き抜ける赤い風

 読み進める時間は長くなって半ばを超える。上下に動いていた目がぴたりと止まる。人差し指で文字を示して天井と見比べた。抑えられない笑みが顔全体に広がる。該当するものを遂に見つけた。意味は『男性』と記されていた。

 商人は分厚い本を閉じて荷袋に戻す。剣に向き直り、鍔の片方に手を置いて寄り掛かる。少しの時が流れ、そうよ、と口にして目を輝かせた。

 手早く荷袋を背負い、剣に向かって躊躇うことなく跳んだ。水平の鍔に両足で乗ると滑らかに沈み始める。床に到達しても柄は動きを止めない。何かの機能が働いて中に吸い込まれていった。剣は引くのではなく、男性の意味の押すオスが正解であった。

 商人は細長い穴から離れ、推移を見守る。履いていた木靴がカタカタと音を立て始めた。消え去った穴から新たな剣が鞘に収まった状態で迫り上がる。動きが止まるのを見て柄を握った。今度は片手で簡単に引き抜くことができた。

「……これが伝説の剣」

 留めていた上部の金具を外した。剣を鞘から抜き放つ。虹を纏ったような刀身は両刃で極端に薄い。鞘を小脇に抱え、貫衣頭の切れ目に手を突っ込む。一枚の銅貨を指に挟んで刃の上に落としてみた。

 何の抵抗もなく銅貨は二つに分かれ、真っ平な断面を晒した。結果に満足して剣を鞘に戻す。落ちていた銅貨を素早く回収。獲得した剣は荷袋へ斜めに突っ込んだ。

 商人が荷袋を背負う合間に最初の剣が上昇して元の状態に戻った。試しに押してみたが沈むことはなかった。

 軽い足取りで通路を陽気に戻っていく。外に出た途端、陽光の眩しさに思わず目を細めた。

 壁に寄り掛かっていた男性が腕を組んだ姿でニヤリと笑う。

「やっぱり、抜けなかっただろ」

は抜けませんでした」

「そりゃ、そうだ。伝説の剣だからな」

 笑みを交わし、その場で速やかに別れた。商人は来た道を弾むような足取りで引き返す。その過程で最初に見つけた露店に立ち寄り、ドラゴンフライの焼き串を手に入れた。豪快に食べながら街の外へ向かう。艶やかな唇で最後の肉の塊を引き抜いて咀嚼そしゃくして呑み込む。最後の仕上げとして歯に挟まった肉を串の先端で穿ほじくり出した。その姿を数人に見られて慌てて口を閉じた。

 ナプラの街を背にした姿で足を止める。左右に伸びる街道を交互に見た。左手は最北端に繋がる。万年雪に覆われた高峰が連なり、そこに伝説の槌が埋もれているという。広範囲に渡る捜索が必要で人件費や物資に多くの費用が掛かる。

 右手は最南端に『滅んだ都』がある。かつて栄華を誇った王国の首都で一夜にして滅亡したと言われている。関連した書物は見つかっておらず、関係する者達が口伝くでんで後の世に残していた。

 商人は右手の街道に目を向ける。馬車や人の姿はなかった。遠方まで見て確認すると笑みが零れた。わくわくした感情を抑えて静かに口ずさむ。

「我の共に馳せ参じて偉大なる力を発現せよ」

 木靴を中心に風が起こる。足元の砂は輪の形状で広がった。

 商人は僅かに浮いた。その状態で蹴り出して滑るように走る。自らが突風となって右手の街道を吹き抜けた。


 伝説の木靴を履いた商人少女、アブエル・サマスの宝探しの日々は続く。

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伝説を求める商人少女が今日もゆく 黒羽カラス @fullswing

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