伝説を求める商人少女が今日もゆく

黒羽カラス

第1話 伝説の剣

 ドゥルーク大陸の最西端の地に伝説の剣は存在した。今も相応しい使い手を静かに待っている。依然は魔物が蔓延はびこる深い森の中の建築物としてひっそりとたたずんでいた。が、凄腕のトレジャーハンターによって発見されたことで周辺は劇的に変化した。木々は伐採されて平地となり、集まる人々によって建物が作られた。やがて剣を中心にしたナプラという街に発展した。

 そのナプラに一人の商人が足を運ぶ。背格好と釣り合わない巨大な荷袋を背負う姿に誰もが目を留める。呆れたような顔で足を止める者もいた。収まり切れない剣の柄や杖の先端が何本も左右に突き出し、金属的な音を立てた。

 周囲の目は小柄な商人にも注がれる。

 赤茶けた短い髪と麻の貫頭衣ワンピースは女性特有のもので南方に広がる砂漠の民を思わせた。日焼けした肌は浅黒く若さ特有の光沢を放つ。

 商人は見るもの全てに興味を示し、どんぐり眼で周囲を物色した。食べ物の露店を目にする度に口を半開きにして切ない溜息をいた。その都度、頭を左右に振って自ら誘惑を断ち切った。

 迷路のような石畳の路地を抜ける。目にした三叉路で立ち止まる。進む方向に悩んでいる時、近くの金物屋から白髪の老人がのっそりと姿を現した。

 商人は笑顔で駆け寄る。

「道を訊いてもいいですか」

「いいが手短にな」

「伝説の剣にいく道を探しています」

「物好きがいたもんだ。それなら左だ」

「ありがとうございます」

 老人は緩やかに手で追い払うようにして右の道をゆく。商人は左を選んで道なりに歩いていった。

 開けた場所に出た。商人は一目で中心にき付けられた。周囲の家々はおおむね石造りであった。目の前の建物は石の継ぎ目が見えない。深緑の正方形は異様と言える。

 特殊な外観は商人の期待を大いに膨らませた。出入口と思われるアーチ状の部分に真っすぐ向かう。

 壁にもたれていた軽装の男性が組んでいた腕を解いた。

「もしかして見学者か」

「この中に伝説の剣があるのですか」

「そうだが。おまえさん、かなりの物好きだな」

 二度目の言葉に商人は苦笑いを浮かべる。

「それなら一ギルだ」

「わかりました」

 貫頭衣の切れ目に手を突っ込み、一枚の銅貨を差し出した。

「ありがとな」

「あの、もう一つ。伝説の剣を引き抜くことができたら本当に貰えるのでしょうか」

「今でも有効だが、そりゃ、無理だ。どんな力自慢でも抜けなかった。魔道に長けた者も諦めた。あらゆる魔法を無効化するからな。今では誰も来やしない。あんたみたいな物好き以外はな」

「それでは見学させていただきます」

 商人が薄暗い中に一歩を踏み出す。周囲の壁がほのかに光り、難なく先を見通すことができた。

「便利ですね」

 直進して殺風景な四角い部屋に行き当たる。その中央に剣が刃を下に向けて刺さっていた。宝剣のような宝飾は施されていなかった。唯一、水平のガードが鈍い金色でオリハルコンを想像させる。

 商人は荷袋をその場に置いた。剣を真上から見下ろす位置にきて腰を落とす。両手で柄を握り、腕と脚の力で引き抜こうとした。プルプルと震えるだけで剣は微動だにしなかった。

「無理ですか」

 一気に力を抜いた。荷袋に戻って中に手を突っ込む。頭まで入れて底の方から一つのグローブを取り出した。右手に嵌めると剣の前で静かに呟く。

「……砕け獅子王」

 瞬間、グローブ全体が金色に輝く。濃縮された光は獅子の頭部を形作る。鉄槌を下すように商人は床に一撃を加えた。耳をつんざく音が壁に反響した。光は炸裂して床全体を小刻みに揺らす。

 その異変に気付いたのか。出入口にいた男性が大きな声で叫んだ。

「なんだ、今のは!」

「荷袋を落としました! なんでもありません!」

 咄嗟の言葉に納得したようで男性が叫び返してくることはなかった。

 商人は拳を放った床を一瞥いちべつする。しゃがんで掌で撫でた。

「伝説のグローブなのですが」

 滑らかな床は易々と伝説を撥ね退けた。商人はグローブを荷袋に戻す。剣に心を奪われず、部屋全体に目を向けた。

 剣の真上に文字を見つけた。壁と同様の緑色で僅かな濃淡の違いしかなかった。

 今度は荷袋から分厚い本を取り出した。開くと細い紐が絡んだような文字が意味と一緒に記載されていた。商人は剣を前にして胡坐あぐらを掻く。頁を繰りながら天井の文字を見やり、真剣な顔で意味を調べた。

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