わたしに解けぬ謎はない

「……というわけで」

 犯人が、自白した。死体を入れた麻袋を引きずっていたのでは他に逃れようにもなかったのだ。

 だからどうしたと言わんばかりに――土砂にうずもれたトンネルの奥に追いつめられながらも、不敵に笑んでいる。

 もともと死刑確定の脱獄犯。今までおとなしく山荘のオーナーに成りすましてひそんでいたなんて、盗人猛々しすぎるではないか。

「トンネル事故に見せかけるつもりだったんです」

 居直った殺人犯は、宮松サラ、舞村愛良、比谷田蔵人、そして月城遊里の顔をなめるように見る。

 月城の助手たる美春が含まれていない。犯人に人質として首をがっちりロックされているのだ。

「死んでいただけますか、あなたがたも」

「この先どうする気だ」

 と、月城。

 刑務所から逃走した犯人が、強盗殺人しただけではあきたらず、トンネルを爆破して追手の目をひきつけ海外に高飛び? 許してはならない、そんなこと。


 月城、慎重に距離を測る。

 顔色がお互いに良く見えない位置。

「だって、本当は何回か試すつもりだったんでしょ。この一回でおしまいなのかな」

「これは一種のリハビリみたいなもんです」

 犯人、愉快犯の嫌なしぐさをした。じゅるり、と舌なめずり。

「散々、殺しておいて」

 月城はなぶるような目で犯人を追いつめていく。丸腰だ。美春はじっとしている。

「リハビリねえ」

 その様子は――お気の毒に――何のひねりもなく言うと、おかわいそうに、とそう、言いたげで。月城の姿が、大きくブレた。体の芯棒が明らかにゆがむ。

 ぐらぐらと揺れ、頬は紙のように白くなって。

「あっ、先生!」

 美春がとっさに腕をのばすも、やはりというか――とどかない。

 月城の体はどんどん不安定になり――ついには嘔吐し――最後には月城の腹の中からずるり、もう一つの頭が現出したのだ。月城の瞳――今まで月城だった瞳、急に眼光を失う。

 なにかと思うと、目を閉じている。かわりにうねうねとうごめく触手のようなものが全身からわっと現れて――

 顔色は完全にどす黒くなり、自我を失ったよう。そしてそのまま――月城、前へ倒れた。

 一方。

 もう一つの月城――今、ばったり倒れた月城の中から遊離した人格――は。


 犯人、おぞけだって飛びのいた。

 月城は重力をものともせず直立不動の姿勢で起き上がったのだ。犯人はおどろいて足をひねってしまったのだが――どんどん、腫れあがっていった。

 異形。それも、まがまがしいの。

 たとえば、漫画や小説のように、フィクションの中の登場人物みたいな感じの、見ていてドキドキワクワクするような魅力的な神秘の異形じゃない。

 もう、もう。彼の周辺だけ暗い闇夜に包まれたような、真っ黒なオーラを発している。目は完全に閉ざされており、なのに光ってる。

 スラッとしていた体躯は、どこでなにに使うのかが大変疑問な、もりもりとした筋肉をまとっていて、背丈も大きく――別人、どころか別の生き物に見える。


 フィクションですか? これ、何かの特撮変身ものですか? 叫びたくなるのも、叫んじゃっても全然ふしぎではない。


 パタ、と外のセミが声を失う。

 そして。その異形はどんどん変化していった。トンネルの中の赤色灯が点滅を始める。

 最初は月城――少し別の生き物ではあるがなんとか人型? 二足歩行タイプの姿かたちをしていたのに、まず姿勢とか体つきとか、肉体的なラインの特徴が常軌を逸していき――どんどん、一種怪物じみた容姿の獣みたいな異形になっていく。

 ぷうん、と月城の体臭がした。もう完全に人の物でなく、獣の臭いだ。

 泡をくった犯人が逃走をはかるも、転んで額を打ちつけた。

 ほのぐらいオーラに侵されて、正面から正気と生気を吸われているようでもあった。

 犯人は動けない。

「先生! 先生……!」

 美春、とりすがって泣く。

「もう、やめてください。そんな悪魔に魂を売るような真似……!」

 美春ほどではないけれど、宮松、舞村、比谷田たちも――一様に顔をおおったり、唇を噛んで下を向いたりしている。

「わたしの瞳を見たモノは己の姿をそこに見る。己に嘘はつけない。余罪があるなら白状してもらおう」

 犯人は足を抱えたまま仰け反り、あごをがくがくいわせる。たとえ何人殺そうと、人は人なのだ。月城は犯人ののどをつかみあげ、目を見開いた。

「これが真の咎人の姿だ!」


「おかげさまで、事件は解決しました」

 刑事が言った。

「犯人がよくしゃべりますねぇ。相変わらずどうやったのかわからないです。月城さん」

 事件担当の刑事が月城の書斎に出入りするのは、なにもこれが初めてではない。刑事は、棚の一か所、隙間の空いたところに指を入れ、月城の手元を見た。

「まあ、やりかたはいいですよ。あなたのお友達が泣いていやがる方法、というのだけわかってます。まさか悪魔に魂を売りわたしたわけではないでしょうね」

「ははっ、刑事さんも冗談がうまくなりましたね。初めて笑いましたよ」

 月城は、「ジキル博士とハイド氏」の書籍からしおりを抜いて、そのまま続きを読みふけるのだった。 


-了-

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遊離探偵☆ ユーリ! 水木レナ @rena-rena

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