怨念ポルカ

朽木桜斎

四十男・春一(はるいち)は祖母の介護をしながら音楽をかけていたが……

「めんけ(かわいい)曲だぢゃ~」


 祖母・サチコはもごもごと口を動かしながら、聞こえてくる音楽の感想を述べた。


「ヨハン・シュトラウス2世の『アンネン・ポルカ』って曲だな。ヨハン2世がかっちゃ(母親)のアンネに捧げたと言われでおる」


「ふふ、んだがあ(そうか)。春一はるいちはクラシックどご好ぎだものなあ」


 こんなふうにしてしばらく、二人はゆったりとした二拍子の舞曲にひたっていた。


「とごろで春一よ、さきたがら(さっきから)変た(変な)声っこ聞こえねがあ?」


 サチコはやにわにそんなことを口走った。


「変た声ってば、なんのごどだ?」


 春一はひょいと祖母のほうを振り返った。


「ほら、その音楽どいっしょに聞こえでくるでえ」


「はあ……」


 彼はアプリを起動しているスマホへと耳をすました。


「なんも聞こえねねが、音楽が鳴ってるだげだべ?」


 サチコはあいかわらず口をもごもごとさせている。


「そんたはずはね(そんなはずはない)、ほら、確かに聞こえでくる」


「……」


 ばあさんもついに……


 春一はそんなことを考えた。


「ままんで(まるで)地獄の亡者のようだじゃあ」


「ばあさん、頼むでえ?」


「なんか、聞いだごとのある声だど思わねがあ?」


「は?」


「そりゃそうだじゃ、その声はな、おめ(おまえ)の声だったがらな」


「……」


「おめはすでに、死んでらったあ」


 彼はいよいよヤバいと思った。


 どうする?


 救急車でも呼んだほうがいいのか?


 そんなことを頭の中でめぐらせた。


「う……」


 なんだ?


 息が苦しい……


「嫁だな。おめは遅ぐ効ぐ毒どご盛らいだったあ。ほれ、さきた出されだ菓子っこの中さなあ」


「ぐ、る……」


「おいは先に逝ってしまって、おめさ伝えようど思ったったども、間に合わねくてすまねなあ」


「……」


「んだ、この曲はアンネン・ポルカではねえ。怨念ポルカだったあ」


「おん、ねん……」


「へばな(じゃあな)、春一。さぎに行って、待ってるどおい」


「ねん……おん、ねん……」


 そこへ嫁がやってきた。


「春一さん、大丈夫?」


「おん、ねん……」


「はあ?」


「……」


 そこには春一の姿しか見当たらなかった。


 そして彼は、ついに息絶えた――


「怨念って、いったいどこにおんねん……?」


 嫁は関西の出身だった。


 そして翌朝9時、銀行のATM。


 春一の口座から、現金50万円が引き落とされたという。


「おんねん、おんねん、どこにっ、おんねん、ぱっぱっぱっぱ、ぱっぱっぱっぱ、ぱっぱっぱっぱっぱっぱっぱ~♪」


(終わり)


   *


<使用楽曲>


「アンネン・ポルカ」 ヨハン・シュトラウス2世


<おすすめ盤>


ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)


ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

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怨念ポルカ 朽木桜斎 @Ohsai_Kuchiki

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