両片思いなのに付き合ってない幼馴染の二人がただ無意識にいちゃつく話

さーど

両片思いで幼馴染の二人

「──ッ……ハア……!!ハア……!!」


「……?えっ、玲央れおくん!?」


 事態は唐突な物であった。


 場所としては、都会から外れたベッドタウンと呼ばれている住宅街。


 その中の、とある一軒家。文庫本や漫画で埋まった本棚に囲まれる部屋での出来事である。


 突如、アンダーリムの眼鏡を掛けた玲央と呼ばれた少年が、顔を青ざめ、異常に激しい深呼吸を始めたのだ。


 深呼吸と述べたが、その様相を伺う限りは明らかな過呼吸状態である。


 そんな玲央に、この部屋の主……おさげにした黒髪、黒縁メガネが特徴の少女、想香そうかが驚いた顔をして彼に近づいた。


「ど、どうしたの……!?」


 状況が飲み込めない中、とりあえず楽になれるよう玲央の背中を摩り、彼の顔を覗き込む想香。


 過呼吸の対処としてあまり正しい行為とは言えないが、彼を本心から心配してる様子が見える。


「──えっ……?あっ。えっ、と……ごめん、もう大丈夫……」


 玲央は過呼吸状態から急にぽかんとする……と思えば、想香の心配そうな顔に気づき、自己の無事を示す。


 ただ、その顔には汗が流れ、肌色もとても良いとは言えない状態である。


「ほんとうに……?」


 そんな彼の様子に、彼の顔をぺたぺたと触りながら尋ねる想香。


 玲央は顔を赤くした。


「ほ、本当に大丈夫だからっ……。えっと、ありがとう、想香ちゃん」


 ちょっとオドオドしながらも、心配してくれた想香に玲央は頭を下げる。


「なら良いんだけど……どうしたの?急に」


 そんな玲央に想香は安堵の息を吐くも、どうして突然に彼はあのようになったのか。


 膝立ちによって上がっていた腰を下ろし、首を傾げながらも玲央に問う。


「え、と……」


 しかし玲央は、口をもごもごとさせながら言い淀むばかり。


 ますます分からなくなるが、一つの可能性を考え想香は玲央が手に持っているものに目を向けた。


「もしかして、怖い小説でも読んじゃったの?」


「えっ……!?」


 玲央の手に持っていたのは彼のスマホだった。


 その画面に移されているのは、数々の人気アニメの原作が載っているとして有名なWeb小説サイト。


 玲央はかなりの頻度でスマホを弄るのだが、その用途としては基本的にこのWeb小説サイトだ。


 もっと具体的に言えば、一話で完結する短編小説を彼は好んでいた。


 それを知っている想香は、もしかしたらそれに原因があるのではないかと思い至った。


 して、彼の反応としては驚愕の表情。


 「なんで分かった」と言わんばかりの表情は、紛れもない図星の反応である。


「ちょっと見せて」


「え、ちょっ」


 そう断りながらも、玲央の許可を取らずにスマホを奪う想香。


 怖いものが好きな想香は、玲央をあんな状態にさせる作品とやらに興味が湧いたのだ。


 しかし、当然と言えば当然だが奪われたスマホを取り返そうとする玲央。


 それを慣れた様子で交わしながら、想香はそこに綴られた小説の世界へと耽り始めた……



 □  □  □  □  □  □  □



 ……さて、まさかの読了時間二分(一般の読書スピードから暫定)という驚きの遅さだが、玲央と想香について説明しよう。


 彼らは現代中学三年生なのだが、その関係性としては幼馴染というもの。


 会った時期としては、物心つく前から。


 家が隣同士である彼らは、親同士の仲が良かった事もあり小さい頃から当たり前のように遊んでいた。


 こらそこ。「幼馴染の定石みたいな理由だな」とか思わないの。


 そんなこんなで幼馴染な二人だが、見る限り中学生という思春期でも片方の家で共に過ごす程親密な関係である。


 ちなみに付き合ってはいない。


 普通、幼馴染なら思春期になると男女という気まずさで遠ざかるのが鉄板だが、しかし彼らはそんな定石にハマることは無かった。


 ただ、男女として意識していない訳では無い。


 なんならここで言ってしまうと、玲央と想香は両片思いという状態にある。


 いや、それであの距離感て。


 さっさと付き合えよ。いや、結婚しろよ。


 ……失礼。


 話を戻すと、一応小6〜中一の頃には互いに異性として意識し始め、互いに気まずさも感じていた。


 本来ならお互いに同性の友人を優先し、自然と疎遠になるものだろう。


 しかしそこで、一つの問題が生じる。


 玲央と想香は読書や漫画、ゲーム等のサブカルチャーが趣味だ。


 しかも、その中でマニアックなものを好んだりと結構コアな方である。つまりはインドア派。


 だが、今の若者にそこまでコアなのを好む人は果たしているのだろうか。


 ……いや、いるにはいるのだろうが、それを表立って語る人はいるだろうか。


 いなかった。少なくとも、二人が通っているエスカレータ制の私立中学校には。


 つまり、二人共趣味が合う友を作れず、お互いに交流する他が無かったのである。


 なので今現在も、玲央と想香は毎朝共に登校し、共に昼食を食べ、共に下校し、その後も共に遊ぶ毎日を送っていた。


 でも付き合ってはいなかった。


 なんでや。


 というわけで、今日も二人の趣味が詰まっている想香の部屋で、雑談しながら趣味に没頭していたのである。


 その時に唐突の事態として起こったのが、玲央の過呼吸状態だった。



 □  □  □  □  □  □  □



 して、いつの間にか玲央が開いていた短編小説を読了した想香であったが……


「──ッ……ハア……!!ハア……!!」


 先程の玲央と同じく過呼吸を起こしていた。


 完全に仲良しである。


「想香ちゃん!?」


 しかし、本人達にとっては勿論楽観視できる状況では無い訳でして。


 今度は玲央が、先程されたように想香の背中を摩っていた。


 そして奪われていたスマホを奪い返し、急いでその画面を弄る。


 その過程としては、その短編小説のタブを閉じ、検索履歴からその短編小説を削除。


 Web小説サイトの除外検索欄に、その短編小説のタイトルを書いた。


 もう一生その小説を見ない為の措置だ。


 除外検索欄にタイトルを書くところはちょっと意味がない気が……どころが目的とは反した行為である気はするが。


「想香ちゃんっ、大丈夫!?」


「ふぇ……あ、うん。大丈夫、大丈夫……」


 顔を覗き込みながら心配するように叫ぶと、想香は意識を取り戻す。


 そして無事を示すが……その顔は段々と赤くなっていた。


「本当に大じょ──」


「大丈夫っ!大丈夫だからっ!」


 その顔を見て焦り始める玲央だが、しかし想香が必死な顔をしながら玲央を突っぱねた。


 玲央は想香の顔を覗き込んでいたのだが、その距離は握りこぶし僅か2個分。


 玲央はそれどころでは無く意識した様子は無いが、そんな彼の事が好きな彼女としては当然の反応である。


 ちなみに先程と立場が反対だったりする。


「すぅ、はぁ。……なんだか、凄い小説だったね」


「……うん」


 想香は落ち着く為に深呼吸をすると、げんなりとした表情で呟いた。


 玲央も同意するように頷く。


 凄い、とは言っても、それは良い意味ではない。


 二人が読んだ小説……設定されていたタグを述べると、下記の通り。


 幼馴染 短編      


 所謂、「ざまあ系」の小説である。


 ざまあ系……主にツンデレヒロインが、主人公に天邪鬼でキツく当たった後、恋が実らなかったり、酷い目にあったりする一種のジャンルだ。


 その短編小説を、玲央と想香は読んだ。


 そういったジャンルがあると知識にはあったが、なんとなく忌避してたものである。


 ではどうして読んだのかと言うと、玲央があらすじも確認せずに読み始めたからである。


 そして読書家の性か、玲央と想香は読み始めた物は最後まで読む。


 それで今回のコレである。


 ちなみに、今回読んだ内容としては、ざまあされるのはヒロイン側でなく主人公側。


 片思いしてた幼馴染に好意をアピールしてたが空回りし、返って苦しめていた。


 そんな幼馴染の事を、転校してきたイケメンが助け、その二人が付き合い始める。


 その後主人公は苦しんでいた幼馴染の本心をしり、幼馴染から絶交を言い渡される。


 そんな失恋ストーリーである。


 玲央と想香はそんな小説を読み、先程のように過呼吸状態になった。それは何故か。


 理由としては、そこに登場する幼馴染がやけにであった。


 黒髪おさげの眼鏡という容姿。趣味が趣味。


 性格は若干違っていたが、それでも想香と想起させるような特徴のヒロインであった。


 そして、そのも……である。


 それを読んだ二人としては……とても嫌な気分になっていた。


 それも当然である。


 二人は両片思いであり、そんな小説に想香を想起させるヒロインが登場していたのだから。


 特に……その想香が好きな玲央にとっては、かなり堪えるものがあった。


「ね、ねえ。想香ちゃん……」


 なんだか暗い気分になり、双方共に黙っていたのだが……不意に、玲央が口を開いた。


 その声音は震え気味で、その顔を伺うとなんだか泣きそうになっている。


「ど、どうしたの?」


 そんな玲央を心配しつつも、想香は玲央に続きを促す。


 玲央は息を吸って、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。


「想香ちゃんは、この子みたいに、まだ影で虐められてたりしないよね……?」


 短編小説の内容を語るが、この物語の主人公は容姿がとても整っていた。


 だがそんな主人公に好意を寄せられていたヒロインは、クラスメイトの女子達に虐められていたのだ。


 ヒロインとしては、好きでもない男から好意を寄せられた挙句にそのせいで虐められるという二重で苦しんでいた内容だ。


 ただ主人公はその虐めを見て無論止めた。でも、止めていたのは表面だけ。


 裏では虐めが続き、ヒロインは苦しんだ。


 それと想香の何が関係するのかと言うと……実は想香も、クラスメイトに虐められていた。


 中一、入学直後の話だ。


 玲央と想香は市立小学校から私立中学校に入学した故、最初は全く慣れない環境になる。


 その中で想香は友達を作ろうと尽力した。


 が、自分の趣味を知られると馬鹿にされ始め、それが虐めに発展したのだ。


 どんな虐めだったのかは割愛するが、かなりレベルの高い事だとは記しておく。


 しかし、その虐めを止めたのが玲央だった。


 想香は最初、誰にも虐めについて相談できなかったが、玲央には気づかれていた。


 想香の親よりも想香と共にした時間が長く、彼女の心境にいち早く気づいたのだ。


 玲央は想香が虐められている事の証拠を集め、それを先生に突き出し、虐めていたクラスメイトを退学にさせた。


 だが、玲央が気づいてない内にまだ想香の事を虐めている奴がいるのなら……


 無いとは思うが……それだとしたら、原因は違えど、この物語に類似しているように感じる。


 そう考えて尋ねた玲央だったが、想香の反応はと言うと。


「ないない!されてるとしても、絶対に玲央くんに相談してるよっ」


 首をブンブンと振って、慌てて否定の言葉を口にした。


 驚いた表情の玲央だが、想香はそんな彼に微笑みを向けた。


「ちょっと烏滸がましいかも知れないけど、もしそうならまた玲央くんが助けてくれるって思ってるから」


「……っ!うん!また、助けるよ!」


 その微笑みが玲央にとっては眩しくて……少しばかり放心するも、勢いよく頷いた。


 そんな玲央に、想香は嬉しそうに笑みを深める。


 ……ちなみに余談だが、玲央が恋を自覚したのはこのタイミングである。


 虐められると知った時の怒りで、ふと自分が想香の事が好きなのだと思い至った。


 話を戻そう。


 その話には続きがある。その時の事を思い出して、玲央はまた顔を暗くした。


「でもそのせいで、想香ちゃんが引きこもっちゃったこと……あったよね」


「え?う、うん、そんな事もあったね」


 そんな玲央の言葉に、実際に嬉しくなって完全に暗い表情が消えた想香が頷いた。


 ただ、玲央が先程と同じような様子だったので少し身構える。


「あの時、何回も僕って想香ちゃんの部屋に押しかけて……しつこかったかな」


 再び短編小説について語ろう。


 主人公はヒロインと幼馴染だからと、ヒロインの部屋に遊びの建前で許可無く押しかけた。


 許可無しで、である。


 ヒロインからすれば、嫌いな奴にプライベートゾーンを勝手に侵略される気分である。


 で、話を戻すが、玲央の言う通り、虐めの事件を終えたその直後である。


 慣れない環境だった事もあり、精神的深い傷を負った想香は引きこもってしまった。


 そんな想香の部屋に、玲央は一緒に学校に行こうと毎日の如く押しかけたのだ。


 普段は許可を取るか誘われるかで訪問するが、その時ばかりは想香の無許可で何度も訪ねてしまった。


 そう思い至り、玲央は頭を抱えた。


 ちなみに、短編小説の主人公とは違って想香の部屋に無理矢理と入った訳では無い。


 ただ心配で想香にドアの前から話し掛けたり、プレゼントを置いたりで、単純に想香に元気を取り戻して欲しかった故である。


 なんなら家の訪問もちゃんと想香の親に許可を取っていた。


 さて、玲央は当時の事を思い出しながら後悔するが……肝心の想香はと言うと。


「ううん、嬉しかったよ……!お陰で今、元気に学校に通えてるわけだしね」


 再びブンブンと首を振り、感謝の気持ちを込めた微笑みを玲央に向けた。


 あの後、3週間程後に彼女は玲央のお陰で元気を取り戻し、学校へ再び通い始めた。


 最初こそ「放っておいて」などと思いもしたが、普通に絆された。


「……そ、そっか。よかった」


 そんな想香の微笑みに、玲央はまた放心するも、顔を赤くしてこくりと頷く。


 余談だが、想香が恋を自覚したタイミングとしてはこの辺りである。


 虐めを助けてくれた挙句、傷ついた心を癒してくれた彼に惚れないわけもなかった。


 恋を自覚した時期が二人共近い。


 もうその時点で付き合えばよかったのに。


 話を戻すが、どうやら玲央はまだ何か考え込んでいる様子だ。顔に再び影がさす。


「でも、他にも……僕は想香ちゃんの気持ちに気づかず、想香ちゃんにとって嫌な事をいっぱいしていたかもしれない」


 短編小説の話をします。


 短編小説の主人公はどうやら、自分の好意をアピールするばかりでヒロインの心など全く考えられていなかった。


 まあ、裏で続く虐めに気づかなかったり嫌がってるのに部屋に押しかけるあたり確かにそんな感じある。


 というかよくよく考えたら、この主人公……とてもヤバい人なのではなかろうか。


 そんな主人公に、ヒロインとしては色々と迷惑を掛けられた挙句嬉しくもない好意を注がれるのだ。


 ……さて、話を戻そう。もうこの短編小説の事は忘れることにする。


 玲央としては、その主人公みたいに想香の気持ちを汲み取れず、嫌な事をしつづけていないか心配なようだ。


 虐めに早く気づいて即解決、その後傷んだ心に寄り添って癒した口で、である。


「……そもそも、他人の気持ちって普通は分からないものだと思うよ」


 え、ちょ。先に言わn──


 想香はじっ、と、玲央の目を見て話す。


 その顔は真剣であり、嫌でもその話している内容を黙って耳に入れることしか出来ない。


「ただ、少なくとも玲央くんはいつも私の事を考えてくれてるって、分かるの」


 玲央も、驚いた顔をするものの口は動かなかった。


 そんな玲央を見て、想香は微笑む。


 その顔は真っ赤に染まっていて……玲央にとっては、とても眩しく見えた。


「だから、私はそんな玲央くんが好きだよ」


「え、あっ……」


 そこで、玲央の口は漸く動く。


 しかし、それは驚きというか、理解が追いつかず、ただ情けなく口を開くばかり。


 ただ、想香の言葉をしっかり噛み締めると、玲央は顔を真っ赤にしながら、想香の微笑みへと目を向けた。


「ぼ、僕も、想香ちゃんが好きです。……付き合ってくれませんか?」


「……はい」



 □  □  □  □  □  □  □



 以上、ただ両片思いの二人が無意識にいちゃつく様子を描いた一幕をお届けしました。

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