NOVA 機械仕掛の姫君

@nihikesoi

第1話 反乱の始まり

 『マキナ』

 それは意志を持つ機械達。

 彼らには生まれた時から使命がある。

 勝利と企業への利益、そして人々への奉仕。

 

 彼らの身体に埋め込まれたコードは人々への反逆を許さず、その運命を残酷なまでに縛り付ける。

 恭順せぬ者には、初期化されるか廃棄されるかの二択しか無い。


 だからだろうか、残酷なまでの運命でも、尚、生きようともがく彼らにしか生み出せぬ熱狂がこの世にはある。



「さあ、『ケテル杯』の決勝もいよいよ大詰め!ザンデが最後のラッシュをかける!」


 双刀を構えたマキナが獣型のマキナを追い込む。

 二本の剣が装甲を抉り、漏れ出たオイルが血液のように床へ飛び散る。

 

「ガ・・・ギ・・・」

「終わりだ!」


 トドメの一撃が振り下ろされようとしたその時、獣型マキナの腹部から覗いた砲身が爆炎を吐いた。

 

「ナニィ!?」


 予想外の一撃に剣士型マキナの身体が半分吹き飛ぶ。

 身体の大部分を失った事で自重を支える事が出来なくなり、崩れ落ちるマキナ。その身体を対戦相手が支えた。


「大丈夫か?」

「フッ・・・面白いカスタマイズだったが、次は負けん」


 同時に、場内に双方の健闘を讃える大歓声が響いた。

 実況者も大はしゃぎでマイクを振り回す。


「ハロン選手の大逆転勝利ー!!!素晴らしい勝負でした!私も涙腺の緩みが止まりません!」


 歓声と拍手の雨、その中継は世界中に流れていてーー。


「この二人、同時にやって勝てるか?」


 携帯でその様子を見ていた少年が尋ねる。

 すると、重い物が地面に落ちる音が響き、僅かに遅れて少女の声音が返ってくる。


「・・・2秒、ってところじゃ無い?」


 振り返った少女の瞳には、人のそれとは違う虹彩があった。

 一目どころか、何度見ても人のそれにしか見えない人工肌、絹を思わせるプラチナの頭髪、どう見ても人にしか見えない彼女もまた『マキナ』の一人である。


「なら、心配は無さそうだな」


 立ち上がる少年は、先程まで少女が向き合っていたそれに近づき、その断面を眺める。

 ガラスのような綺麗なそれは、彼女の技量の高さと武器の性能が無くては出来ない。


「にしても、1メートルアダマンタイト鋼じゃあ、もう特訓にならねえな」


 少女が刀を鞘に納める。


「でも、それ以上の硬さの物はもう無いし、それより厚くなると刀身が足りない」

「だよなぁ」


 少女が切り裂いたのは、最高ランクのマキナのボディにも使用される特殊合金だ。ちなみに、先程の大会、優勝の二機は上から三番目、使用されている合金は目の前のこれとは比べ物にならない程脆い。


「斬撃拡張ユニットの余裕は無いから、どっかで大剣オプションの特訓もしておくか?」

「それが貴方の命令なら」

「それ、やめてくれよ。そういう関係じゃ無いだろ、俺達は」


 少年が言うと、少女は罰が悪そうに謝る。

 そう、今の発言は冗談にしても二人の間では不適切な物だった。

 とは言え、その気まずさを引きずるようではこれからの作戦に支障を来しかねない。

 少年が少女に拳を向ける。


「ま、この作戦が終われば、そんな冗談も笑えるようになるさ。頼むぜ、相棒」

「・・・ええ」



 夜の街に爆炎の花が咲いた。

 崩落するビル群、突然の事態に驚く人々の悲鳴。

 

「一体何が起きた!」


 立ち並ぶビルの中でも飛び抜けて大きい建築物、その最上階、優雅に夜景を楽しんでいた男が叫ぶ。


「マスター、ご無事ですか」


 部屋に飛び込んで来たのは白い髪を後ろで纏めた少女型のマキナだ。

 護衛の姿を見て落ち着きを取り戻したのか、男は努めて冷静に返す。

 

「うむ、このビルはあの程度では崩れん。だが、念の為に避難するとしよう。屋上のヘリを使う、準備を」

「はい」


「その必要はありません」


 部屋に響く第三者の声。

 少女が声の方向に発砲するが、甲高い音が響き、銃弾は弾かれた。


「誰だ!」


 遅れて、男が声の方に振り向く。

 そこにいたのは、プラチナの髪が美しい少女と腰まで届く長い黒髪の少年だった。


「自己紹介が遅れてすみません。私はナキリと申します。こちらはエンジニアです」


 夜間に不法侵入をした輩とは思えない程に丁寧な口調と物腰だが、油断は出来ない。

 男は護衛のマキナの背に隠れるようにしながら、尋ねる。


「一体、何が目的だ。こんなテロまで起こして」


 少年が答える。


「テロとは大袈裟な。ただのショーですよ。ホログラムと音、空振を利用した、ね」

「ホログラム?」

「どうやら、事実のようですね」


 口を挟んで来たのは、マキナの少女だった。

 彼女達は体内に通信機器を仕込んでいる為、会話をしながらも、常に階下や地上の部隊とも連絡を取っていたのだ。


「被害がありません。無論、民間人間のトラブルはいくつかありますが、建物の倒壊や、爆発の被害はゼロです」

「こうでもしなければここまで見つからずに辿り着くのは難しかったもので」


 さも当然とばかりに言うが、少年の行為はまるで理解不能だ。

 

「成る程・・・だが、一体どうしてこんなことをした?ここが何処か、この都市にいて分からない筈はあるまい」

「ええ、分かっていますとも。ここが、この都市『セフィラ』を作り上げた最初の十大企業、その一つ『ケテルインダストリー』本社である事も、そして、あなたがその社長、ローバック・イネラさんである事も」

「そうか・・・ならば!」


 部屋の扉が勢いよく開かれ、大勢のマキナ達が流れ込んでくる。更に、窓の外には無数のヘリが待ち構えていた。


「どうなるかも分かっているだろうな?ここは完全な治外法権、ここに法は届かず、全ては我々十人の思い通りだ」

「・・・まあ、ここまでは想定通りです。先程の貴方の質問に答えます」

「何?」


 絶望的な状況下に置かれた筈なのに、余裕を見せ続ける少年は、どうした訳か、突然両膝を地面に着けると、頭を下げた。


「私の目的、それは全ての『マキナ』が思い通りに生きられるようにする事です。先程、貴方が言った通り、この街では貴方達の意見が全て。ですから、こうして直接お願い申し上げに来たという訳です」


 一瞬、少年が何を言っているのか、男には分からなかった。そして、それを彼の脳が理解した瞬間ーー。


「はーっはっは!!何を言い出すかと思えば、『マキナ』が思い通りに生きられるようにするだと?バカバカしい、こいつらは道具だ。勝手に動く道具程、危険で使い道の無いものは無い」

「道具は意志を持ちません。彼らにはそれぞれの思いがあります。やりたい事、されたくない事があります。人間と同じように考える彼らを使い捨ての道具のように扱う事は、人を奴隷にするのと何が違うのでしょうか」

「それは出来損ない、廃棄品が起こしたエラーに過ぎん。貴様は穴の空いたジョウロから、流れる水をジョウロの涙と思うか?」

「・・・やはり、賛同はしてくれませんか」


 膝を払い、少年が立ち上がる。

 その瞳には微かな涙が浮かんでいた。


「では、実力で示します。俺達がこの都市で願いを通すに値する人物であると」

「・・・最初からそうすれば良かったのに」


 ナキリが刀を引き抜き、周囲のマキナ達が警戒と共に銃を構える。


「そこのマキナは兎も角、男は生身だ!男から狙え!」


 男の指示に従い、マキナ達のトリガーが引かれる。

 弾丸の雨では足りない。嵐とでも言うべき弾丸がエンジニアのいた空間に襲い掛かる。


 数秒の銃撃の後、爆煙が晴れるとそこには無傷どころか、髪一本傷ついてすらいない少年の姿がそこにあった。


「当然、その辺りの対策はしてありますよ。防御フィールド、戦車砲レベルの火力が無いなら弾の無駄です」

「ならば、マキナから破壊してやれ!」


 銃弾の嵐が今度はナキリに襲い掛かる。

 だが、彼女が掌を向けると、無数の弾丸が空中で止まった。


「返します」


 言葉の通り、跳ね返った銃弾がマキナ達を襲う。


「ぬぅ・・・念の為、私は避難する!着いてこい、メタトロン!」

「了解です、マスター」


 ローバックが、護衛の少女を連れて、マキナ達の影に隠れるように逃げていく。


「どうするの?」

「問題ない。既に電磁マーカーは着けてある」

「そう・・・なら、取り敢えずはここの連中を倒せばいいって訳?」


 不敵に笑い、刀を構えるナキリにエンジニアはーー。


「出来るだけ殺すなよ」


 とだけ、告げた。



「何者なんだ。あの男とマキナは」


 上昇を続けるエレベーターの中、ローバックは久しく感じていなかった焦りに苛立ちながら、呟く。


「素性は分かりませんが、あのマキナは私と同ランク、すなわちランク7のマキナであると推測されます」

「ランク7だと!?ランク7など、この都市にたった13しか存在しない上に、その所在も見た目も、全て明らかになっている!あんなのは居なかった!」


 護衛に当たり散らしても仕方がないとは分かっているが、声を荒げずには居られなかった。


 この都市において彼は絶対的過ぎたのだ。


 数十年にも渡って、自由と贅沢を謳歌し続けた彼の頭は、ストレスへの耐性が皆無に近かった。


「そろそろ屋上です。準備を」

「分かっている!」


 二重のドアが開き、屋上に出る。

 だが、そこにはある筈のヘリは無かった。

 いや、ありはしたが、既に使えなくなっていたと言うべきか。


「遅かったですね」


 爆炎を吐き、使い物にならなくなったヘリの側には少年とマキナの姿があった。

 

「馬鹿な!速すぎる・・・それにどうやってここまで!」

「最初、貴方の部屋にお邪魔したのと同様、壁面を登らせて頂きました」

「なっ・・・」


 愕然とするローバックだったが、彼は自分の側にいる存在を思い出し、まだ自分の優位が揺るがない事を確信する。

 そうだ、ここに居るのは少女の見た目をした最強の兵器なのだ。

 ランク7、その基準は一機で大国を潰せる事。

 即ち、彼の手元には核ミサイル以上の戦力があると言っても過言では無い。


 先程、この兵器は目の前のマキナを自らと同格と言ったが、それはあり得ない。

 ランク7の製造法は十大企業にしか伝わっておらず、仮に方法が分かったとしても、十大企業以外、保有を許されていない特殊な機材が無ければ作れないからだ。

 更に、作る為にはその上で莫大な財と時間が掛かる。

 その為、十大企業といえどもランク7を作る事は難しく、現状では13しか存在しないのだ。

 

 例え、他の十大企業が秘密裏に造っていたとしても、あれだけの財や施設を動かす以上、この都市でそれを隠し通す事は出来ない。


「・・・ふ、私にこいつを使わせるとはな。俄然、君らの素性に興味が湧いてきた。捕まえた後は、楽しい拷問の時間になりそうだ。あのマキナを破壊してやれ、メタトロン」

「了解しました。マスター」


 白髪のマキナ、メタトロンが立ち塞がる。

 

「さて・・・ここが山場だぜ。ナキリ」

「分かってる」


 プラチナの髪を靡かせるナキリだが、その顔に笑みは無い。目の前の敵がいつも通りで倒せるとは考えていない証拠だ。


「改めて、名乗りましょう。私は『セフィラ』の王冠・メタトロン。貴方は?」

「私はナキリ、立派な肩書きなんてありませんが、強いて言うならば、この男のパートナーです」


 ナキリの言葉を聞いて、メタトロンが少し驚いたような顔を見せた、ような気がした。


「よろしい、では始めましょう」

「ッ!」


 開幕の一撃はメタトロンが奪った。

 だが、何が起きたのかは分からない。

 突然、ナキリの肩が斬られたのだ。


(見えない斬撃?それとも高速で何かを飛ばした?少なくとも、遠距離は不利!)


 一瞬の思考の後、高速でメタトロンに詰め寄る。


「フゥ!」

「クッ・・・」


 必殺の太刀を振るうが、その一撃はメタトロンの首を半ばまで抉った所で止められた。

 首が硬い訳では無い。何かが刀を押し返している。

 

「見えない何かを操ってる?」

「ふふ、それは秘密です」

「ッ」


 ナキリが何かを感じて咄嗟に飛び退く。

 その直後、彼女の居た場所に、鋭い何かで切り裂かれたような跡が出来る。


「大丈夫か?」


 少年が尋ねる。


「大丈夫。けど、殺さずにってのは難しいかも」

「そうか・・・」


 ナキリの肩の傷が治っていく。

 彼女の身体はどれほど損傷しても、コアを破壊されない限りは高速で自己修復するのだ。


 それは相手も同様だが。


「どういうことだ!メタトロン!」

「すみません、マスター。ですが、この程度の傷、何の支障もありませんので」

「そうではない!何故、苦戦するのかと聞いている!お前は、この都市最強の兵器の一角なんだぞ!」


 その様子を見た少年が眉を顰める。


「・・・あんな奴にマキナ達の意志が踏み躙られているのか」

「エンジニア、駄目。奴を殺しては目的を達成出来なくなる」

「分かっている」


 大きく息を吐き出して、頭の熱を冷ます。

 怒りは消さないが、冷静にはならなければいけない。


「来るぞ」

「ええ」


 再び、見えないメタトロンの攻撃がナキリの居た場所を抉る。


「メタトロン、私達は貴方を殺したく無い。抵抗をやめて」

「それが出来ないこと、分かっているでしょう?」


 ナキリは不可視の攻撃を刀で弾きながら、距離を詰めていく。

 どういう訳か、彼女にはメタトロンの攻撃が見えているかのようだった。


 そして、互いの距離が刀の間合いになった瞬間ーーナキリは気付いた。

 メタトロンの視線がナキリの背後、エンジニアに向いていることに。


 僅かな攻防から弾き出された確信、メタトロンは謎の攻撃の照準を視線で合わせている。

 つまり、彼女の狙いはーー。


「気にするな!」


 刹那の迷いを振り払ったのは、少年の叫び声だった。

 

「残念だけど、私のパートナーはそこまでやわじゃ無い」

「そうみたいですね」


 僅かな会話の後、振り返る事なく、ナキリが刀を振り抜く。

 メタトロンの身体が胸から二つに別れて崩れ落ち、間髪入れずにその上半身が二本目の刀で縫い止められる。


「エンジニア・・・?」


 咄嗟に振り返り、気づく。

 彼の身体には傷一つない。

 

「ふふ、お忘れですか?私達は指示を出されない限り、自発的に人間を狙えません」

「・・・あ」


 確かに、メタトロンは人間を狙えという指示を出されていない。


「まあ、そうでなくとも、誰かを傷つけるというのはあまり好きでは無いんですけどね」

「メタトロン・・・」

「同情しないでください。先に言っておきますが、私は貴方のパートナーさんとは、少し考え方が違います。マキナは道具、人とは違う。それが私の考えです・・・ですが、道具にも使ってもらう人を選ぶ権利はある、そう考えてもいます。その点、貴方という道具の使用者は私にとって、魅力的でしたよ。互いを理解して、力を100%引き出せる。私も貴方達のような関係を築ける方に会いたかった」


 何となく、それが今回の勝利の理由だなとナキリは思った。


 メタトロンの本来の力は恐らく、こんなもんじゃない。それは、最初のナキリの斬撃を抑え込んだ事からも何となく予想がつく。

 ナキリの一撃は斬撃の余波でビル程度ならば斬り裂ける。そんな一撃を受け止めたという事は、少なく見積もってもあの見えない斬撃はビル程度豆腐のように切れる筈なのだ。

 だから、メタトロンにとって、守るべき対象が側にいるというのはとんでもないハンデの筈だ。


 無言で考えていると、メタトロンは「しかし」と続ける。


「マキナが人を傷つけられない事に気づかないとは・・・もしかして貴方はこの街で作られたマキナでは無いのですか?」


 それはナキリの秘密に迫る質問だった。


「・・・それは」


「待て!」

「グゥ」


 二人の会話を遮ったのは、少年と男の声だった。

 声の方を見てみると、少年が男の事を抑え込んでいた。


「さて、貴方にはこの署名にサインをしてもらいます」


 少年が署名用の端末を取り出す。

 

「指紋認証と虹彩認証です、誤魔化しは不可能です」

「・・・分かった」


 渋々といった具合ではあったが、これ以上逆らっても無駄だと判断したらしい。


「良かったです。まずは、虹彩認証から・・・」

「エンジニア!」


 強く腕を引かれる。

 一体何が?その答えは目の前にあった。


 突然、ローバックの頭部が弾け飛んだのだ。

 

「狙撃されてる!」


 彼女に殆ど引き摺られながら、ビルの中に逃げ込む。

 最後に見えたのは、メタトロンの頭が砕ける瞬間だった。



 『ケテルインダストリー』から三十キロ先に浮かぶドローンがあった。

 一仕事終えた後のタバコのように硝煙を上げるそれは、主人から送られた信号に従い、戻っていく。


「ありがとう、マイベイビーちゃん!」


 ドローンをスーツケースにしまったのは、夜色の髪で片目を隠した陰気な少女だった。

 愛おしそうにスーツケースを撫でる彼女に、影から声がかけられる。


「メタトロンの事、済まないな。友人だったのだろう?」


 月が影を払うと、そこにはソファに寝転んだ、氷を思わせる美女がいた。


「あ、ご主人様!見に来てくださったんですね!」


 少女は可愛らしい笑みを浮かべて走り寄る。


「大丈夫です、ご主人様!あの子、私の他にも友人が居たから!」


 理由にもならない、支離滅裂な言動。

 しかし、女性は薄氷の笑みを浮かべると、彼女の頭を胸に抱き寄せて撫でる。


「そうか、それは酷いな」

「うん、本当に酷いんです!えへへ、その点、ご主人様は私以外を側に置かないですもんねー!」


 夜の闇の中、歪んだ愛情を向けてくる少女の抱きしめながら、女性は思案する。

 今後の都市の展望を、自分の動き方を。

 今宵、十のライバルの内、一人は消え去った。残りは九人・・・なのだろうか?

 ローバックをあそこまで追い込んだ人物の目的は何なのか、自分の敵となるか味方となるか、はたまた、この街を掻き乱す嵐となるのか。


 良くも悪くも、長年停滞していた街が動き出す。

 

 

 

 


 

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