第10話 ルネットを名乗る珍獣。そして俺の名はふろーど

「どういう状況なんだ……」


 裸の美少年と、首から血を垂らした美少女が向かい合って、熱い視線を交わしている。カメラで生計を立てているコミラは、この異様なシーンを前にして無意識にシャッターを切っていた。

 このダンジョン都市【アプロ】において、二級冒険者として活動をしているルネットは、コミラにとっての商売相手であった。ショード教にまだ染められていない無垢な美少年の写真を隠し撮りしては、それを高値で売りつけている。

 そんなショード教を忌み嫌う彼女にとって、目の前にいる白髪の美少年は、まさに王子様のような存在なのだろう。


(いったい彼は何者なんだ……)


 コミラは、ルネットから裸の美少年へと視線を移し、改めてこの街に彼のような存在がいることの違和感を覚える。

 線の細い体に、女の子と言われても信じてしまいそうな可憐な見た目。絹のように真っ白の髪の毛は肩の辺りまで伸びており、本当に物語に出てくる王子様のようである。加えてショード教信者でなく、ルネットのことを知らない様子からも、この街に住んでいないことが窺える。


 しかし、コミラにとってそれは重要なことではない。むしろ知らない方が好都合ですらある。


(こんなの撮らずにいられるわけないでしょうが!!)


 理由によって、この街一番の有名人である二級冒険者ルネットと、謎に包まれた裸の美少年。コミラは無意識に吊り上がる口角を無理やり押さえて、シャッターを切り続ける。


(こんなの面白すぎるだろぉぉお!!!!!)

 


******



 すでに十分ほど経っただろうか。俺は、名も知らぬ女性と向き合ったまま、目を合わせて動かなかった。というより動けなかった。


「……」

「……」

『パシャパシャ』


 初めは完全に自分の世界に没入していたが、これだけ時間が経てば、流石に冷静にもなる。何が『この子と幸せになる』だよ。感情的になるたびに、首に刃物を突き立てるような子とよろしくするには、あまりにも俺の恋愛経験が乏しすぎる。

 それに俺はいつまでこの格好を維持すればいいのだろう。あと一分ほどしたら、服を着てないことへの羞恥心も湧き出てきそうだ。彼女の奇行を止めるためとはいえ、やはり女性経験の無さが浮き彫りになる結果となってしまった。


 男はずっと近くで写真を撮っているし、目の前の美少女に関しては頬を赤らめたまま、ずっと俺を見上げている。てっきり彼女の方から何かアクションがあると思っていたのだが、俺の読みが甘かったようだ。


「愛してるよ……」

「私もです……」


 彼女の目を見つめて、そう呟く。この言葉も既に何度目だろうか。もはや間を繋げるための文字の羅列に成り下がっており、すでに俺の中では『おちんちん』と同列の扱いである。


「王子様……」

「ど、どうした」


 そんな風に頭を悩ませていると、女性が唐突に口を開いた。押し当てていた人差し指に、少し湿った吐息が吹きかけられ、俺は慌てて指を離した。


「あの……すごく嬉しい。愛の籠った告白」

「あぁ、いや。とんでもない」


 彼女から向けられる熱の籠った視線を受けると、とてもその場しのぎだったとは言えない。何だ気まずくて目を合わせることができない。


「その、お互いに想いが通じ合っているって、あなたの目を見て分かったの」

「はっ?」


 彼女はピンッと張っていた糸が切れたような、すがすがしい表情をしている。

 

 なんて節穴なんだ……完全に想いは一方通行だし、見つめ合っている間も、俺が想いを馳せていたのは陰部がスース―していることに対してだ。


「それに王子様の、その……おちんちんも見てしまいました」

「はっ!!」


 ルネットは少し視線をずらして、恥ずかしそうに呟く。俺も慌てて隠したが、すでに手遅れだった。


「これ着なよ。君にも人には言えないような事情があるんだろう?」

「あぁ、悪いな」


 何故か上機嫌な声色の男が、自分が纏っていたローブを、ニコニコと満面な笑みを浮かべて俺に渡してきた。ありがたく拝借するが、何か裏がありそうで怖いな。


「そういえば、ルネットが王子様って呼んでるから、あまりツッコまなかったけど、本当の名前は何て言うの?」

「うん、私の名前はルネット。年齢は十七歳だよ。もう結婚もできる」

「―――!!」


 赤髪の女性の名前がルネットと判明したこと。

 そして、とうとう聞かれてしまった禁断の質問。


「確かに―――私もあなたの、そのぉ、恋人として? やっぱり名前は知っておくべきだと思うの。ぐふっ、えへへ……恋人って言っちゃった」


 チラッ、とルネットが俺の様子を伺う。


 しかし、その仕草に俺の心が動じることは無かった。

 まるで、珍獣が求愛行動をしているような感覚。転生するほど渇望していた性愛を向けられているはずなのに、なぜか心が動かない。

 このように捉えてしまう事実に、俺は言い知れぬ恐怖を感じた。


 転生を決意するほど『モテ』に執着していた俺が、生まれて初めて、しかもこんな美少女に好意を向けられることに、何故か毛穴が開くような悪寒を覚えてしまうのだ。今もルネットが俺の方をチラチラと見てくるが、隠さず言うと超怖い。


「えぇっと……もしかして名前も秘密とか? あぁ、ちなみに僕の名前はコミラね」

「えっ? あぁ、俺の名前だったか」


 そうだ、名前を聞かれていたんだった。とりあえず本名を晒すのは論外だな。この男、前世の俺の顔を踏んだ挙句、唾まで吐いてたし。ショード教が嫌いなことは疑うまでもない。だとしたら、ここはあいつの名前を利用させてもらおう。


「そうだな、俺の名前は《ふろーど》だ」





***


前世のショードのライバルであったフロード・グレスと区別をするために、ひらがな表記でお送りします。


 




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モテるために【熱血】を捧げて転生した最強の冒険者、二度目の人生は【クール】にモテたい 純情あっぷ @kai913

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