第9話 ヤバい遭遇
「王子様?」
「……へっ?」
突如、地面から現れた俺に対して、女性の方が驚いたように頬を赤らめる。フードのせいでよく見えないが、恐らく整った容姿をしているだろうことが想像できた。
しかし今世の肉体が王子様のようであるのは自負するところだが、裸で地面から飛び出してきた人間に掛ける言葉としてはあまりにも不適切に感じる。
「おい、やめろよ! 僕を盾に使うな!」
「駄目よ。あなたは写真を撮るか、盾になるしか能がないんだから」
彼女は俺の視界から外れると、その場にいたもう一人の男の背中に隠れてしまった。ただ女性の方が男よりも身長が高いせいで、全身を上手く隠すことが出来ず、苦戦しているようだ。
「この変態が君の王子? あっ、もしかして次の標的って彼のことだった?」
「俺は変態ではない」
「いや、その格好で言われても説得力ないよ……」
男が訝し気な視線を俺にぶつけてくる。
まぁ傍から見たら変態であることは認めるが、こっちにも事情があったんだ。
それよりも次の標的とは一体何のことだ? いつの間に俺は誰かに狙われていたのか?
「市場での活躍、見ちゃいました」
「えっ。もしかして、あの場にいたのか?」
男の肩からわずかに顔を覗かせ、平坦な声で話しかけてくる。
しかし市場での俺の姿を見たということは、この子にも醜態を晒してしまったという訳か。
「しょうもない脳みその愚民どもは理解できなかっただろうけど、私は分かりましたよ」
「え……?」
「それに、わざわざここまで来たのも、市場にいた私がを心配して追ってきてくれたんですよね? どうしよ、ちょー嬉しい……」
女性は俺から視線を外し、両手で頬を挟んで照れ隠しをしているようだ。
正直、彼女の言っている内容は全く理解できなかったが、俺に対していい印象を抱いているということだけは分かる。人の顔を見て嘔吐く自警団のリーダーや、俺の心を粉々に打ち砕いてくれた人妻さんとは違う、別の何かが彼女から感じ取れる。
「―――あれ? そういえばさ、自警団の奴らが白髪の少年を探してるみたいなこと言ってなかったっけ。もしかして君のこと?」
俺のことをジロジロと見ていた男が、ハッとしたような顔でそんなことを言った。もちろん彼の発言には心当たりしかないが、ここで肯定することで奴らに身柄を差し出されたら、たまったもんじゃない。俺はこのローブを身に纏った謎の美少女と話したいことがあるんだから!
「あぁ、別にあいつらに君を引き渡そうなんて考えてないよ。僕たち二人ともショード教嫌いだし。ねっ?」
俺が警戒していることを察したのか、男は自分たちが無害であることを主張してきた。
「そうだよ。ショード・バーンなんて生まれてこなければよかったのに……」
「それは、どうだろうか……」
ローブから覗く紅い瞳には、俺が世界を憎むのと同じように、ショード・バーンに対する激しい憎悪のようなものが感じ取れる。
この女性は前世の俺にどんな恨みがあるんだよ……
「ほら、こんなことだって出来るからね」
そう言って彼は懐から紙を取り出した。
人の掌よりも大きなその画用紙には、なんと前世の俺の顔が描かれていた。
「マジかよ……」
男はそれを地面に置くと、グリグリと足の裏で踏みつけ、挙句の果てに唾まで吐き捨てた。彼の柔和な表情からは想像できない、荒々しい所業である。しかもそのあと平然とした顔でにっこりと微笑むんだから、もしかしたらこの男は悪魔なのかもしれない。
でも、そうか。この二人はショード教の信者ではないのか。この世界は既にショード教に侵されてしまったんじゃないかと思っていた俺にとって、これほど嬉しいことはない。
「―――ん? これは一体なんだ」
少し冷静になると、途端に視界が広くなる。
すると、地面に散らばっている数枚の写真に気が付いた。それを手に取って拾うと、そこには年端も行かない少年、しかも今世の俺のような美少年の姿がいくつも収められていた。
「なんだこれは……」
「……いいえ、違うの。その子たちは過去の男。もう私の眼にはあなたしか写っていないから」
「あっ、おぅ……」
散らばった写真を凝視すると、ローブ姿の女性が男の背後からものすごいスピードで俺の前に現れた。
その時の逆風でフードが外れ、彼女の顔が露わになった。やはり俺の予想は間違っていなかった。紅く輝いた髪の毛に、女神を彷彿とさせる美しい相貌。
急に手を握られて股間がトゥンクしてしまったが、紳士な俺は腰を曲げることでそれを誤魔化す。
あっ、服着てないから意味なかった。
「いや、別にその写真に写ってる子たちとは元々何もないでしょうが」
女性の必死な様子に、男はあきれた表情でため息をつく。
「俺はまだ何も―――」
「まだ出会ったばかりかもしれないけど、私のことを信じて欲しい。もし見捨てるっていうなら、私首を切って死んでやるから」
彼女は腰に携えた剣を引き抜くと、それを自分の首に当てた。
俺はその光景を、ただ眺めることしかできなかった。
これは女性経験の少なさゆえか、目の前の女性が野に放たれた珍獣のように見えた。
「ちょっ、どうすればいい―――」
「おっけー、良い感じよ!」
たまらず男の方に助力を求めたが、何故か首から下げたカメラをこちらに向けて、パシャパシャとシャッターを切っていた。
「知ってる? 首が切れるとすっごく痛いんだよ。面白いくらい血が飛び散るんだからね。もし私のことを好きって言ってくれないなら、目の前でそれを教えてあげる」
俺が入り込む隙間がないくらいまくし立ててくる謎の美少女。首に当てた刃が皮膚に食い込み、血が滲んでいる。
いったい何なんだこの珍獣は。初対面のはずなのに、どうして俺に対してそこまで執着するんだ!
数十年頭の中に思い描いていた女性像が、彼女のせいでどんどん理想と切り離されていく。
女性の愛情表現がここまで過激だったなんて、思いもよらなかった。
「まずはその剣を置いてくれないか? 実は刃物恐怖症なんだ……」
「そんなの私のために乗り越えて。さぁ、今がその時だよ」
「いや、血出てるって……」
即席の言い訳に引っかからない程度には、彼女も理性が残っているらしい。
これはまずいのか? 『好き』と一言いうべきなのだろうか? もう一度男の方へ首を傾けるが、やはりカメラに集中していて、こっちのことなど知らんぷりのようだ。
まぁ一言『好き』と伝えるだけで、この恐ろしい状況に終止符を打てるなら安いものか? よし、どうせやるなら渾身のやつをぶつけてやろう。
俺は前世の記憶から、この場における最適解を模索する。
参考にするのは〝フロード・グレス〟。俺が生涯で認めた唯一のライバルであり、今世で参考にするべきモテの先輩。
あいつならこんな時どうするのか、想像力を最大限働かせて動きをトレースする。
「ねぇ! どうして好きって言ってくれ―――」
「しーっ」
左手で彼女の刀を掴み、右人差し指で唇を軽く押す。
「―――!!」
「愛してるよ、お姫様」
「トゥンク……私もです、王子様」
彼女の蕩けるような表情を目の当たりにした俺は、この子を幸せにしようと決めた。
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