遊部VS能力者至上主義者達③

 仁の目の前が真っ暗になった。比喩的な表現ではない。文字通り視界が真っ暗になった。

 ここで終わるのか。仇を前に、何も出来ずに死ぬことほど、悔しいことはない。

 しかし、不思議なことに痛みは一切感じない。

 おかしい。

 違和感を覚えた仁は、残された片目を開いた。

「何故邪魔をする…この裏切り者がぁぁ!!!!」

 遠い過去に、何度も顔を合わせた義妹が、仁を見下ろしていた。

「結衣…何を…」

「仁、あいつは…能力者じゃ…」

 言葉の途中で、結衣の口から血が溢れ出た。結衣の胸から飛び出たナイフを見て、自分を庇ってくれた事に気づく。

「き…貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「鬱陶しいんだよクソ共が!まとめて殺してやらぁ!」

 解放者がナイフを引き抜き、再び振り下ろそうとした。

 しかし、飛び込んできた黒成に連れられ、解放者が飛んでいった。

「仁!早く六花のとこに連れで行け!能力コピーしてもらえじゃ!」

「だめ、仁…奴を倒さないと、友達が死んじゃう…」

 このズタボロの腕でも、力を振り絞れば結衣を連れて行く事は出来るかもしれない。しかし、それをしてしまったらもう戦う体力は残らないだろう。

「デカブツがぁ!お前から血祭りにしてやらぁ!」

「誰がデカブツじゃあ!わぁには黒成って名前があ…危ねぇ!?」

 ナイフを避けつつ、反撃のパンチを行う黒成だが、いつまでももたないだろう。

 決めるなら、今しかない。

「結衣…死ぬんじゃねぇぞ!」

 意を決して、解放者へと再び向かう仁。

 しかし、右腕はもう微かにしか動かせない。右肩を突き刺されてから感覚がないに等しいのだ。

 左腕にも無数のナイフが突き刺さり、指一本動かない。

 しかし、やらねばならない。

 仁は刀を召喚した。

 手はもう使えない。

 なら、やる事は一つ。

 大きく口を開けて、刀を咥えた。歯でしっかりと噛み、刀を固定した。

「おらぁ!くたばりやがれデカブツが!」

 振り下ろしたナイフを、避けきれないと判断した黒成は左の手のひらで受け止めた。痛みを感じるよりも先に、手を握りしめて解放者を引き寄せた。

「おりゃあああああああああああああああ!!!!!」

 そのまま背後へ倒れながら、左足で解放者を蹴り上げた。

 咄嗟に行った巴投げだが、解放者は吹っ飛んでいった。

 床に叩きつけられた解放者が、痛って〜と顔をしかめた。

 立ち上がった解放者の前には、刀を咥えた仁がいた。

「おお〜八坂 仁。なんだ、海賊狩りでもする気か?」

 仁は刀を咥えたまま、何も言わない。

「まあいいや。もうめんどくせぇから殺すわ」

 ナイフを投げようと構えた解放者。

 しかし、ナイフを投げるよりも先に鳴り響いた銃声に、解放者がビクッと震えた。

「お前…まさか!?」

 解放者の狼狽する様子を、ナイフが刺さったまま笑う六花。

「そういうことか…おかしいと思ったんだよ…なんで何もない所から、ナイフが飛んでくるんだってなぁ…!」

 六花が打ち落としたのは、小型のドローンだ。誰も気づかなかったのも無理はない。周囲の景色に同化する事で、肉眼ではほぼ確認出来ない代物だからだ。

「何故…何故分かった!?」

「仁の妹さんが、自分の血をドローンにかけておいてくれたのさ…兄弟の絆にお前は負け…」

 飛んできたナイフが六花のこめかみに突き刺さり、パタリと倒れた。

「クソが…そうだよ!俺は能力者じゃあねぇ!だがなぁ、死にかけのお前らに何が出来んだよぉ!」

 ナイフを構えた解放者が、仁へ向けて飛びかかった。

 仁の振るう刀が、解放者の体を切りつけた。

「甘ぇんだよ!!」

 刀を蹴り飛ばし、ナイフを振り上げた解放者。

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 意を決した仁は、新たな刀を召喚した。

 空中に現れた刀は、仁の右手へ突き刺さった。

 先程の黒成が、ナイフを掌で受け止めた事からインスピレーションを受けた、技というにはあまりにデメリットが多い行動。刀を握り締めて、腕をぶん回した遠心力によって繰り出される、最後の力を振り絞った仁の一撃が、解放者の体を切り裂いた。

「な…!?」

「漫画じゃアニメやあるまいし…口で咥えた刀で切れるなんて思ってねぇよ!ばぁぁぁぁか!」



 満身創痍の状態で横たわる仁を、黒成が起こした。

「やったな、仁」

「黒成、結衣は…?」

 今連れてく、と妹の元へ運ぶ黒成。

「結衣…!」

 倒れたまま血をどくどくと流す結衣に、仁は痛む体など気にもせずに駆け寄った。

「なぁ、コピー能力でなんとかなるんだろう!早くコピーさせろよ!なぁ!」

 六花に詰め寄るが、ため息をつくばかりだ。

「それが、妹さんはこのまま死にたいそうだ」

 自身に突き刺さったナイフを引き抜き、六花が言った。

「仁…勝ったの…?」

「ああ、勝ったよ!もう終わったんだ…!早く傷を治してくれよ…!」

 ううん…と結衣は首を振った。

「洗脳されてた間もね…何があったのか…かすかに、覚えてるんだ…。たくさん人を傷つけちゃったから、このまま死んで、地獄で悔いたい…!」

 涙を流す結衣に、馬鹿野郎…と涙を流しながら仁が叫んだ。

「俺だっていっぱい殺した!地獄でもなんでも一緒に行ってやるから、だから!俺と生きて罪を償ってから死んでくれ!」

 数秒ほど黙ったあと、うん…と頷いた結衣に、手を差し伸べる六花。

「ウチら、地獄でも一緒だね…」

「ああ、二度と失うもんか。地獄でもなんでも俺が片っ端から叩っ斬ってやる!」

 流れていた血が止まり、結衣の傷が徐々に塞がっていくのを見届けた仁は、ついに意識を失った。



「病院の天井だ」

 目を覚ました仁は、一週間意識が戻らないままだったらしい。能力者至上主義者達は逮捕され、事件の事は学園長が色々と手を回してくれた事を置き手紙から知った。

 ただ、洗脳されていたとはいえテロリストと共に行動していた事実は変わらない為、八坂 結衣には消えてもらったと紙には書かれていた。

「はぁ!?」

 痛みと驚きで飛び起きようとした仁は、全身の痛みに悶えた。

「くぅ………!」

「ダメだよ仁。まだ安静にしておかないと」

 声の方へ目を向ける仁。

 そこに立っていたのは、確かに自分の妹。結衣だ。

「結衣…消えてもらったんじゃ…?」

「そう、八坂 結衣はもういない…!ウチは“一年前から”金剛瓦 結衣!学園長の養子にしてテロリスト組織に潜入捜査していたのだー!」

 ……へ?

「っていう設定にして、全部学園長が罪を被ってくれたの。最初は学園長が指示していたって設定だけだったんだけど、そんな事じゃ皆んなを納得させる事は出来ないからって事で、養子に入ってたことになったの」

「ああ…そういうことか…」

 まぁ、元々血は繋がってなかったからな。そんな事を思っていたら、結衣が立ち上がった。

「そろそろお友達も来るみたい。だから、そろそろ行くね」

「ああ、またな」

 病室を出る前に結衣は小さな声で何かを言い残した。

「…た…坂に…てね。仁」

「何か言ったか?」

 なんでもない!と結衣は病室を去っていった。

 ん?と仁は首を傾げた。



 病室の扉を開けて、遊部のメンバーが入ってきた。

「大丈夫か、仁?」

 まず入ってきたのは六花。傷一つないのは能力によるものだろう。

「まぁ大丈夫ではねぇよなー」

 キャバコを咥え、リンゴの皮を剥きながら黒成が入ってきた。病院は禁煙です。

「仁〜血が出ているのならワタシがもらってやろうか〜?」

 血の匂いに目を輝かせながら、点滴のパックをぷにぷにと触る緋音。

「ふふふ…私の発明ならばこんな事しなくてもすぐに直るというのに…間違えた、治るのにねぇ」

 注射器を取り出して、ニヤニヤと笑う華乃。

『大丈夫?』

 いつものホワイトボードに文字を書き、誰よりも心配している様子の影下に、仁はありがとうと小さく返した。

「はっはっは!仁!心頭滅却すれば傷もまた痛くなし!一緒に滝に打たれに行くかぁ!」

 全身ぐるぐる巻きの包帯と、サングラスで誰だか分からない見た目の火呂。

「いや…仁は怪我してるんだし…あんまり、その…そういうのは良く無いと思うんだけど…」

 秋夜はおどおどとしながら、首のチョーカーに手を当てている。

「皆んな…ありがとうな」

 素直に感謝を伝える仁に、驚く一行。

「冷やかそうと思ったけど、帰るか」

 そうだな、とリンゴを切り終えた黒成が仁の肩をぽんっと叩いた。

 その瞬間、痛え!?と仁が飛び跳ねた。

「刺された箇所は触るなよ…」

「わり、忘れてたじゃ」

 皆んなが病室を出ていく中、仁は痛む右肩を撫でた。痛みが走ったが、刺された傷が痛かったのもあったが、まるで電流が走ったかのような痛みだった。

「気のせいか…?」

 首を傾げる仁は、のちに気付くことになる。今の痛みが比喩でもなんでもなかったことに。

 しかし、それはまた別のお話。


 能力者達の日常


 能力者至上主義者編


 完

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能力者達の日常 ロボジー @robog

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