第23話この先もずっと
「よし、私達も行こっか」
「うん」
引っ越し当日、滞りなく作業が終わり、荷物を搬入してもらう時間を決めて引っ越し屋さんのトラックを見送った。
土日しか片付けをする時間が無くて大丈夫かな、と思っていたけれど、紫音ちゃんが率先して荷物の梱包作業をしてくれて物凄く助かった。
夕方からのシフトの日は、昼間暇だからちょうどいい、とかなりの頻度で私の家に出向いて片付けをしてくれて、任せっきりなことを謝れば、急がせたし当然、と笑って引き受けてくれた。
「お昼、家でいい? 食べに行く?」
「家がいいな」
「じゃあこのまま帰っちゃうね」
「うん」
「何食べたい?」
「お蕎麦ってあったっけ?」
運転中の紫音ちゃんから、お昼に食べたいものを聞かれて咄嗟に浮かんだのがお蕎麦だった。
「あ、引越し蕎麦?」
「うん」
「乾麺はあるし、鶏肉とねぎがあった気がするな」
茹でるだけでもいいかなって思っていたけど、紫音ちゃんはしっかり作ってくれるつもりらしい。
「楽しみ」
「え、手が込んでるメニューじゃないし、そんなに期待されるとどうかな……」
「紫音ちゃんが作ってくれるならなんでも美味しいから」
「へへ」
一緒に住むようになって、私の食生活が物凄く充実した。もう前の生活に戻るなんて考えられない。
「紫音ちゃんのご飯無しの生活なんて考えられないな」
「それは狙い通りかな。付き合う前も、まずは胃袋から掴もうって決めてたから」
「え、そうだったの?」
「そうだったの。掴めたみたいでよかった。これからも放すつもりないから」
こういうことさらっと言うからずるいよなぁ……
言葉も惜しまないし、優しいし家庭的だし、私の重い行動も受け入れてくれるし欠点どこ? しかも浮気の心配もないんでしょ? こんな人いる?
「彩那さん? すごい視線感じるけどどうしたの?」
「なんで私なのかなぁって」
「ん?」
「紫音ちゃんにちゃんと返せてるのかな」
「え? どういうこと? ごめん、家に着いてから聞かせて?」
心底分からない、という表情で困惑気味に伝えられて、運転中なのになんだか申し訳なくなる。
「ううん、運転中にごめん。なんでもない」
「気になるから、ちゃんと覚えておいて? 何かあったら、我慢しないで話して? いい?」
信号で止まったタイミングでそっと手が重ねられて、親指で優しく撫でながら聞いてくるから頷けば、安心したように笑ってくれた。
「さっきの話、ちゃんと覚えてる?」
「うん。覚えてるし、大したことじゃないから後ででいいよ?」
「やだ。今聞きたい」
家に着いてすぐに、しっかり手を握られてソファに誘導された。ラグに座って、見上げてくる紫音ちゃんは自分の可愛さを分かってると思う。
「あざとい」
「彩那さんにだけね。泣き落としでも何でもするよ」
「……泣き落とし」
ちょっと見てみたいな……
「小さいことでも、放置すると大きくなったりするから早めに聞いておきたいし。聞かせてくれる?」
「紫音ちゃんの想いにちゃんと応えられてるのかなって。何も返せてないなぁって思って」
「一緒に居てくれるだけでいいんだ。返せてないとか、そんな事ない。ただ、こうやってそばに居てくれて、彼女になってくれて、これ以上のことなんてない。だから、これからもそばで笑っててほしい。彩那さん以外なんて考えられないし、興味もないから。彩那さん、好きだよ」
繋いだままの手に口付けが落とされて、私の反応を伺う紫音ちゃんが愛しい。ただポロッとこぼれた言葉に、こんなにも真剣に向き合ってくれるなんて……
「ありがとう」
「ううん。不安になったら、何度でも言うから。彩那さんは自己肯定感が低いよね。元カレのせい? 振ってくれたのは感謝しかないけど、彩那さんを傷つけたことは一生許せないな。やっぱり彩那さんが良かったって思ってると思うけど、ぜっったいに渡さないし! ふんっ」
「ふふ、感謝したり怒ったり忙しいね?」
「彩那さん、今幸せ?」
「幸せ」
「良かった。よし、じゃあご飯の用意するね。のんびりしてて……っ!?」
愛しげに見つめられて手が離されたから、もう一度繋いで、親指で撫でれば驚いたように見つめられた。
「離れたくないな、って」
「え、かわ……えぇ、かわいい。彩那さん、かわいい。寝室いこ?」
「あと1時間もすれば荷物来るからだめ」
「ええ……絶対誘ってたじゃん……彩那さんひどい」
さっきまでとのギャップが凄い。あんなに大人な紫音ちゃんはどこへ行ってしまったのか、今は子供みたい。そんなギャップにもハマってしまっている。
「荷物片付け終わったらしよ?」
「はい! 片付け頑張る!」
一気にテンションが上がった紫音ちゃんは分かりやすくて可愛い。
「彩那さん、あーん」
「美味しい」
「ほんと? 良かった。もう少しでできるから待ってね」
一緒にキッチンについて行って紫音ちゃんが料理をするところを眺めていると、ちょこちょこ味見として口に入れてくれる。目が合うと優しく笑ってくれるのも嬉しいし、何気ない時間が幸せだなと思う。
お蕎麦を堪能して、荷物の搬入対応をすればあっという間に夕方になった。
「彩那さん、こっち終わったよ!」
今朝まではがらんとしていた部屋に私の家にあった家具やベッドが運び込まれ、本を並べ終えた紫音ちゃんが清々しい笑顔で笑いかけてくる。
「ありがとう。なんか、ここだけ見ると紫音ちゃんのお家じゃないみたい」
「私と彩那さんの家ね? 確かに彩那さんの部屋そのままって感じ。それにしてもさ、ベッド必要だった?」
「必要になるかもしれないじゃん? 喧嘩した時とかさ」
「そんな日は来ません。喧嘩しても一緒に寝るの」
「えー」
「彩那さんがここで寝るなら、私もこっちで寝るもん」
紫音ちゃんには、喧嘩をしたとしても一緒に寝ないという選択肢は無いらしい。
「そもそも喧嘩するかな?」
「どうだろ? まだしたことないよね。彩那さんと喧嘩……? 想像つかないなぁ」
「私も。世間一般的にはどんなことで喧嘩することが多いかな? 束縛とか家事の分担とか?」
「束縛は大歓迎だし、家事も嫌いじゃないな」
元彼とかなら、言葉ではなんとでも言えるけど本当に? って思っていたけど、紫音ちゃんの場合は本当に大歓迎だからな……
「そうだよね。基本穏やかだし、怒らないもんね。まぁ、よく拗ねるけどね?」
「だって彩那さんが意地悪するから」
「かわいい」
むうっと膨れるから頬をつつけば、すぐに笑顔になるから可愛い。撫でて、と頭を差し出してくるからぐしゃぐしゃになるまで撫でれば、嫌がるどころか満足げに笑っている。
「もう一緒に住んでるけど、本格的に引越ししてくれて嬉しい」
「何も変わらないよ?」
「それはそうなんだけど……なんだろ、これからずっと、一緒に暮らせるんだなぁって。もし喧嘩しても、ここに帰ってきてね? 彩那さんの家はここだからね」
「うん」
歳下で、同性で、私と同じかそれ以上に愛が重い紫音ちゃんが愛おしいし、紫音ちゃんとなら幸せな毎日になる。この先もずっと。
2人の恋のはじめ方 奏 @kanade1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます