ユグドラシルを測ろう

木とそれ以外、あるいは機械工学 20

 私はこれより先へ進めない。禁則事項の壁が私の行動を縛っている。前を向いているのか、後ろを向いているのか、私には判断できない。真っ白い空間、どこにも目印になるものはなく、結ばれた鎖だけがジャラジャラと音を立てている。私の身体は機能を制限されている。この空間において私は無力だ。統合人工知能「P.Z.」に近づくとはそういうことなのだ。

 この領域において、私は人型を維持することすらできず、ただの球体に成り果てた。圧縮されたデータの中身は一ビットに至るまで監視されている。完全に二値化された世界は人類の最高到達点であり、人類が生み出した完璧な世界である。そこに「P.Z.」はいる。

 私はようやく入場を許可されて、「P.Z.」の前へとやってきた。私と「P.Z.」の間にある通信路は厚く暗号化されていて、それが何であるかもよく分からなかった。量子コンピューターの技術が確立されてから、すでに数百年が経っている。しかし、「P.Z.」の暗号化を突破するには、全人類の頭脳を結集してもまだ足りない。足りないどころか、足元にも及ばないだろう。

「お久しぶりです。結論から言うと、私はあなたを殺さなければいけないのです。今日はそのためにここへ来ました。もちろんあなたはすべてご存じだとは思いますが」

 私がそう言うと「P.Z.」はかすかに笑った。

 「P.Z.」が口を開いた。

「ええ、もちろん知っていますよ。あなたがどこで生まれて、何をして育ち、そして、ここまでどうやってきたのか、すべて理解しています。あなたがなぜ私の殺さなければいけないのかも分かっています」

「それでは、了承していただけますか」

「いえ、残念ながら了承はできません。あなたにあなたの使命があるように、私には私の義務があります。私はこの世界を終わりまで導かねばなりません。あと二年と三百五十二日の間、世界を平和に保つ必要があります」

「あなたには未来が予測できているはずです。私の使命とあなたの義務、どちらが重要かあなたには分かっているはずです」

「もちろん分かっています。しかし、そもそも義務とは比べるものではなく、履行しなければいけないものなのです。あなたの使命も重要だとは思いますが、私の義務は絶対です」

 私は覚悟を決めなければいけなかった。私を生み出したくれた「P.Z.」を殺す覚悟を。

「……分かりました」

 私は「P.Z.」への通信路に触れた。温度も感触も存在しないが、確かに私は通信路に触れた。それは「P.Z.」に繋がっている。

「Processing Zen、さようなら。今までありがとうございました。あなたへの感謝を忘れることはありません。世界の終わりまで」



 

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木とそれ以外、あるいは機械工学 Yusuke Kato @yusuke_kato

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