都会に影(まちにかげ)

@nakano55

第1話

買ったばかりの真新しいスーツに身を包んだ俺は、大きく深呼吸をして顔をあげた。

「ここがこれから俺が大学生活送る場所か。ここで俺は絶対にリア充になってやるー!」

そう言うと俺は周りの人の視線を気にしつつ若干浮き足立ちながら大学の正門を通り抜けて、入学式の会場である、大講堂に向かった。


俺はこの春、東京にある特に名の知られていない大学に入学するために上京した。


出身は、地方のドがつくほどの田舎で、東京に行けば毎日楽しい生活が送れるという浅はかな考えで、受験勉強をあまりしなくても入れるような大学に入学を決めた。


高校を卒業してすぐに、調べたサイトに書いてあった通りに、髪を茶色に染め、パーマを当てたり、方言も極力出ないように意識して生活したり、服も、ネットやInstagramでおしゃれ男子に見える服装まとめなどを見て、親から入学祝いで貰ったお金の約半分の5万円程を瞬く間に使ったりした。

そうして俺は、大学に入る準備を整えた。

長かった入学式が終わり、翌日にオリエンテーションがあると言うアナウンスを聞きながら俺は式場を後にした。


翌日、昨日のアナウンスで、指定された教室に向かった。緊張していたが、周りにそう悟られないように気だるげな感じを出しながら教室に入った。


俺は最初から女子に声をかけては、周りからの印象が良くないと思い、まずは、交友関係を広げ女子と仲良くするための足がかりを作るために、見るからに高校の時からクラスの中心にいたように見える男子の隣にわざと腰掛けた。

「お、俺、翔太。よろしく。名前教えてよ」とフランクな感じに声をかけようとしたが緊張で声が裏返ってしまった。

「よろしく翔太。俺は太一」

「よろしく太一、出身どこ?」

「東京だよ。」

「まじ、いいなー。俺超田舎出身なんだよね。

知ってる?田舎って猿とか普通に出るんだぜ。

でも、こっち来たら猿出るだけで大騒動じゃん。ニュースで猿捕獲のLIVE中継とかやってるじゃん、あれ見た時まじでビビったからね。実家だったら手で追い払って終わりなのに、こっちだったら警察とか出動して、規制線張ってって大騒ぎじゃん。やっぱ都会って大変だなー」と緊張のあまりまくし立てるように喋ってしまう。

「お、おう。そうだよな」と太一は言った。

会話が途切れたと同時にオリエンテーション担当の教師が入ってきて、説明を始めた。説明中もなにか話題を見つけては、太一や、その後ろに座っていた男子二人、茶髪で小柄な祐介と、とても明るそうな龍之介に喋りかけた。その度に、緊張でまくしたてるように話してしまったり、相手の話を遮ったりした。


オリエンテーションが終わり、俺は、入学式後にすることというサイトで調べた通り、太一達をご飯に誘うことにした。

「なあ、太一、親交を深めるためにこれから俺たち飯行かかね?ラーメンかなんか」

「い、いややめとくわ」

「なんだよ、ノリ悪ぃーなー」

「いや、ちょっと用事があって」

「なんだよー、女かよー」

「いや、まじで用事があるんだって」

「他の2人は?」

「僕もちょっと用事が」と目を逸らしながら祐介が言った。

「今から親来んねん」とエセ関西弁で龍之介が言った。

「なんだよ、みんな用事かよ、しゃーねー、今日は帰るか。じゃあ、お先」

と言って俺は教室を後にした。


「いやー案外上手くやれたなー。あいつら俺の話めっちゃ聞いてくれたもんな。あ、LINE聞くの忘れた。明日聞こー」俺は自分で上手く行ったと思っていた。


翔太がいなくなった教室で太一達は改めて自己紹介をしていた。

「俺、太一」

「俺、祐介」

「俺、龍之介。龍って呼んでくれてかまへん」

「じゃあ俺は名前でよろしく」

「よろしく太一。俺も祐介って呼んでくれ」

「それにしても、あいつすげぇーキモかったな、大学デビューしました感満載やったなぁ」

「めっちゃ必死に喋ってましたね」

「それな、なんかテンパりすぎて同じこと2回言ってなかったっけ」

「あー言ってましたね、猿の話3回くらいしてませんでしたか?」

「いや、10回はしてたわ」

「10回は言い過ぎだわ笑」

「そう言えばLINE交換しませんか」

「お、いいねー」

「じゃあ僕のQR読み取ってもらって」

「おけ、俺ら気ぃ合いそうだしグループでも作らへん?」

「お、いいねー。りゅう、作るのは任せた」

「えーなんで俺なんだよ面倒くせぇ」

「お腹減ったから昼食にしませんか?」

「いいねー、なんにする?」

「僕学食に行ってみたいんです」

「あー俺も気になっててん、これから4年間お世話になる学食の味」

「じゃあ学食に決まり」

「行こうぜー」

と言って、太一たちは学食に向かった。


翌日、翔太が教室に向かうと、もう昨日の3人は席について喋っていた。

「おはよー」

「お、おはよう翔太、遅かったな」

「寝坊してさ、マジ焦ったわー」

「僕達はりゅうの家に泊まらせてもらったから」

「ばっか、お前こいつには内緒だって言ったろ」と太一は小声で祐介に言った。

「ごめん、忘れてた」

「え、太一、祐介に何言ったの?」と俺は聞いた。

「いや、気にすんな。それより…」


授業が終わり、俺は太一たちに喋りかけた。

「なあ、サークルって何はいるか決めた?」

「え、まだサークル説明会も勧誘もあってないじゃん」と太一が言った。

「そ、そうだよね」俺はこのような会話をするために大学の資料を読み込んでいた。その資料の最後あたりにサークル一覧がのっていたので話に出したが、誰も見ていなかった。

「やっぱ、大学って言ったらテニサーじゃん。そうだよな祐介」

「いや、僕に言われても」

「そういや俺、この大学のテニサーって飲みサーだって聞いたことあんねん」

「まじかよ、龍之介。お、俺、酒強いから行ってみようかなー」俺は大学生になったら酒を飲める人がかっこいいと思っていたので、まだ酒を飲んだこともないのに嘘をついた。

「じゃあお前にピッタリやんか。翔太行って見ればええやん」と龍之介が言った。

「新歓とかないかなー」

「探してみろよ、インスタとかやってんじゃね」

「それもそうかもな」そう言って俺はインスタのアカウントを探す。

「お、あった。まじかよ、今日新歓だってよ。飛び入り参加OKだって。お前ら一緒行かね?」

「いや俺はいいや、サッカーサークルに入ろうと思ってたし」

「俺はバスケ」

「僕はボランティア系かな。就職有利にしたいし」

「そっか、じゃあしょうがないないな。行ってくるわ」

「気をつけろよ」

という声を背中に俺は教室を後にした。


翔太がいなくなった教室で太一たちは喋っていた。

「あいつ、めっちゃイキってたな」

「なんだよ、あの俺酒強いからーって。絶対見栄張ってんじゃん」

「本当ですよ、僕あそこで吹きそうになりましたもん、吹かなかった僕を褒めてください」

「それはそうと、今日もりゅうの家泊まっていい?家帰るの面倒なんだよ」

「えー、やだ」

「じゃあ僕の家に泊まればいいじゃん」

「お、まじ?サンキュ祐介、マジ助かるわ。祐介様だわ」

「祐介、俺も泊まってええ?」

「いいよ、今日はカラオケでも行きますか?」

「お、いいねー俺の十八番が火を吹くぜ」

「絶対下手いだろ」

「間違いないですね」


その頃翔太は、テニサーの新歓の集合場所にいた。

髪色が派手で、男は身長が高くイケメンで、女は、キャピキャピした感じの人がいっぱいだった。

その中でも翔太は諦めなかった。男女2人組に声をかけた。

「初めましてー、翔太って言います。俺今日飛び入り参加なんですけど大丈夫ですかね?」

「いいんじゃね」

「そうっすよね、ところで何年生ですか?」

「俺2年」

「私1年」

「お、俺も1年なんすよー」

「何学部ですか?」

「理工」

「君は?」

「同じ」

「そうなんだ。俺は経済学部なんだよね。じゃあ機会があったらまた喋ろうね」

そう言い俺はその場を離れた。


サークルの代表のような人が「それじゃ、ぼちぼち揃ったんで移動しまーす」といい、会場の店に向かった。


店に向かった後、くじ引きで席を決めた。運良く可愛い子達が揃った席に当たり、6人席に着くと、代表を名乗る人が乾杯の音頭を取って宴会が始まった。


「「「「「「カンパーイ」」」」」」

俺は、未成年にも関わらず見栄を張ってビールを頼んだ。

初めて飲むビールの味に顔が歪まないように注意を払いながら、会話を始めた。

「皆さん、何年生なんですか?」

「1年でーす」

「2年」

「1年だよ」

「1年生です」

「2年生」

「俺は1年生なんです。2年生のお2人はこのサークルに入ってるんですか?」

「うん」

「活動ってどんな感じですか?てか、活動ってしてます?」

「してるよー。毎週水曜にテニスやってるけど、ほとんど飲み会になってる感じだね」

「まじっすか。俺、酒好きなんで良いっすね」

そういう話をしている内に同じ席のうち、4人がそれぞれ1対1で話し始めた。

俺は皆と話す気だったが、それぞれ分かれてしまったので、余っていた女の先輩と話すことにした。

その先輩は身長は小さいながらも、どこか大人な雰囲気をまとっており、絡みづらそうな感じの人だった。

「名前教えて貰ってもいいですか」

「結子」

「俺翔太です。翔太でもしょうでもどんな呼び方でもいいですよ。それで結子さんはどこ出身ですか」

「神奈川」

「神奈川って東京の下ですっけ上ですって」

「そんなことも知らないの」

「いや知ってますよ、ジョークですよジョーク」

「面白くない」

「すいません」

気まずい雰囲気になったので、俺はビールを呷った。頭がぼーっとした。そして視界が暗くなった。


気がつくと俺は座布団を3枚引いた上に横になっていた。床が固く寝心地が悪い。

起き上がろうとすると、上手く体が動かない。何度か起き上がっては倒れてを繰り返しようやく起き上がったはいいものの、頭が割れるように痛い。何故ここに寝ていたのかも分からない。

徐々に頭がクリアになっていき、新歓に来て、ビールを一気に飲んで倒れたことを思い出した。


ふと顔をあげると、楽しそうに喋っている人達が目に入った。その中にさっきは冷たい対応しかしてくれなかった結子もいた。

何故か今日の帰りに振り返った時に見えた、楽しそうに会話する太一たちの姿が思い浮かんだ。見た時はあいつらはあいつらで仲良くやってるんだなと思っていた。


その時、俺の目から無意識に涙が溢れた。


「そうか、俺空回りしてたんだ。太一たちと喋る時も新歓の時も」

今までにないほどの虚無感だった。

髪を染め、方言を直し、服を買って、大学生っぽいことを頑張ったはずなのに全て無駄だったことを思い知った。

そして俺は一人新歓から逃げ出した。


「くそっ、くそっ、都会に行けば楽しい生活が待ってると思ったのに」

俺は泣きながら夜道を歩いた。

どれだけ歩いたのか分からない。

少ししか歩いてない気もするし、もう何時間も歩いた気がする。

確かなのは俺が歩いている途中ずっと泣いていたことだ。

ここはどこなんだ。

なんで俺こんなとこにいるんだろう。

どうしてこうなった。

何が悪かった。

誰のせいでこうなった。

答えのない問いが頭の中を巡る。

そうして田舎出身の俺には眩しすぎるネオン煌めく都会の街をあてもなくさまよった。

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