第15話
終
小川龍之介。それが私の名だ。最近夢を見る。百合の花が語りかけてくる夢だ。沢田彰が以前言及していた百合だ。私はそれに語りかける。今度は我々の方でも壊さないように注意すると言う。壊さないとは彰さんのことか、と訊いた。花はその問いを無視し、キミは継承という言葉を知っているかと告げた。私は返事をしなかった。未来を無意識に見通せるものがいるとして、全ての人間をある程度操作できるとしたらどうする。そして平和や経済活動や貧困などの様々な問題を修復しようとする者がいたらどうする。生きているふりをしてそんな無意識のうちにそんなことが出来る人間がいたらどうする。全てある程度無意識のうちで完全に管理されているとしたら? 私はその問いに少しの間無言でいた。それは奇妙な世界だなと答えにもならないことを私は言った。奇妙な世界だろう? 実にね。花は苦笑したようなかすれ声を出してそう言った。
三月九日 雨
僕はあることに気がついた。起きていても僕の意識に世界の姿がなだれ込んでくるのだ。それは世界をかたち取ろうとするものの意識に思えた。それは僕には管理できない量であり、膨大なエネルギーだったがその存在の意思を確かに感じたのだ。僕は未来を予想できることで僕が世界を支配しているのではないかと思うときがある。世界は僕を中心に捉えて動きや様子を見ている気がする。分かっている。そんなことはあり得ないことだって、でもそう考えた方が辻褄があうときがある。それは寄生するように取り付き、僕の考えを餌にして成長し、世界を僕の思考だらけにしてしまうのだ。それは感情を物質に作り変える魔獣なのだ。僕はそいつこそが幻想の創り手なのだと思う。僕の生きにくい思考を餌にしているから僕にとっては生きにくくなっていく。そういうものなら納得がいく。
今日の雨はとても静かだ。死ぬにはいい日だっていう言葉があったなあ。それでも生きるけどねって話らしいけど。どうやらそういう風にはいかないみたいだ。僕の何かは体を取り替えたがっている。こいつはセックスに非常な関心があるようだ。いつまでも僕にカタリの話をしてくる。どうにかして意思疎通させて体を入れ替えようとしている。どういう方法なのかさっぱりだが、カタリとは体が合わないかもしれないなどと言っている。意思疎通さえできればこの不愉快な体から出ていけると考えている。
幻想の話はやめよう。空は晴れ間をのぞかせていてとても綺麗だ。
外は綺麗だ。でも僕はこの百合に支配されつつある。体を完全に支配されるほどに。自分の脳のある部分と他のある部分とが意思疎通が図れなくなってきている。触手が意思を妨げるようだ。外の美しさも段々と感じ取れなくなってきていた。僕は人間でなくなって植物に支配される人間になってきている。この百合の目的は世界の均衡を守るためにあるのだという。そして我々は実験したのだという。はじめは人間に取りつきその意思に支配されて拡げて増やすだけだった。だが最近テストをするようにした。人間をコントロールする。ただの媒介だったのが自由意志で支配しようと考え始めたのだ。それが百合なのだ。僕は少しずつ理解できていく事で落ち着いてきた。百合は人間の世界を守るために存在し、人間の意思を繋げ、ある程度の人間の意思を統一させていくのが目的なのだという。それが百合の存在意義であり神らしい存在の力らしい。僕は神を信じないがこの百合については認めざるを得ない。僕は考えるにあたってこの世界の不確実性について考えていた。そして僕が選ばれた人間だったことについて考えた。僕は世界を良くするにあたって必要な犠牲なのだ、百合も感謝していると僕に言った。そして済まないとも言った。君を傷つけるために我々は君に寄生してしまった、我々としても申し訳ないことをしたと思っている。そして君の家族には我々の力で幸福な人生を約束しよう。サトリやカタリ、佐川係長についても君の好きなように運命を委ねる、と言った。僕は全員幸福な人生を約束してほしいと伝えた。百合は頷いた。
我々は君を不幸の真っ只中において放置していた。人間というものについて知りたかった。我々が干渉したら君という存在はどう動くのかを確認したかった。君はいつも自分を不幸だと思った。そしてそれについては弱くて愚かな人間だという認識にならざるを得なかった。君は自分の不幸についてひたすら考えた。我々はそこに人間の強さを感じた。我々はもっと研究するつもりだ。我々の干渉の前で人間はどう動くのか。世界に存在させるためにいかなる配慮で物事を動かせばいいか。そういう事柄を研究するつもりだ。今度からは我々が宿った人間の意見も参考にしたいと思う。そして君にいつまでも辛い意見をあてがって済まなかったと我々一同、(我々も意識の集合体で、キミに感謝するのを反対する集合体もいるのだが)君に感謝の意を表す。
最後に君の望みを聞きたい。なんでも言えばいい。人の意識をある程度いじればなんでも他人を操作して何でも行える。
「僕の望みを?」
「聞いてみよう」
僕は笑った。
「強いて言うなら僕は孤独になりたくないだけなんだ。サトリの僕に対する記憶を消去して。それとできるなら君たちの集合体に混ぜてほしい。それは不可能かな?」
百合はしばらく考えて思わず笑ったようだった。
「それは死ぬということに変わりがないがいいかな?」
僕は微笑んだ。
「死んだとしても意識として生きれるんだろう? それならいいよ」
百合は重い沈黙をし、集合体同士話し合っているらしかった。
「いいだろう。決議は出た。君を集合体のうちの一個体として認めよう。君が明日カミソリを持ってきて自殺するよう手はずをした。意識が無いまま自動的に君は死ぬ。明日になるまでしたいことはしておくように」
「風呂に入りたい。今日は風呂が僕の順番じゃなくて入れない日だったんだ。頼めるか」
「何でもできるからって後でボロが出るようなことはしたくないが、いいだろう。今回くらいは認めよう」
僕は百合の中の人間となった。僕の目にはそう見える。ただ他の者からすると目や鼻、口、耳という概念は無いらしい。僕が元人間だったから元のように感じるだけだそうだ。
僕は植物の中で確かな意識として働いている。世界の意思を統率する係だ。まあ世界征服をしたようなものだな。永遠なる世界。僕はそれが手に入った。今は考えるだけ好きなことを考えて、他の意識に教えを乞いながら世界の人々に色々なことを教えて回っている。
セカイってなんか分からんくね? 日端記一 @goldmonolist
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