2-2 他の追随を許さず(ハイノ)

(権能か。……まあ、ルードならば問題ないだろうけれど)




「一応、声をかけておくよ。ご忠告ありがとう」




 微笑んで言えば、客人が手を上げて「おう。気を付けろよ」と応えた。

 かつかつと音を立てながら歩き、盛り上がる人の輪を横切って、中心へと向かう。エサイアスの背後には、仲間と思われる複数の男たちの姿。対して、向かい合うルードはやはりいつも通りで、特に気負う様子もなかった。


 真っ暗な夜空に、星々と細い月だけが輝いている。普段ならば賑やかなはずの通りがやけに静まり返り、人々は白い狼亭の前の道を見守っていた。


 他の誰かの喧嘩だったならば、もっと騒がしくもあるのだろうけれど。ルードが相手の喧嘩は、いつも皆が声を失ったかのように静かになる。一瞬の出来事を、見逃すまいとするように。


 一応、忠告してもらったのだから伝えておかなくては。そう思い、近付こうとするハイノに、ルードはさっと手のひらをこちらへと向ける。止まれ、というような仕種に、ハイノは反射的に足を止めた。


 その、一拍後だった。




「くたばっちまえ!」




 大勢対一人であるからだろう。にやにやと余裕の表情を見せる男たちの目の前で、エサイアスは大きく腕を振りかぶった。


 あくまでも喧嘩だからか、彼は武器を手にすることもなく、そのまま殴り掛かっている。傭兵王の二つ名を持つルードを相手にしているというのに、その光景は酷く新鮮なものだった。


 大きな拳を、振り下ろし、払い上げ、確かにそこらの者よりは力強く、素早い動きをしているけれど。大きな動きであることは変わりなく、ルードは気負うことなくそれを躱していく。


 ひらり、ひらり。背に纏う外套が揺れ、まるでダンスでも踊っているように優雅だった。




「避けてばっかじゃ、意味ねぇんだよ……!」




 いらついた様子で言ったかと思うと、突然、エサイアスの動きが更に早くなった。同時に、ぼっと音を立てて彼の腕の辺りに炎が上がる。


 ほお、とハイノは瞬きをした。火の神獣の権能のようだ、と。




(しかも、身体の動きが全体的に早くなってる。第二の権能まで与えられているんだね。身体強化は、使いようによってはかなり有用だ。……もっとも、相手が相手だからな)



 火を発生させるのは、火の神獣の権能の特徴である。それを、第一権能という。これを持つ者が、一万人に一人程度の割合で存在する。物に火をつけることはもちろん、対人間相手であれば、強大な炎で巻いたり、顔などを直接焼くなど、有用な力である。


 しかし第二権能というのは、十万人に一人の割合でしか存在しない。中でも火の神獣の第二権能は、身体を強化したり、巨大化させたりと、自らの身体に作用するものである。その中でもごくごく稀に、身体の再生などの能力が存在するらしいが、伝説級の話であるため、実在するのかはハイノにも分からなかった。




(……いや、一人だけ。そうじゃないかって言われてた人はいたんだけどね)




 しかしその人物は、少し前に処刑されたと聞いている。命を落としたということは、再生という能力がなかったということに他ならない。やはり、伝説は伝説ということだろう。


 加えて、第三権能、というものもあるらしいのだが。こちらもまた、英雄譚や叙事詩の中の伝説でしか語られないため、真偽のほどは謎である。


 エサイアスはその、第二権能を持つ傭兵というわけだ。確かに、自らの敗北など考えてもおらず、驚きに満ちた周囲の表情を楽しそうにちらちらと眺めているのは分かるのだが。




(当のルードは、ね)




 残念ながら、表情一つ変えることはなかった。速度が上がった分だけ、彼もまた早く動いている、それだけ。


 傍からその様子を見ていた者たちの耳には、エサイアスが殴り掛かる際の風切り音と、それを避ける際にはためくルードの外套の音が、やけに大きく響いていた。




「く、っそがっ! 何で、てめぇっ!?」




 権能を使って尚、攻撃が当たらないことに驚愕しつつ、しかしその事実を受け止めきれないのだろう。自棄になったように、先程よりも攻撃が単調化する。ただひたすら、拳を突き出しながら、その顔には疑問に満ちた表情が浮かんでいて。


 そんな状況を、ルードがのんびりと見ているはずもなかった。




「っ!? てめっ……、っがぁ!?」




 打ち込まれた拳を危なげなく躱したルードは、それまでと違ってひらりとその身を翻して。一瞬でエサイアスの背後に回り込んだかと思うと、慌てて振り向いた彼の顔に思い切り拳を叩きつけたのである。流れるような動作に無駄など一切なく、いっそ清々しい程になめらかだった。

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清き裏切られ者の末路 蒼月ヤミ @yukinokakera

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