2-1 他の追随を許さず(ハイノ)

 「てめぇ、何だその態度は!?」という、怒声が響いたのは、ハイノがルードを追って店を出てからすぐのことだった。ちなみに、ルードを相手取るために店の前で仲間を集めていたらしい彼らに、ルードが「営業妨害だからやめろ」と声をかけた、その返事である。


 確かに態度はそれほど良いとは思えない。そう、密かにハイノは苦笑していた。




「てめぇらのせいで元々この国にいた傭兵の仕事は減ってんだよ! だからわざわざ話しに来てやったってのに! 馬鹿にしてんのか!」




「馬鹿になどしていないが。それに、元々この国に拠点を置いていた傭兵たちとはすでに話をしていたはず。残念だが、君たちのために俺が出来ることはなさそうだ」




 淡々とした声が続き、ハイノは彼らの言い分と事情を察する。これもまた、珍しくもない話だったからだ。


 元々この地に根付いて仕事を取っていた傭兵たちにとって、傭兵王とまで言われるルードの存在は決して気分の良い物ではなく。この地に拠点を置き、ルードが傭兵王と呼ばれるようになってすぐに、元々この地で活動していた傭兵たちと話し合いの席を持っていた。主にその、仕事の配分についての話し合いをするための席を。


 ようは、自分の縄張りを荒らすなと、そういう話なのだ。動物でもあるまいしと思うが、ハイノは品良く何も言わなかった。




「あいつは、去年あたりにこの辺に来た傭兵。名前はエサイアス。近頃この辺を荒らし回ってる厄介な奴だ。……今回も、ただのやっかみだな」




 ルードとハイノを追いかけてきたらしい、『白い狼亭』の客人の一人が、ハイノにひそりと教えてくれる。


 「そうなんだ」と、何でもないような口調で応じた後、そちらに歩み寄りつつ、ハイノは視線の先、そこそこ人通りのある往来の真ん中でルードと向かい合う男に目を向けた。まあ、人通りがあると言っても、すでに夜も随分と深いため、まともな思考で歩く人はあまりいないようだったが。


 長身のルードと同じくらい背の高い、ルードの倍ほどには身体の厚い男。栗色の髪はざんばらに切られており、茶色の眼は怒りに爛々と輝いている。明らかな挑発にもルードが淡々と言葉を返すため、気に食わないのが見て取れた。




(大方、今までの人たちと同じく、『傭兵王』というルードの呼び名が気に入らないのだろうけれど)




 『傭兵王』という仰々しいその呼び名は、それほどまでに魅力的なものなのだろう。確かに自分は、そう呼ばれるルードを誇りに思っているし、その傍で行動出来ることを嬉しく思っている。まあ、何よりもルード本人が、その良さが分からないようではあったが。


 そもそも、そのような名で呼ばれる者が、弱者であるわけがないだろうに。それを欲しいと言って挑戦してくる者は後を絶たない。


 それならば素直に腕試しをして欲しい、くらい言えば良いのに。口に出せるわけもなく、ハイノは内心でそんなことを思った。




「てめぇみたいななよっちいやつが、何が傭兵王だ!」




 エサイアスというらしい名の男は、何度目かの言葉の応酬の末にそう叫び出した。遅かれ早かれそうなるだろうと思っていたハイノは、示し合わせたように周囲の人波が、一定の空間をあけて開けていくのを見ていた。その中央に向かって、どかどかと足音を立てて進む男と、一拍置いてその後に従ったルードを見る。


 結果など、目にする必要もないのだが。


 思っていたら、先程とはまた別の、『白い狼亭』の客人がこちらに駆け寄ってくる。「傭兵王んとこの兄さん」と、彼は少々慌てた様子で声をかけて来た。




「気を付けろって、傭兵王に言ってやった方が良いぜ。……エサイアスは、権能持ちだ」




 真剣な顔で男が慌てたように言うのに、ハイノは数度瞬きをする。どうりで自信満々にルードを挑んだわけだと、軽く息を吐いた。


 権能持ち。それは、権能と呼ばれる力を持って生まれて来た、稀な存在の事を言う。一万人に一人程度の割合でこのローヴェン大陸に生まれ、その力はどれほど強い剣の使い手であっても、そうそう勝つことは出来ない。神と神獣が残したとされる力だ。


 昔々、まだこの世界がただの陸地でしかなかった頃、神の内の一柱が、飼っていた何匹もの獣を放し飼いにしていたという。その内の二匹が壮絶な喧嘩を始め、殺し合いへと発展し、他の獣までも巻き込み始めたため、神は泣く泣く二匹の命を奪ったそうだ。


 それぞれが雷と炎を司る獣であったため、二匹が命を落とした後も、世界は無残に燃え盛り、炎に包まれていった。放たれた他の獣たちが恐怖するのを見た神は、獣たちを自らの住まう天上に引き上げ、自らの手に水を汲み、それを零して雨を降らせたのだとか。


 その雨がやがて世界を覆う海となり、殺し合いをした二匹の獣の遺体が崩れ、大陸となったらしい。

 創世記として、この大陸の者なら誰もが知っている話である。


 さて、この時に命を落とした二匹の獣と、神の手によって落ちた水には、神々や獣と同じ力が宿っているとされた。そのため、大陸には稀に、神々と同じ力、すなわち権能と呼ばれる力を持つ者が現れるのだ。

 それが、権能持ちと呼ばれる者たちであった。


 獣が残した雷と炎の力を使う権能を、神獣の権能と。神が落とした水の力を使う権能を、神の権能とそれぞれ呼ぶのである。

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