1-2 傭兵たちの王(ロニー)
「相変わらずだな、あんたは。……何かつまむか?」
「……甘い物を」
「ああ、待ってな」
言って、皿に載せていくのは甘いチョコレートの粒。これもまた、ルードが好むために、わざわざ仕入れているのである。態度の割に品の良いこの男は、甘い物をつまみに酒を呑むのが好きなようだった。
ドロテーアが並々注がれたグラスと、チョコレートが載った皿をカウンターに置けば、今度は一気に飲み干す、なんてことはなく。嗜むように、チョコレートを一つ口にした後、酒を口に運んだ。
「で、今回はどこで何をしてたんだ? まあ、どうせ相手は例の、……バルテルス帝国の兵だろ。ここにいるってことは、いつも通り、負けてはいないんだろうがな」
洗浄済みの食器を拭きながら、視線を手元に向けたまま、ロニーはそう声をかける。遠巻きにこちらを窺う店の客たちは、彼の話を聞きたくて仕方ないらしい。遠目にもそわそわと落ち着かない様子だった。
と、ルードが口を開く前に、もう一度、店の扉が開く。入って来たのは、こちらもロニーからすれば見慣れた男だった。
騎士が着るような、しかしこの国では見慣れない意匠の服。細身の体躯に似合わない、引き摺る程に大きな剣を背負い、傍目にも目立つ赤い髪を少し長めに切り揃えた人物。顔も整っているため、どこかの貴族のような優男である。
しばらく扉の前で店内を眺めていたその男は、カウンターの方に目を移すと、ほっとしたような顔で歩み寄って来た。
「捜したよ、ルード」と、声をかけながら。
「ここに来るなら、先に言ってくれないと。急にいなくなったからみんな心配していたよ。またどこかで誰かに絡まれているんじゃないかって」
困ったような顔で言うその男は、椅子を引いてルードの隣の席に座る。その所作の一つ一つに品の良さが見えて、育ちの良さが伺えた。
「正確に言うと、絡んできたやつが死んでねぇか、を心配してたんだろ」
二人の会話を聞きながら、苦笑交じりにロニーが口を挟む。男もまた、困ったように笑った。
「言いたくないけど、その通り、かな。久しぶり、ロニー。相変わらず繁盛しているね」
「おう、おかげさんでな。ハイノも、いつものやつで良いか?」
言いながら、ロニーはすでに背後を振り返り、酒の銘柄に目を向け始める。酒場である以上、酒を呑ませなければ商売にならないというのもあるが。それ以上に、長らく戦い、疲れて帰って来た彼らを労いたい気持ちもあった。
しかしハイノはちらりとその黒い瞳で後ろを窺った後、「私は、遠慮するしかなさそうだ」と言って笑った。
何のことだろうと思い、ロニーはハイノの視線を追いかける。店の内部を横断し、先程彼が入って来た、外へと繋がる扉の方へと向かっていた。
一体、そこに何があるのかと、まじまじと自分の店の扉を見ていたロニーは、急にその扉の向こうが騒がしくなるのを感じて、納得した。どうやら、ルードがここにいることに気付いた連中がいるらしい。確かに、今から酒を呑むかと聞かれたならば、遠慮するしかないだろう。
これからまさに、厄介事が起きるだろうから。
「今日はまた、随分と多いみたいだね。確かに今回は少し長引いたから、仕方がないか。……ルード。どうする? 私としては、場所を移した方が良い気がするのだけれど」
すでに状況は把握しているだろうに、一人会話に加わらず、チョコレートと酒を味わっていたルードが、ハイノの声に顔を上げる。表情のないいつも通りの顔のまま、「どちらでも構わない」と、彼は呟いた。
「だが、ここで話をすれば、ロニーが困るだろう。どのみち、話だけでは終わらない。店が滅茶苦茶になる。最初から外に出ている方がマシだ」
「ハイノ、行くぞ」と言って、残っていたチョコレートを口に放り込み、それを酒で押し流す。ドンッ、と音を立ててグラスをカウンターに置いたルードは、手の甲で口許を拭いながら、傍らの男に声をかける。
ハイノは慣れた様子で頷くと、「終わったら部屋を借りるから、お代は部屋代と一緒に」とロニーに声をかけた。そのまま、二人揃って席を立つ。店に入って来た時はそのすっきりとした衣装のせいかハイノの長身が目立っていたが、こうして並び立つとルードの方が少し上背があるようだった。
「相手が誰か知らねぇけど、せいぜい、気をつけろよ。……なんて、あんたたち相手なら、言うだけ無駄だな」
ひらひらと手を振って言えば、振り返ったハイノが微笑んで頷く。「営業妨害にならないよう気を付けるよ」と言いながら。そうしてゆったりとした足取りで扉の方へと歩き去って行く二人を、店の客人たちがいそいそと追いかけていく。これから起こることの顛末を見届けるのだろう。一種の娯楽である。
流れ者の傭兵、ルード。三年前にふらりと現れてから、次々と仕事をこなし、いつの間にやら荒くれ者ばかりが集まる傭兵団を率いるようになった男。
その強さを周囲の傭兵たちまでもが認め、集うようになり、気付けば傭兵王と呼ばれていた、そんな男である。
けれどそんな大仰な通り名があるからこそ、厄介ごとに巻き込まれることも多いようだ。今回のように。
(あいつに喧嘩売るだけ無駄だろうに、ご苦労なこって)
思うが、一介の店主が口にするようなことでもなく、ロニーはただ扉の向こうに消えていくのを見送っていた。
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