さよなら私の大好きだったキリンさん……

 ――あの約束から七年が過ぎた。

 彼は二年間だけで強い印象を残して、

 小学校を転校してしまった。


 淡い気持ちを芽生えさせてくれた彼、

 と呼ぶのも、ガレージの中だけだった、

 ぶっきらぼうで口も悪い、修理の件で喧嘩したね、

 でも私は知ってるよ、指の絆創膏ばんそうこうの数があなたの熱意だった。

 本当のあなたは頑張り屋さんで、その反面とても繊細で、

 お父さんの口癖も、私にだけ教えてくれたっけ。


 がライバルって。


 似たタイトルの小説を、あなたに内緒で探しました。

 あの壁の棚に飾られていた本です、表紙に描かれた男の子は

 日に焼けて背も高そうで、真司くんに似ていました、

 だけど、つながりが消えてしまいそうて、まだ読んでいません。


 ――バイクが直って免許を取ったら、必ずお前を迎えに行くよ、

 海の見える公園で待っててくれ!!


 約束なんて絶対に忘れているはず、馬鹿みたいだけど、

 十七歳になってから毎週、あの公園に出かけました、

 再会できたら読めるように、本をバックに忍ばせて……。



 *******



「――この本を読める日が来るなんて!!」


 彼を見送った後、公園のベンチに腰かけて本を読み始めた。


『……俺、何て間抜けなんだろ、

 ヘルメットがもう一個なければ、後ろに乗せられないのに』


 ふふっ、あわてんぼうな部分も変わっていない、

 急がなくたって平気だよ、時間はたっぷりあるんだから、

 どこに出掛けよう、あれもこれもしたい!! 離れていた分だけ想いがあふれる。

 天にも昇る気持ちで、私は本のページをめくる。

 本の短編はバイク乗りの男の子が主人公だった。


「――この主人公の乗る青いバイクって?」


 本の主人公はバイク好きな高校生で、

 ひと夏の体験を経て大人になる物語だった、

 私達が同年代になった今だから分かる、

 普遍的なメッセージが込められていた。


 彼のお父さんが言っていた口癖の意味が分かった。

 なぜ彼にその言葉を伝えたかったか、

 真司くんが大人になって、壁にぶつかった時に、

 自由に生きろ、悩んでいる時間はないんだ青春は、

 と言いたかったのだろう。


「……合言葉も本と一緒なんて」


 読み進めると、さらに微笑ましくなった、

 当時、彼とガレージに入る時の合言葉を決めていたんだ。


『あなたのバイクは何色ですか?』


『俺のバイクはブルーです……』


 こんなところまで彼は。


 あのバイクと小説に対する真司くんの思い入れが感じられ、

 私は温かい気持ちに包まれた。


「……でも、これって?」


 私は同時に妙な違和感を覚えた、

 拍車をかけるように物語の終盤は不穏な方向へ進む、

 彼が言っていた言葉が蘇る。


『ボビーがライバルって言うけど、本当は彼みたいになりたいんだ』


 ざわついた気持ちに、遠くで聞こえる救急車のサイレンが重なった。


「……真司くんっ!?」


 心臓が、ドクンドクンと早鐘を打つ、

 次の瞬間、私は全力で走り出していた。

 物語の主人公は、女の子との約束を守るためバイクを飛ばして、

 その道中で飛び出してきた車と衝突する……。


 嫌だ!! そこまで物語と一緒の結末なんて!!


 展望台に向かう直線道路、いつもの散歩コースが歪んで見える、

 なんで今日に限ってぺたんこ靴なんだろ、痛くて走りづらい。


「……きゃあっ!?」


 転んでしまったが、膝を打った痛みも焦りで何も感じない、

 言葉が出せないほど悲しいのに、泣いちゃ駄目なの?


 神様、私の大好きな人を奪わないで!!


「……!?」


 直線道路の向こうから、一台の排気音が近づいてくる、

 この音は!?


 丸いヘットライトがこちらを照らす、流れるようなシルエット。

 ブルーのHONDAだ!!


「さくらんぼ? 大丈夫か!!」


「真司くん、良かった事故してなくて……」


「馬鹿だなあ、俺は暴走族じゃないって言ったろ、

 それに、後ろに乗せるお前の為に安全運転するから」


 差し出した私専用のヘルメット、彼とおそろいの青色だ、

 私に優しく被らせてくれた。


「……真司くん、ありがとう」


「言っとくけど、愛しているのはやめてくれよ、

 ヘルメットをぶつけ合って、ア・イ・シ・テ・ル・って、

 あれメットが傷だらけになるからさ」


「もうっ、雰囲気ぶち壊し、そんな真司くんなんて

 こうしてやるから!!」


「あ、痛てっ、やめろよ、さくらんぼ!!」


 身長差のある彼の胸に頭突きをする、

 もちろん五文字、ア・イ・シ・テ・ル・のサイン、

 素直じゃない私を彼はしっかりと抱きしめてくれた。


 さよなら大好きな絵本のキリンさん、

 ずっと私のお守りでいてくれてありがとう、

 やっと涙を見せられる人と出逢えました。



 ――大丈夫だよね、

 もうキリンさんは、かわいそうなんかじゃないから。

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さよなら私の大好きだったキリンさん、恋の出会いはある日突然に…… kazuchi @kazuchi

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