おばあちゃんの葬式
永里茜
おばあちゃんの葬式
うさぎの耳つけて、変に黒目がでかい昔風のスタイルの女の子が手を振っている。おばあちゃん。
アバウト10秒の動画が繰り返される。くるくる巻かれた茶髪、太くて毛って感じがする眉、ざらざらな画質とサーサーゆうスピーカーのかんじが遠い時代なかんじをさせた。途端、ネット参加しているおばあちゃんの友だちたちがうわ懐かし~、若すぎ~! て歓声をあげてる。
葬式。字面すごい儀式なかんじ。じっさい、集まりリアルでやるのがもー非日常。わざわざネットで来るヒトのぶんのロボをレンタルしてまでリアルに持ってきて、葬式会場まで移動するかんじ。初めてでちょっとワクワクする。行きの電車の中で、
「私が小さい頃ぐらいまで、リアルがメインだったんだよ~」
てお母さんがいってた。
「スマホ無かった?」
て聞くと、
「さすがにそれくらいはあった」
てにがわらってた。
「リアルベースで、タブレットとかスマホで接続してた頃だね~、オンラインが当たり前になってきたのが高校くらいだったかな。今日の葬式、端末接続世代の撮ってた動画とかいろいろ見れると思うよ」
「へー、で葬式てどんなん?」
「ん、最近はこんならしい」
お母さんが投げてよこしたフォルダを開くと、一般的な葬式の進み方がまとめてあった。死者のご挨拶、走馬灯ムービー、送辞、お焼香ていう祈りの儀式?に、最後は軽く宴会。豆知識欄に四十九日間はつくった故人の人格がオンラインに保存されます、てあってまたお母さんに質問すると、
「四十九っていうのが伝統的に区切りらしいよ」
っていってこんどはウィキのページ投げてくれた。なるほ。
「てかそんくらい自分で調べなよ」
「たし」
駅を出て少し歩く。人間には不適合な季節だから、人っ子ひとり歩いてるのを見かけない。黒い服を着たわたしたちは蟻みたいな列になって日影を歩いた。それでも風ひとつ吹かない都会は空気がもんわりこもっててほんとに異常なかんじに暑い。
「こんなクソ暑くてどうやってみんなリアルに居られたのさ」
「実際オリンピックあった時はたくさん死んで、だからオンラインに移動しようって研究が始まったんだって」
「そりゃ死ぬよね~、こんな気温で観戦なんか……」
葬式の会場は普通のビルだけど、なかはデントー的な家風。白と黒のストライプの布がかけられてある。ググたら鯨幕――鯨の黒い皮と白い脂肪部分とが、黒白と連なるところからついたと言われています――て呼ぶらしくて、ただの白黒からクジラを思いついたのすご、て思った。
「さ、おばあちゃんにご挨拶しよ」
と促されて会場のまんまえまんなかにある棺に向かう。ちょっと息をのんだ。死体て初めて見る。すこし開いたまんまの口、閉じた目、縮小した身体、うす青い肌、そして何より絶対に動かない。生き物だった形はそのままだけど、動かない。オンラインでバグが起きて、固まっちゃった時の人のかんじにちょっと似てる。このからだのなかには何もないんだって超はっきりわかった。グラスの仮想機能をオンにする。とたんに死体の上にいつものおばあちゃんがにっこりたたずみ始めた。
「今日は私のお葬式に来てくれてありがとうね。わざわざご足労頂いてすいませんが、ささやかな会をどうかお楽しみください」
ゴソクロウ? へー、ご足労か。足の労働。確かに実際に世界の中を歩いて進んだのは珍しいことだから、ぴったりな言葉だと思う。おばあちゃんは設定されたその台詞を言い終わるともとのにっこり顔に戻って静止した。
「お揃いでしたら、式を始めさせていただきます」
と、業者の人が言う。三列くらい並んだパイプ椅子の、いちばんまえには機体でずらりと、オンラインから出て来るのが難しいおばあちゃんと同世代の人たち、二列目以降には実体の会葬者。たわむれにグラスを外すと、ぺちゃくちゃ喋ってる老人たちがぜんぶ一気に真っ白でつるつるした人形に戻る。またグラスを戻せば黒い着物やスーツをきた老人たちに。老人・人形・老人・人形・老人て遊んでたらちょっと酔った。
パイプ椅子に身をもたせかけて、始まったお経を聞くともなく聞く。お坊さんも当然遠隔参加だ。もうグラスを付けたり外したりする気は起きなかったから、お坊さんはちゃんとお坊さんの格好で祭壇の前に正座し続けて、よくわからない言葉を唱えてた。ふと興味が湧いて字幕をオンにしてみると、ちゃんとお経も翻訳されて表示される。
――シャーリプトラよ、
この世においては、物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、物質的現象で(あり得るので)ある。
実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。また、物質的現象は実体がないことを離れて物質的現象であるのではない。
これと同じように、感覚も、表象も、意志も、知識も、すべて実体がないのである。
なんだか難しいな、て解説してる記事に飛んでみて、意味がわかるとぶっ刺されたみたいにハッとした。ていうかこれ、機械すらない時のことばなのに、なんか今とスゲーリンクしてんの。仏? の言おうとしてたこととは違う意味なのかもだけど、生活の大半をオンラインで過ごして、ごはんと運動と寝るのにリアルに戻る、今の生活。当たり前にそうやって暮らしてきたけど、じゃあ私の身体ってなに。国から支給された栄養剤を飲んで、ハンバーグ、お寿司、オムライス、全部味知ってる、日差しや雨、風、知ってる。春の桜、夏の新緑、秋は紅葉冬は雪、知ってる、でもぜんぶ脳に与えられる感覚として。実体? どっちが実体なんだろ、もう私はオンラインが実体みたいにして暮らしてる。オンラインから落ちてリアルに来たら、そう、来たら。オンラインに戻ってリアルに行くんだ、私は、身体が有る意味ってなんだろ、すっと背筋を伸ばす、グラスの電源を切る。白い物体から音が絶えず流れる。声じゃない。白い物体がふとこちら側に正面を向ける、光がこちらに投げかけられる、目じゃない。卵型の下部にある穴が横に広がる、口じゃない! ほんものの頭ががんがんして、手首のリストが心拍上昇を察知してピピと音を立てる、仏壇の前にスクリーンが出た。かつて、おばあちゃんが若い頃に流行ったらしいSNSのアプリ、に投稿していた動画、若いおばあちゃんはリアルに居て、そこに合成された画質の悪いウサギの耳がぴょこぴょこ動く。動物園でにこにこ笑う五歳児のおばあちゃん、制服を着て高校へ通うおばあちゃん、VRゴーグルつけて大きな画面に向かってきゃあきゃあ言ってるおばあちゃん、オンラインに始めて入って撮ったスクリーンショット、そうしてリアルは呑み込まれていって、リアルの残滓のなかで暮らして、でもリアルにある身体だけはリアルから逃れられないから、こうやって死が訪れる。
「おつかれさま、式のあとは、宴会にしたから楽しんでいってください、さようなら!」
と記録されたおばあちゃんのデータがまた再生されて、式は閉じた。
おばあちゃんの葬式 永里茜 @nagomiblue
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