最終話 五年後

 五年後。僕は今、王都から遠く離れた長閑な街にある一軒家で暮らしている。街の端っこなので、あまり人は来ないから、本当にゆったりと過ごせている。

 そんな生活の朝は、毎回朝日が差してきて起きる。


「う~ん……」


 ソフィアさんが頼んだふかふかのベッドで目覚めるのも慣れた。


「あ、起きた?」


 寝室の入口から、ソフィアさんが覗いていた。


「ん……う~ん……! 起きた」


 昨日は三日ぶりにソフィさんが帰ってきたので、いつもよりも長かった。なのに、ソフィアさんは元気一杯だ。箸を持っているので、今も朝食を作っていたのだろう。


「この身体なら、僕の方が若いのに……」

「クリスちゃんは受けだからね。そっちの方が疲れるのは当たり前だよ」


 ソフィアさんはそう言いながら、ベッドの方に来てキスをしてくれる。それだけじゃなく、そのまま抱き上げられた。


「……こうして抱き抱えられる度に思うんだけど、僕って、結構成長しているはずだよなぁって」


 自分でも自覚出来るくらいには、身体は成長しているのだけど、こうして毎回のように抱き上げられると、本当に成長したのか怪しく思えてしまう。


「してるよ。ちょっと重くなったし、胸だって大きくなってるしね。それにまた可愛くなった」


 そう言ってまたキスをしてくれる。結婚してから、キスの回数が十倍以上に増えた。どちらかと言えば、嬉しい事だけど、いつするのかが予測出来ないのは少し困る。息継ぎの問題もあるし。


「愛してる」

「僕も愛してる」


 そこから何度かキスをした後、食卓へと連れて行ってくれる。


「あ、そうだ。朝ご飯、ごめんね。僕が作らなきゃなのに」

「気にしないで。今日明日は休みだからね。でも、クリスちゃんは、今日も仕事でしょ?」

「うん」


 僕は今、この街の治療院で働いている。元々働いていたし、錬金術とかで治療の幅も広がったので、結構頼りにされている。この仕事が休みの日は、ソフィアさんがいれば一緒に過ごし、ソフィアさんが仕事でいなければ、錬金術で男に戻れる薬の研究をしている。成果は……まぁ、駄目駄目なんだけど。


「じゃあ、洗濯とかも私がやるから。ゆっくり準備してね」

「うん。分かった。ありがとう」


 ソフィアさんに言われた通り、朝食を食べる。


「そうそう。お母さん達から手紙か来てたんだ」

「お義母さん達から?」


 ソフィアさんの両親とは、王都で二年間勉強した後で、会いに行った。ソフィアさんが言っていた通り、お義母さんは、僕とソフィアさんの馴れ初めを根掘り葉掘り訊かれた。基本的にソフィアさんが応対してくれたからどうにかなったけど、あのまま質問攻めにされたら、言わなくていい事も言いそうになったから危なかった。

 お義父さんの方は、僕に沢山のお菓子をくれた。小さい身体だから、子供のように思ってくれたのだと思う。

 元々男だったって事を伝えても二人とも受け入れてくれたし、とても良い人達だった。


「また会いに来いって。クリスちゃんの事気に入ったみたいだね」

「じゃあ、会いに行かないと」

「そうだね。来月くらいに行こうか。休みの調整もしないとだし」

「うん。分かった」


 朝食を食べ終わった僕は、仕事に行く準備をする。髪の魅了効果は、まだ抜けていないので、しっかりと髪は隠しておく。この五年で結構伸びちゃったから、髪は少し切った。どうなるか分からないので、切った髪は一応取っておいてある。


「それじゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」


 ソフィアさんとキスをしてから、家を出る。治療院までの道のりは、この三年間ずっと通っているので、問題は無い。

 そして、治療院で夕方まで働いたら、ソフィアさんが迎えに来てくれる。ソフィアさんとの事は、同僚も知っているので、目の前で抱きしめ合っていても変な目で見られる事はない。というか、三年間ずっとそんな感じだから、最近は羨ましがられている。

 ソフィアさんと手を繋いで家に戻った後は、夕食だ。夕食の方は、僕が作る。今朝は任せちゃったからね。そして、その後はお風呂だ。この部分は、ソフィアさんもこだわった部分で、家の中に作られている。いつも通り二人で一緒に入る。ソフィアさんが家にいるときは、絶対に別々には入らなかった。

 お風呂を済ませた後は、二人でベッドに横になりながら、色々と話す。今日話したのは、ソフィアさんが依頼に行っている時に、見聞きしたものだ。ソフィアさんが楽しそうに話すので僕も楽しくなる。でも、今日の話はそれだけじゃなかった。


「そういえば、掲示板に勇者が八つ目のオーブを手に入れたって」

「へぇ~、じゃあ、いよいよ魔王と戦いに行くのか。大丈夫かな?」

「結構苦戦したみたいだけど、ちゃんとオーブを手に入れられているし、大丈夫じゃないかな。それに心配よりも勝つことを信じる方が良いでしょ?」

「まぁ、そうだね」


 ソフィアさんの言う通りではあるんだけど、やっぱり少し心配だ。そんな僕の気持ちを読んだのか、ソフィアさんは優しく抱きしめてくれる。


「本当に優しい子。そんな子には、ご褒美を上げないとね」


 そう言って、ソフィアさんは僕の腰の上に跨がる。


「どちらかというと、ソフィアさんへのご褒美になってない?」

「なってない!」


 ソフィアさんは自信満々にそう言うと、最初に優しいキスをくれる。


「愛してる。この言葉、もう何回言ったかな?」

「分からない。もう数え切れない程聞いてるし、数え切れない程言ってる。今日だって、朝に言い合ったしね。僕も愛してる。この先何回でも言うよ。二人が死に絶えるまで」

「嬉しい。まぁ、このやりとりも何回目って感じだけど」


 本当に、下手したら毎週やっているやり取りかも。愛してるの言葉に到っては、一緒にいるときには毎日言っている気がする。それだけでも安らぎを得られる。

 でも一番の安らぎを得られるのは、もっと別の事だった。


「沢山キスして欲しいな」

「今日は、甘えん坊クリスちゃんか。良いよ。全力で甘やかしてあげる」


 そう言って、一晩中ソフィアさんに甘やかして貰い続けた。

 この三年間、こんな幸せな日々がずっと続いていた。そして、それはこの先も続く。例え男に戻れなくても、愛する人と共に暮らし、共に歳を取る事が出来る。そんな幸せな日々が。

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TS賢者は男に戻りたい 月輪林檎 @tukinowa3208

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