第39話 結婚の挨拶って事?
部屋に戻ると、ソフィアさんは旅支度をし始めた。
「明日発つの?」
「うん。早い方が良いと思って。まずは、王都で勉強しないとだしね。私はその間に、お金稼ぎと住むのに良い場所を見つけておくよ」
「あ、僕もお金を稼がないと」
「それは、今は考えないでいいよ。勉強を終えて、住む場所を見つけたら、そこで出来る事を見つければ良いよ。これからはずっと一緒になるんだから」
「でも……」
ソフィアさんにお金稼ぎを任せて、普通に生活するなんて、さすがに悪いと思ってしまう。そんな事を思っているとソフィアさんが抱きしめてくる。
「言ったでしょ? 住む場所を見つけたら出来る事を見つければ良いって。錬金術を勉強したら、別の仕事を見つけられるかもしれないしね。それか、治療院で働いても良いしね。取りあえず、今は、勉強に集中!」
「はぁ、分かった。もう少しソフィアさんに甘える」
「うん! それじゃあ、一緒に支度を調えよう」
「は~い」
二人で支度を調えてから、就寝した。そして、朝早く起き、王都へと向かう。ここからなら、乗合馬車があるので、それに乗っていく。半日も揺られていると、王都に着いた。馬車を降りて、王都の地を踏む。
「……久しぶりだなぁ」
「元々住んでいたんだしね。ねぇ、クリスちゃんのご両親に挨拶をしたいんだけど」
「えっ、結婚の挨拶って事?」
「そう。やらないとでしょ?」
「まぁ、良いけど……じゃあ、ソフィアさんのご両親にも挨拶しないといけなくない?」
僕がそう言うと、ソフィアさんは、困ったような顔をした。
「何か嫌な理由でもあるの?」
「いや……改めて自分の両親に挨拶って言うと、ちょっと恥ずかしいなぁって」
「まぁ、相手が小さい女の子じゃね」
「別に、そこは気にしないけど、根掘り葉掘り訊いてきそう……」
ソフィアさんが気になっていた事は、親に反対される事じゃなくて、僕との馴れ初めを訊かれる事だった。
「なるほどね。確かに、僕の親も生きていたら、色々訊いてきそう。何となく気持ちは分かったかも」
「ね? まぁ、挨拶をしないわけにはいかないし、ここでの勉強を終えたら、挨拶に行こうか」
「そうだね。それじゃあ、まずはお墓に行こう」
「うん……ところで、ちゃんと案内出来る?」
「出来るよ! 王都なら、ある程度の場所は把握してるし!
ここには何年も住んでいた。だから、本当にある程度の場所は把握している。把握していない場所に着いたらおしまいだけど、両親のお墓の場所も当然把握している。
「……多分」
「初めて、移動でクリスちゃんを頼りに出来ると思ったけど、その一言で一気に不安になったよ」
「任せて」
久しぶりの王都で、少し心配だったけど、ソフィアさんを案内出来た。途中、花屋に寄った関係で、ちょっとだけ道に迷いかけたけど。
今は、二人並んで両親のお墓の前に立っている。ずっと黙ってお墓の前にいるわけにもいかないので、ここに来た目的を果たすことにする。
僕は、一歩だけお墓に近づいた。
「あ、えっと……久しぶり。勇者パーティーとして、王都を離れる前日以来だね。あれから色々あって、ちょっと身体が変わっちゃったけど、元気にやってるよ。こっちは……えっと……この前、恋人になったソフィアさん。ものすごく良い人で、いつも助けて貰ってる。今日は、ソフィアさんと結婚するって報告のために来たんだ。こんな身体になったけど……それでも、僕を僕として愛してくれるソフィアさんと一緒になりたいと思ったんだ。だから、心配はしないで、見守って欲しい」
僕はそう言ってから、ソフィアさんを見る。すると、ソフィアさんも一歩前に出て、僕の腰に手を回す。
「初めまして、ソフィアと言います。私にとって、クリスちゃんはかけがえのない大事な人です。最初は、クリスちゃんの見た目に惹かれて、自分の欲求を満たそうと思っていました」
正直、この言葉は驚きも何も無い。実際、初めて出会ったその日にそういう事をしていたわけだし。
「でも、クリスちゃんと一緒に過ごしていく内に、クリスちゃんの持つ強さを知りました。誰かのために行動を起こそうとする事が出来るなんて、普通の人でもそうそう出来ません。ましてや、自分を犠牲にしてまでとなると、皆無と言って良いかもしれない。でも、クリスちゃんは、それが出来る人だった。クリスちゃんのそういうところに強く惹かれると同時に、少し嫌いだと思いました。それは、クリスちゃんを、私の手の届かない場所に連れて行ってしまうかもしれないからです」
ソフィアさんが言っているのは、多分地竜の時の話だと思う。あの出来事の後で、ソフィアさんは、僕が危険な場所に行かないように囲おうとしていたから。
「その事を伝えても、クリスちゃんは全く変わりませんでした。それだけ頑なな意志だったんです。もしかしたら、お二人もクリスちゃんのこういうところで、困らされたかもしれないですね」
両親が何度も頷いている姿を幻視した。それは、僕にも心当たりがあったから見えたものだろう。
「だから、お二人の分も私が守ります。クリスちゃんの身体もその意志も。例え、私の命が先に果てるのだとしても。全力で。私は、お二人と同じくらいクリスちゃんの事を愛していますから」
ソフィアさんはそう言って、僕にキスをした。お墓とはいえ、両親の前でキスをするのは、少し恥ずかしい気持ちがあったけど、二人の愛を見せるのには、最適な行動ではある。
ただ軽くキスをするのであれば、そうなのであって、長く貪るようにキスをするのはやめて欲しい。本当に恥ずかしくなってきたから。
「ふぅ……まぁ、そういう事。しばらくは王都にいるから、また来ると思う。でも、その後は、辺境に住もうと考えてる。こういう賑やかな場所じゃなくて、長閑な場所に。それでも、時々は戻ってくるから。じゃあ、また」
僕はそう言って先にお墓から離れる。ソフィアさんは、二人のお墓に深々と頭を下げてから追ってきた。
「さてと、早く宿を見つけようか。クリスちゃんを楽しみたいし」
「良い雰囲気を一瞬でぶち壊しにしたね。どんだけ肉欲に飢えてるのさ」
「だって、クリスちゃんが可愛すぎるんだもん。図書館とかは明日にしよう!」
「はぁ……分かったよ。これからずっとこんな感じなのかぁ」
「嫌?」
ソフィアさんは、少し悲しげな目でこっちを見てくる。その視線を受けて、僕は少しだけ目を逸らす。ただ、これは拒絶じゃない。
「別に嫌じゃない……激しくなければだけど」
「う~ん……善処するよ」
「絶対しないに一票」
「あぁ! そんな事言う子は、お仕置きだ!」
ソフィアさんはそう言って、頬を抓ってくる。僕は、軽く抵抗するが、まぁ、ソフィアさんに敵うわけもなく、されるがままだ。でも、これで良い。
これまでと同じ楽しい生活。これが、ずっとずっと続く。こんな身体になったけど、そのおかげで、本当の幸せを手に入れられた。今は、絶対に男の身体に戻りたいとは思っていない。でも、戻れたら良いな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます