第38話 何もかも諦める?

 残された僕は、その場で頭を抱える。


「クリスちゃん……」


 僕の状態を見て、ソフィアさんは優しく声を掛けてくれた。多分、色々と察してくれたんだと思う。


「部屋に戻ろうか」

「うん」


 ソフィアさんに連れられて、部屋へと戻る。そして、僕はすぐにベッドに身体を投げる。


「はぁ……」


 ソフィアさんは何も言わず、傍に腰を下ろして、僕の頭を撫でてくれる。僕から話し始めるのを待ってくれるらしい。なら、ちゃんと話さないといけない。


「僕の身体は、もう戻らないみたい。正確に言えば、戻すような薬はないみたい。それに、これから時間を掛けて元に戻るかも分からないって。でも、髪の方の効果は十年くらいあれば、抜けるらしいよ」

「そう……」


 出来るだけ取り乱さないように、冷静に話した。でも、溢れ出す涙だけは、止めようがなかった。ソフィアさんは、ずっと優しく撫でてくれる。


「元々の性転換の薬じゃ、どうしようもないなら、別の性転換の薬を作ればいいんじゃない?」

「ライミアが無理だっていうものを、僕が作れるわけがない……」


 ライミアは、僕でも性転換薬を五年で作れると言っていた。それは、恐らく材料自体は判明しているからだろう。そして、それは見つけ出せるところにあるという事だ。

 でも、それを改良するとなれば、話は別だ。ライミアは、錬金術の天才。でも、僕は違う。恐らく人並み以上に錬金術は使えるんだろうけど、それ以上にはなれないだろう。


「それは、まだ分からないんじゃない? これから先、クリスちゃんが勉強すれば、もしかしたら作れるかもしれないよ」


 ソフィアさんは、いつも僕に希望をくれる。それは嬉しい。でも、今は、その嬉しさよりも絶望感の方が強い。


「そう……かもね……」


 煮え切らない様子の僕に、ソフィアさんは上から覆い被さった。


「ねぇ……大丈夫?」

「大丈夫……ではないよ。この身体になっても、元に戻れる可能性はあると思ったから、ここまでやってこれたんだ。でも、元に戻れる薬を作れるかは分からない。絶望するには十分だよ……」

「じゃあ、何もかも諦める?」


 ソフィアさんの言葉に、反論しようとするけど、言葉が出ない。諦めたくないと思っていても、それは僕の表層部分だけ。心の奥底では、既に諦めている。

 反論の言葉が出ない事から、その事を実感した。僕は、ライミアの話を聞いた時から、諦めている。元の身体に戻る事を。


「でも、本当にそれで良いの? それが目的だったんでしょ?」

「だったら! どうすれば良いのさ! これからの人生を出来るかも分からない元の身体に戻る薬を探し続けろっていうの!? これから何度も絶望しろっていうの!? そんな人生嫌なんだよ! なら! もう諦めるしかないじゃないか!」


 こんなの意味のない八つ当たりだ。そんな事、分かりきっている。でも、止められなかった。自分の内から溢れてくるこの言葉を止める術を持っていなかった。

 こんな当たり散らした僕に、ソフィアさんは優しく微笑む。


「それじゃあ、諦めた後はどうする?」

「え?」


 予想だにしない言葉に、僕の脳は完全に思考停止する。こういう時は、きっと諦めさせない方向に誘導するものだと思ったけど、ソフィアさんは逆に諦めた後の事を訊いてきた。ずっと元に戻れると思っていたから、その後の事は考えていた。でも、諦めた後の事は、何も考えていなかった。


「……考えてない」

「じゃあ、それを考えよう。クリスちゃんは、これから何をしたい?」


 僕のやりたいこと。男に戻ったら、折を見てソフィアさんに告白したいと思っていた。でも、それを今すぐにやるのは、ちょっと緊張する。


「その様子だとやりたいことがあるみたいだね」

「うん」


 僕は覆い被さっているソフィアさんを押して、身体を起こす。押し倒されたまま告白なんて格好が付かないし。


「ソフィアさんは、ずっと僕を守ってくれた。それに、寄り添ってくれた。それが、僕にとってどれだけ嬉しかった事か。だから、ずっと傍にいたい。ずっと、ずっとずっとずっと……僕は、ソフィアさんの事が好き。大好き。僕と一緒になって欲しい」


 まっすぐ自分なりの言葉をソフィアさんにぶつけた。それを受けたソフィアさんは、笑っていた。


「それだと告白っていうよりも、プロポーズの言葉だよ」

「え、あ……」


 ソフィアさんに言われて、実際そういう風に聞こえる事に気が付いた。さすがに断られるかと思った次の瞬間、ソフィアさんが抱きしめてくれた。


「私も愛してる。ずっと一緒にいよう」


 ソフィアさんのその言葉を貰った時、また涙が溢れ出した。それは、さっきとは別の涙。悲しみじゃなく、嬉しさの涙。互いの気持ちを伝え合った僕達は、自然とキスをした。


「それじゃあ、王都に行こうか」

「王都に?」


 もう王都に向かう必要もないんじゃないかと思っていた僕は、そう聞き返した。


「錬金術の勉強をしに」

「でも……」

「これからの生活で、何をするか決めてないんでしょ? なら、錬金術を学びながら、新しい薬を探してみたらどうかな? 私も手伝うし。どこかの辺境に家でも買って、ゆったり過ごそう」

「ソフィアさんは、それで良いの?」


 ソフィアさんの提案は、ソフィアさんのこれまでの生活とは別のものだ。僕のためを思って言ってくれているのかもしれないので、しっかりと確認はしておかないといけない。


「良いよ。寧ろ、根無し草をやめるのに、良い機会だと思っているくらい。私の帰る場所になってくれる?」

「うん。なるよ。一生ソフィアさんの帰る場所になる。だから、勝手にいなくならないでね?」

「当たり前でしょ」


 ソフィアさんはそう言いながら、僕を押し倒した。


「まだ昼だし、お風呂にも入ってないよ?」

「火を灯したのは、クリスちゃんの方だよ。私は、もう抑えられない。愛してるよ」


 そこからのソフィアさんは、本当に凄かった。これまでが序章に過ぎないかのように責められ続けた。でも、その中に、ソフィアさんの愛を感じるので、辛いということはなく、心地よさがあった。そのまま日が沈むまで愛され続けた。


「さてと、そろそろ服を着て、銭湯と夕食に行こうか」

「ちょ……ちょっと待って……足腰が立たない……」

「仕方ないなぁ」


 ソフィアさんは笑顔でそう言うと、着替えを手伝ってくれた。着替えが終わると、ソフィアさんはドヤ顔でこっちを見ていた。


「こうしたのは、ソフィアさんなんだけど」

「でも、焚き付けたのはクリスちゃんだよ」


 僕達はそう言い合うと、互いに笑い合った。そして、夕食を終え、銭湯で身体を洗い終えると、宿へと戻った。

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