第37話 久しぶり

 扉から入ってきたのは、さっきも見たライミアだった。


「久しぶり」

「ああ、うん。久しぶり」


 僕とライミアの間で、沈黙が広がる。


「少し二人にさせてくれる?」

「分かった。向こうにいるから」


 ソフィアさんは、少し離れた場所に待機し、僕達は宿の入口近くにあるソファに対面で座る。


「身体の調子はどう?」

「まぁ、普通。身体は女性そのもの。身体的特徴も全てそう」

「って事は、あの日もあるって事ね。完全に女性になってる。性転換薬は成功。じゃあ、若返りの影響は? 力が上がったとか、疲れが取れやすくなったとかは?」

「特に。女性の身体になった事で、力が落ちたくらい」

「ああ……同時に使うと、そこら辺の情報は採れないか……今度からは気を付けよう」


 ライミアはそう言いながら、メモを取っていた。こういうところは相変わらずのようだ。


「それじゃあ、次は、こっちの番。僕を元の身体に戻して欲しい」


 向こうの問答に付き合ったのだから、こっちの問題にも付き合って貰う。


「無理」


 返答はそれだけだった。

 無理。この言葉の意味を理解するまで、時間が掛かった。

 無理。これは、実現が難しい事を意味する。

 つまり……僕が男に戻る事は出来ないという事だ。


「…………何で?」

「多分、性転換薬を使えば、元に戻れるって考えたんでしょ? だから、王都まで向かって、錬金術の勉強をしようとした。まぁ、クリスなら、五年くらいで作れるようになるだろうね。でも、それで元の身体に……性別に戻る事は出来ない。あの薬は、元来の性別を変える代物。今の状態から飲んでも、男に変わる事はない。効力が切れるかどうかも分からない。ただ、今日まで元に戻らなかったという事は、ずっとそのままという可能性が高いかな。若返りの方は、さらに若返る可能性はあるけど」


 ライミアは、丁寧に説明してくれた。ライミアが作った薬を、作り出す事が出来ても、男には戻る事は出来ない。それは、僕を絶望に叩き落とすには十分な言葉だった。


「なら、改良するのは……」

「これ以上の改良は思いつかない。そもそも性別を変えるという事自体が、色々と無理のある事だから。若返りの方も同じだけどね」


 この時、ライミアは、少し申し訳なさそうにしていた。そこが少し引っ掛かった。


「ライミアは、薬を飲んで、僕が死ぬかもしれない。それを承知で飲ませたんだよね?」

「えっ……あ、うん……そうだね。誰にも試した事がない薬だから、どんな作用になるか分からなかったから。それに、同時に服用していいものなのかも分からなかったし。本当なら、片方ずつ試したいところではあった」

「改めて、ライミアの口から聞きたいんだけど、何で僕に、二つの薬を飲ませて置いていったんだ?」


 僕は、この理由をアルスが残した手紙でしか知らない。そして、それはアルスが書いたもので、ライミア達からの言葉はなかった。だから、実際に、ライミアがどう思っているのかを聞きたかった。


「アルスから、クリスを置いていくという話を聞いて、それに賛成した。クリスがいなくてもやっていけるだろうから。その時に、アルスからクリスの見た目を変えるものはないかって訊かれた。クリスは、王様とかにも顔を知られているから、勇者達に置いて行かれたという情報が流れたら、何を言われるか分かったものじゃないからって。クリスが、自分から姿を眩ませたという事にしたかったんだって。そこで、若返りと性転換の二つがあるって答えたら、どっちも飲ませろって。そうすれば、誰もクリスが賢者のクリスだとは思わないだろうって」

「それで、死ぬかもしれないけど、飲ませたっていうの?」

「ちゃんとアルスにも説明した。効力がどのくらいなのかも分からないから、同時の服用は危険過ぎるって。それでもやれって言われた。だから、仕方なく飲ませた。どうなるのか分からないから、様子は確認していたけど、問題なさそうだから、そのまま置いていった。手紙に書いてあった事は、真実って事。ただ、一つだけ言えるのは、死んで欲しいとは思ってなかった。少なくとも私はね」


 ライミアから話を聞いた僕は俯いた。覚悟していた内容ではあったけど、実際に言葉として聞くと、ショックはかなり大きい。そんな状態だからか、自分の頬に触れながら落ちていく一房の髪に気付かなかった。


「その髪!」


 ライミアの言葉で、我に返った僕は、すぐに髪をフードの中に戻す。それでも魅了の効果が発動しないわけがない。僕は警戒しながらライミアを見る。

 でも、恐れていたような事態にはならなかった。ライミアは、変わらず椅子に腰掛けたままだったからだ。


「大丈夫。それは、私には効かない。実験の副産物で、私は状態異常に強くなってるから。でも、それは、どうしたの? 髪に、そこまでの魅了の力が宿るなんて」

「分からない。でも、薬の副作用だとは思ってる」


 僕がそう答えると、ライミアは指を口に当てて考え込み始めた。


「……どっちかのものじゃない。材料の中には、媚薬に使うようなものはあるけど、それは人に効果を及ぼすもの……髪に魅了の力を与えるようなものじゃない。副作用の一つとして考えていたのは、服用者の性的快感の増幅……もしかして、二つの薬を同時に服用したから、こんがらがって髪に魅了の成分が溜まったって事……? あり得ない話じゃない。私の髪だって、飲み薬でこうなった。成分が髪に溜まる事はなんら不思議じゃない……」


 ぶつぶつとそう言った後、ライミアは僕の方を見た。そして、口を開こうとするライミアを手で制する。


「もう分かったから大丈夫」

「あっ、声に出てた?」

「うん。そういうところは、変わらないね。身体は元に戻らないにしても、これを治す方法はある?」


 ライミアは、またしても考え込む。今度は、考えている事が口に出ていない。考察をしているのではなく、頭の中で確認を取っているからだ。


「成分が足されない限りは、いずれ抜けきるとは思う。それが、どのくらいかは分からないけど、十年ぐらいすれば、完全に抜けるんじゃないかな」

「十年……そう……」


 一生女性の身体と言われた時よりも、衝撃は少ない。治る可能性があるのなら、まだマシだからかもしれない。


「媚薬とかの服用は控えるようにして。それじゃあ、そろそろ私は戻る。アルス達には、クリスがいたって事は伝えないでおく。その方が良いでしょ?」

「うん。そうして」

「じゃあ、元気で」

「そっちも」


 そうして、ライミアと別れた。

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