第36話 何だろう? 偉い人でも来るのかな?
翌日。窓から入ってくる日差しで目を覚ました僕は、ゆっくりと上半身を起こす。それが出来るという事は、ソフィアさんが既に起きているという事だ。
「ソフィアさん……」
「あ、おはよう、クリスちゃん。ぐっすりだったね」
「おかげ様で」
身体を起こして、歯を磨く。磨き終わった後は、ソフィアさんからキスをされる。
「朝ご飯を食べに行くけど、大丈夫?」
「うん……何だかいつもよりお腹空いてる気がする」
「……一応、薬の用意はしておくから、いつでも言ってね?」
「……うん」
薬の一言で、ソフィアさんの言いたいことが分かった。今回は薬もあるので、この前のようにはならないはず。でも、若干心配にはなっていた。
この日は、ギルドには行かず、ソフィアさんと一緒に過ごした。今すぐに必要なお金はないし、ここまでほぼほぼ休み無しだったので、ソフィアさんにとってもちょうどいいと思ったからだ。
そして、翌日から三日程は、部屋の中に引き籠もる事になった。最初の時よりも薬のおかげでマシだったのは、本当に良かった。基本的にソフィアさんが傍についてくれているのも大きいと思う。
体調も戻ってきたところで、少し身体を動かすために、ギルドの練習場を借りて、ソフィアさんと鍛錬を始めた。軽い魔法も使って、攻めたのだけど、何故か斬れないはずの火まで斬られた時は、声が漏れた。
ソフィアさんの化物っぷりを実感した後、ギルドを出て行くと、凄い歓声が響いていた。
「何だろう?」
「さぁ? あっちの大通りからだね」
ソフィアさんと一緒に大騒ぎになっている場所に向かって進んで行く。そこには、人垣が出来上がっていた。
「ここからじゃ見えないね。一体、何なんだろう?」
「じゃあ、僕が見てくるよ。この小さい身体なら、小さな隙間を通って行けるだろうから」
そう言って、人垣の中に入っていく。
「あっ、ちょっ!?」
ソフィアさんの声が聞こえたけど、そのまま進んで行った。フードが取れないように押えつけながら進んで行くと、先頭から二番目くらいの場所に着いた。ここからなら、何があるのか見えるはず。人垣は大通りを挟む形で出来ている。つまり、間を何かが通るという事だろう。
(何だろう? 偉い人でも来るのかな?)
そんな事を考えていると、周囲の盛り上がりが頂点を迎えた。そろそろ僕の視界からでも、原因が見えてくるだろう。ちょっとわくわくしながら待っていると、息を呑む光景を見る事になった。僕の視線の先には、良く見知った顔がいたのだ。一時期、一緒にいた人達。
そう。この盛り上がりは、アルス達勇者パーティーの凱旋だったのだ。僕が元の身体に戻るために旅を始めた原因がいる。
僕は、すぐに隠れようと思ったけど、僕の今の姿を知っているわけがない事を思い出した。でも、いつまでも見ていたいとは思えないので、そのまま立ち去ろうとする。その瞬間、ライミアと眼が合った。あちらは、目を見開いて、こっちを見ている。周辺も一緒に見ているというより、僕を凝視していた。
そこで、僕はある事を思い出した。実験の結果を確認しないと気が済まないライミアの性分を。それを考えれば、ライミアだけは僕の姿を見たことがある可能性が出て来る。
僕は、すぐにその場から立ち去った。この人垣だ。一度潜り込んでしまえば、探し出すのは困難になるはずだ。
そのまま人垣を抜け出すと、少し離れたところからソフィアさんが駆け寄ってきた。僕が慌てて人垣から出て来たからだろう。
そして、何も言わずに、僕を抱き上げるとすぐに駆け出した。
「勇者が来てるって?」
「うん」
ソフィアさんは、既に事情を知っていた。多分、人垣の声の中に勇者という言葉があったんだと思う。
ソフィアさん越しに後ろを確認すると、ライミアが人垣から出て来るのが見えた。まさか、凱旋中に人垣を抜けて追ってくるとは思わなかった。
「何で、わざわざ追ってくるんだ?」
「クリスちゃんに、用事があるとか?」
「薬の経過を見たいのかもだけど……」
正直、大して恨んでいないとはいえ、さすがに直接会うのは気が進まない。
「しばらくの間、基本的に部屋の中にいようと思う」
「そうだね。それが良いと思う。銭湯に行く以外は、部屋にいようか」
「うん」
僕達は、宿の部屋に戻って一息ついた。ソファに寄りかかっていると、ソフィアさんが隣に座った。
「大丈夫?」
「うん。ちょっと驚いたってだけ」
僕はそのまま隣にいるソフィアさんに寄りかかる。
「やっぱり、この状況を利用した方が良いかな?」
引き籠もる事を決めたけど、ライミアが近くにいるという状況を利用して、元の身体に戻る方法を訊くという手もある。ただ、さっきも考えた通り、直接顔を合わせるのは、気が進まない。
「クリスちゃんが元の身体に戻る一番の近道だもんね。自分にとってどうするのが一番良いのか、しっかりと考えるんだよ? あまり時間があるようには思えないしね」
ソフィアさんはそう言って優しく頭を撫でてくれる。自分にとって、何が一番良いのか。それを考えないといけない。気が進まないと言って、一番高い可能性を切り捨てるのか。多分、これは馬鹿な判断な気がする。
「……やっぱり、ライミアに会いに行く。ライミアにだけ。他の皆とは会わない。それって、出来ると思う?」
「う~ん……追ってきたのは、そいつだけ?」
「うん。僕が見たのは、ライミアだけ。眼が合ったのもライミアだけ。ただ、ライミアが他の皆に話している可能性もあるかも」
「確かにね。じゃあ、一人になっているところを狙おうか」
「そうする」
そう言って立とうとすると、ソフィアさんに腕を掴まれた。
「一人で外に出るつもり? 迷子になって帰らなくなるでしょ。私も近くにいるよ」
「ありがとう」
ソフィアさんと一緒に部屋の外に出る。そして、宿から出ようという時に、僕達が開く前に扉が開いた。
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