第一部
第1話「義理の“きょうだい”が出来る……らしい?①」
ある朝のこと。
いつものように朝の5時に起床して、身支度を整え、洗濯をして、自室のベッドで枕を抱き抱えながら惰眠を決め込む母さんを叩き起こし、そして——朝食を準備している最中のことだった。
それは、突然やって来た嵐のように俺に衝撃を与えた。
「喜べ
「…………」
俺——『
何をいきなり訳のわからないことを……と思ったが、話を聞く前まで比較的冷静に“いつも通り”を順応させていた俺はすぐさま脳内をシフトさせた。昨日、母さんが酔い潰れて帰って来たことやら「かあさん、きょうもがんばりゅぞぉ〜〜」と酔っ払いの常套句のような台詞を口走っていたことやら、そんな母さんを見て「玄関で寝るな」と冷静なツッコミを咬ましたことなど。
……あぁ、なるほど。
と、俺は分析の中で現実的な
朝っぱらから何を言い出したかと思えば、どうやら俺の母親——『谷口
俺の家は母子家庭。父親は俺が物心つく前にいなくなった。
そうなれば、新しい父親(妄想の中の)との間に、新しい命が芽吹いたって何ら不思議ではない。だって、全ては夢の中——非現実な世界すら見れてしまってもおかしくない。
まったく。朝っぱらから思春期真っ盛りな息子相手に、そういう話は控えてもらいたい。
それに今更、妹や弟が欲しいとも思わない。
俺は、母さんがいつも笑顔でいる方がよっぽど嬉しいし。
「母さん……俺のために働いてくれてるのは痛いほどわかってるつもりだけど、そこまで疲れてるんだったら、今日は仕事休んだら? 何なら冷えピタもあるよ?」
「さっすが我が息子! 真面目だね〜!」
母さんは平常通りに俺を
どうやら熱が出たとかそういう類ではないらしい。ひとまず安堵した。
片手に握られたマグカップをテーブルの上に置くと、いつもの優しい笑みを浮かべて俺を見る。
「でも残念。これは夢でもなければ目覚めの悪い悪夢でもない。ましてや、疲れから見えた幻覚でもないんだよ」
「やっぱ疲れはあるんじゃないか」
「いーや、違う。観点を置くのはそこではないぞ息子さんや」
「今日はいつにも増して口調が安定しないな。何か良いことでもあったのか?」
「話を振り出しに戻させるつもりか? 聞き分けのない息子だな。私はあんたをそんな息子に育てた覚えはないぞ? いつでも、如何なるときでも、その人に合った適切な対応をしろ! ずっとそう言ってきたつもりなんだがなぁ。……もしくは遅すぎる反抗期、か!?」
「勝手に二次元の俺を創らないでくれるか? はい、トースト」
後、俺の二人称が『息子』となっていることに関しては、いい加減ツッコミを入れた方がいいだろうか。
「毎朝ありがと。お陰で遅くまで寝てられるわ〜」
「そのせいで遅刻しそうになったことが過去何十件あると思ってんだ」
「うーわ……冷徹な上司みたいな台詞だったわよ、今。……亮太、私のとこの課長と性格似てきたんじゃないの?」
「顔も名前も知らない上司さんと、何をどうしたら似せられるのか」
基本的には定時で帰って来る母さんだが、後輩さんの面倒見が良すぎるせいもあってか、よく飲み会の愚痴大会に参加しては、酔い潰れて帰って来る。
そのお陰も相まって、母さんを運びに来てくれる社員の人達の顔は大体脳内にインプットされてしまった。引き取るこっちの身にもなって欲しい。
そして、2日酔いになって翌朝起きて来なくなる。
大体がこんな流れだ。伊達に16年も母さんの息子をやっているわけじゃない。
「まぁそれもそうよねぇ。……おっ、今日はピザトーストなんだ」
「昨日の晩ご飯で使ったチーズが余ったから使おうと思って」
「へぇ〜。何作ったの?」
「グラタン」
事前に『今日は飲み会だから遅くなりま〜す! よっろしっくね〜』と、まるで同級生へのメッセージみたいな連絡を貰ってたし、どうせ1人で食べるなら、何か凝ったものでも偶には作ろうという発想になり、その場にあったものを組み合わせて作れたのが、グラタンだった。丁度、手が空いて暇だったし。
「いいなぁ〜! 母さんも、亮太の手作り料理食ーべーたーい!」
「子どもみたいに駄々捏ねるなよ……ったく。そう言うだろうなと思って、残りは冷蔵庫に保存してある」
「お、おぉぉーー!! さっすが我が息子! 出来る子に育って……!」
「つい数分前に『こんな息子に育てた覚えはない』的なこと言われた気がするんだが」
「言うと思うか? こんなにも優しい息子に、そんな酷いことを!」
「はぁああ……」
まったく……掌がコロコロと変わる人だな、本当。
台所の片づけを済ませ、俺も席に着いて朝食を食べ始める。
「いただきます」
今日の朝ご飯は、ピザトーストに卵とネギのコンソメスープ。飲み物はお好み(自由)だ。本当はサイドメニューにレタスサラダでも作ろうかと思ったが、思った以上に母さんを起こすのに時間を取られてしまい、断念することとなった。
義理の“きょうだい”との距離は、壁越し三センチ。 四乃森ゆいな @sakurabana0612
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