エピローグ
ヴェストエス地方・アルルカ州・同大都郊外。
モーンスバーン侯爵率いる二十万の大軍が、合戦していた。
決戦をしていた。
敵は“カイ=レキウス軍”、あるいは“夜の軍団”を僭称する賊軍だ。
帝国最西領であるアーカス州にて武装蜂起をするや、その火の手を周辺州へまで広げ、瞬く間にダグラカン一地方を呑み込むに至った。
アーカス州領主ナスタリア伯爵は当然、ダグラカン地方総督ウェールヅ侯爵ら大貴族たちは尽く、敵の首魁である吸血鬼に隷属させられてしまった。
まさに帝国開闢以来の大事変。大問題。
あまつさえ、賊軍はダグラカンを支配下に置いた余勢を駆って、隣接するこのヴェストエス地方まで侵略してきたのである。
始祖カリス帝よりこの地を賜り、よくよく治めよと勅命を受けたモーンスバーン侯爵家としては、必ず死守――否、賊軍を返り討ちとし、撃滅するのは義務である。
侯爵は早速、麾下二十一州の領主たちに召集令を発し、これだけの大軍勢を動員したという経緯だった。
これだけの大軍勢を動員してなお、劣勢に追いやられていた。
「あれはなんだ! あいつらはなんだあああああああ!?」
我軍最後方――最も安全な本陣で、モーンスバーン侯爵はわめき散らす。
丘に陣取ったその帷幕からは、戦場全体がよく見回せた。
賊軍が使役する“怪物”どもの姿が、暴威が、これでもかと目に入った。
例えば、両腕から電光を迸らせる無貌の巨人。
例えば、熱線のブレスを掃射する鋼鉄の魔竜。
例えば、天を翔け、竜巻を起こす四翼の怪鳥。
例えば、移動する底なし沼めいた異形の化物。
そいつら一体一体が、数万の軍勢に匹敵しよう戦闘力を発揮していた。
一騎当千どころの話ではない。
そいつらたった四体が暴れるだけで、侯爵が集めた二十万の大軍が蹂躙されていた。
賊軍の数自体は、わずか三万程度の寡兵だというのに!
「帝都魔道院の報せによれば、三百年前の大戦時によく用いられた、軍用ゴーレムだとか……」
「そんな話は聞きとうないわ! たかがゴーレムに、我が軍は為す術ないではないか!」
軍師として据えたベロキア伯爵の報告に、侯爵はわめき返す。
その間も四体の軍用ゴーレムは暴れ回り、丘の麓に布陣した侯爵軍のあちこちが燃え上がる。
その巨大な炎に炙られ、夜の空が明け明けと照らされる。
そう、今は夜だった。
賊軍は“夜の軍団”を僭称するだけあり、夜間にしか攻めてこないのだ。
実際面での理由もある。
「敵右翼! 吸血鬼部隊、来ます!」
本陣に舞い戻った伝令が、半ば悲鳴となって報告する。
カイ=レキウスと名乗る敵の首魁は、数百匹の
そして吸血鬼部隊は、こちらの兵の血を吸い尽くして、新たな
そうなったらもう終わりだ。
帝国への忠誠も恩義も忘れて、敵首魁の木偶人形となってしまう。
吸血鬼部隊にはナスタリア伯爵やウェールヅ侯爵をはじめとした、ダグラカン地方に領地を拝領した大貴族たちが、全員属しているという話だった。
つまりはここで賊軍に敗れれば、モーンスバーン侯爵らもまた、憐れ吸血鬼と堕す宿命だということになる。
そんな末路はゴメンだった。
死んだ方がマシだった。
絶対に負けられない戦いがここにあった。
「魔道士部隊に迎撃させろ! なんのために高い給金を払って、飼ってやっていたと思っておるか! 我ら大貴族への日頃の御恩、今こそ命懸けで報いてみせよ!」
「は、はい、侯爵閣下っ。しかし――」
「しかし、何だ!? 早く言えい!」
「もう遅きに失しております! 敵ヴァルキリーズが来ます!」
「なんだとぉ!?」
ベロキア伯爵が夜天を指した。
侯爵は釣られて仰ぎ見た。
漆黒の空を斬り裂いて、六の白い騎影が天翔ける。
煌びやかな武具と鎧を帯びた、
夜闇に呑まれぬその眩い輝きは、強い霊力を帯びた魔法の武具の証だ。
しかも六騎全員、見目麗しい娘たちで、敵首魁の寵姫だという。
「“夜の軍団”にローザあり! 筆頭騎士の武威、あんたたちの身を以って知りなさい!」
「なんの! カイ=レキウス陛下の一の騎士とはこのジェニのことだ!」
「だまされないで! 陛下の寵愛も最強騎士の武名も、どちらもメイリア・クルツのもの!」
ヴァルキリーズと呼ばれる敵ペガサスライダーどもが、次々と威勢よく名乗りを上げていく。
そのまま急降下して、侯爵の兵たちを蹂躙していく。
ただでさえゴーレムどもや吸血鬼部隊だけでも、手がつけられないというのに!
「こうなればもはや……護国の神にご降臨願うしかない」
モーンスバーン侯爵は、譜代の側近を振り返った。
絹布で包んだ何かを、恭しく捧げ持っていた。
中身は骨だ。人骨の中でも特に大きな、右大腿骨だ。
「よこせっ」
と侯爵が乱暴にひったくった声と、
「カイ=レキウスが来るぞ、カイ=レキウスが来るぞ♪」
女の歌声が突如聞こえたのは、同時だった。
「な、なんだ!? 誰だ!?」
「おまえをとって喰らいに、カイ=レキウスがやって来るぞ♪」
侯爵の誰何を無視して、その女は歌い続ける。
怖ろしく整った美貌の女だった。
最精鋭で固めた侯爵の本陣を、まるで無人の野如く歩いてくる。
忠義者どもが誰も、その闖入者を阻もうとしない。
それどころか、まるで見えない何かに縛られているかのように、動けないでいる。
「悪い領主はいないか? 笠に着る兵士や役人はいないか? みんな、みーんなとって喰らうぞ、カイ=レキウスがとって喰らうぞ♪」
そんな異様な光景の中を、美女が歌いながら歩いてくる!
「ええい、面妖な! 名乗れ、魔女! 無礼であるぞ!!」
「あらあら、無礼は果たしてどちらでしょうか?」
「何ぃ!?」
「我が君の御前ですわよ? 平伏しなさいな」
美女がそう命じるが早いか――その影から、無数の何かが噴き出した。
コウモリだ!
数えきれぬほどのコウモリだ!
そいつらが寄り集まって、融合し、人の姿へと化けていく。
吸血鬼の王が顕現する!
「選べ。今すぐにアルの骨を俺に差し出し、尋常の死を賜るか。あるいはこの俺の怒りに触れ、劣等種と堕す末路を歩むか。二つに一つ――さあ、どうする?」
覇王となった最強魔術師、永遠に魔術を研究するため転生するも、三百年後の治安が悪すぎて激怒する ~まずは世界を再征服するところから始めてやろう~ 福山松江 @mazfuku
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