第1話 "自称"聖女系ヒロイン

 ラシアン大陸のおおよそ中央に位置し、大陸を南北に分断するアプス山脈

その稜線を抉るようにして出来た不自然な鞍部、通称"竜の爪痕"の底にあるカナイド村は、3000メートル級の山々が連なるアプス山脈にあって唯一2000メートル台の山脈越え最短ルートであり北と南を繋ぐ物流の要所である


村の両端を巨大な崖に挟まれ、常に強風が吹き、そのため生活や移動の動力として風車が発展したこの村は、厳しい環境にも関わらず、豊かな物資と活気に満ちている



「ルターお昼ごはん出来たよー」


お母ちゃんが呼んでいる


「はーい!コイツぶん殴ったら行くわー」


さらりと物騒な事を言う私


今、6歳年上の男の子に馬乗りになって、拳を振り上げた所なのだ


「殴る前に帰ってらっしゃーい」


お母ちゃんも慣れたもので、ちょっとやそっとじゃ動じない


「はーい」


と、言いつつ


ゴツんと思いきりぶん殴る


「いでぇぇ!!」


叫ぶ男の子


おい叫ぶなよ、お母ちゃんにバレるだろ…


「こらぁ!ルタぁ!殴ってんじゃねえ!!」


ひぃ…バレた…


仕方ないので小さい声で


「おいコラ、クソガキ。これに懲りたら2度と悪さすんじゃねえぞ」


と、脅して男の子の顔面にアイアンクローする


「ぐああああ!!」


と、呻く男の子


同時に"治癒の術"で治療する


結構ボッコボコにしたから、コイツの親にバレたらまたお母ちゃんに怒られる


あ、別にアイアンクローをする必要はない


オマケだ


治癒を始めて少しすると


「おお、もう痛くない…」


すっかり傷も癒えて驚く男の子


「ほれ、もう行きな」


スカートのホコリを払いながら言う


しばらく地面を睨んでいた男の子だが


「次はこうはいかねーからな!このメスゴリラ!ゴブリンロード!バーカバーカ!」


と、捨て台詞を吐いて走って逃げて行った


よし、アイツ次あったら問答無用でぶん殴ろう




おっと、そう言えば自己紹介がまだだった


私の名前はルタ。


ルタ・リザーズ、9歳


清楚系…いや、聖女系ヒロインとは私の事


いや実際、学校が休みの時とかは教会の手伝いしてるから、ジジババにはホントめちゃくちゃモテるしね


なんなら、たまに拝まれてるし


これで同年代の男子にはモテないのが不思議


とは言え、同い年はジャガイモとタロイモとサツマイモみたいなイモ系三銃士しかいないんだけどさ


田舎だし


ちょっぴり背は低いけど見た目も悪くないし


自慢の赤毛を2本三つ編みにして、赤毛のアンみたいで可愛いと思うんだけどなあ


ホント不思議


で、お父ちゃんは、カムロ・リザーズ


鍛治屋と技師と金物屋?雑貨屋?


…何でも屋かな?


お母ちゃんは、リズ・リザーズ


元教師…って言ってるけど、ホントは武闘家だったんじゃないかと思ってる


怒ると怖すぎるんだよ、お母ちゃんは…


ゲンコツがいまだに見切れないのはお母ちゃんだけだ


お父ちゃんもボチボチ強いけど、私に甘くて隙だらけだから全然怖くない


で、さっきぶん殴ったガキは、先月越してきた貴族の…えーと…ボロ…ボレ…ボ何とか


名前は忘れた。ボ何とか君。


ココらの領主の何だかで、この村の何だかを何だかしに来たってお母ちゃんが言ってた


興味ないので知らんけど


私の友達コリンをイジメてたから、やめるように注意したらターゲットが私に移ったので、取り巻き含めて全員ボッコボコにしてやった


越してきて早々あちこちで迷惑行為を繰り返してて、暴行、万引き、カツアゲ、スカートめくり等々やりたい放題だったので、これに懲りたら少しは大人しくなるだろう


6歳も年下の女の子に6人がかりでコテンパンにされるなんて、私なら恥ずかしくて天岩戸あまのいわとに引き篭もるレベルだ


まあ、あのアホ共にそんな恥じらいがあるかは…ちょっと微妙だけど



あ!そんな事より、今はお昼ごはん食べに帰らないと!


今日は何かなー


今朝のスープ残ってるかなー


軽い足取りで自宅に向かう


しかし、すでにお母ちゃんが玄関で仁王立ちしている事を私は知らない





で、えーと…私は今教会にいます…


家に帰ってスグにお母ちゃんの鋭いチョッピング・ライトを頂戴し、申し開きした所、お昼も抜きで教会まで連れて来られまして…


お母ちゃんの雰囲気がかなりマジなので、正直ビビっています


貴族のガキを殴ったらやっぱダメか…子供のケンカなんだけど…


などと考えていると、神官のアラドがため息と共に口を開く


あ、アラドは父母の友達で教会の神官をしている、私に祝福をくれた人狼だ


「殴った事はともかく、あの息子に"治癒の力"を見られたのはあまり上手くないな」


アラドの重い口振りが事態の深刻さを物語っているが、私は一向に要領を得ない


この世界では主に薬師と、治癒師と呼ばれる聖職者が怪我や病気の治療を担っている


薬師は読んで字の如く、薬や毒のエキスパートであり、主に内科的治療をする


治癒師は神聖魔術によって外科的治療をはじめ解毒や解呪、お悩み相談(懺悔を含む)等と言った様々な医療行為を行う


で、私はさっき使った"治癒の力"を使って治癒師見習いとして教会の手伝いをしているのだ


公に治癒師とは認められてないし、そも神聖魔術は使えないんだけど、別に隠し立てする必要もなさそうなものだ


あ、モグリの治癒師って罰せられるとかあるのか?


ヤベーそこまで考えてなかった


「もしかして、治癒師じゃないのに外で"治癒の力"を使ったから?」


おずおずと聞いてみる


「いいえ、そうじゃないの。ルタの力、本当はとても珍しい力なのよ。だから村の外には漏れないように大人達と協力して秘密にして貰っていたの」


お母ちゃんに続いてアラドが問う


「ルタは、僕と君の力の違いがわかるかい?」


いいえ、と首を振る


「神のお力をお借りするか、しないかの差さ」


そう言って"治癒の力"についてを話し始めた


神聖魔術を修めた者は最後の試練として神との契約をする、契約に成功すると刻まれる術式が"治癒の力"なのだそうだ


それは神聖教会の始祖である導師ベルムンド・リガレアが神から啓示を受けその身に宿した術式で、それを今もそのまま受け継いでいるのだと言う


これまで何人もの魔術研究家が"治癒の力"の術式を解析しようとしたが、ことごとく失敗に終わった


曰く、人智を超えた神の術式なのだそうだ


ただ一つ、わかっている事は、魂の善悪を計る天秤が備わっているという事だ


心が悪に傾いた者には"治癒の力"は発動しない


また、悪に傾いた神官も力を使えなくなる


「それが僕の"治癒の力"」


なるほど、そう言う事か


「より悪いヤツほど私のような力を欲しがるってわけね」


「…ルタってホントに9歳?察しが良すぎて怖いんだけど…」


若干引き気味のアラドがお母ちゃんを見て言う


「でもまあ、そう言う事。誰でも治せる君の力は悪者達に狙われやすい」


「それはわかったけど、それとあのガ…お坊ちゃまに力を見られるのとどう関係があるの?アイツら一捻りだったけど」


て言ったら、黙ってお母ちゃんに殴られた


痛い!「どうせ大した事出来ないじゃん」って意味で言ったのに!


「彼らはああ見えて領主の遠縁にあたる家柄でね、でもあんな感じでワルぶっているもんだから、マフィア連中からすればカモがネギしょって鍋まで担いでるようなもので、スグに取り込まれちゃってね…」


「あぁ…」


わかる…としか言いようのない…


「見かねた領主のアーキン家が、お飾りの役職付けてこの村に飛ばして寄越したんだけど、そう簡単にマフィアが見逃してくれる訳ないからね。近いうちにガラの悪いのがウロウロし始めると思うんだ」


「彼らからそのマフィアに情報が漏れると今度は私が狙われるのね」


硬い表情で頷くアラド


うーん、でもまあ私強いしな


などとと考えていると、私の考えを見透かしたかのようにお母ちゃんは私を諭す


「子供のケンカじゃないの。いくらアナタが強くても、まだ9歳の女の子よ。武装した男に集団で襲われたら逃げられない。捕まったらどうなるかわからないわ」


だからね…と言って、アラドはポケットをさぐると


「ルタ、この指輪を持っていてくれない?そうしたら、いつでも僕らが助けに行ける」


小さな青い宝石のついた金の指輪に金のチェーンを通したネックレスを差し出した


いつかこんな時が来るかと思って用意しておいたんだ、とアラドは言い添えて差し出す


うん、まあ想像通り、付与魔術がてんこ盛りである…


ちょっと視る限りでも身を守る沢山の術と追跡の魔術が付与してあるようだ


アラドの過保護過ぎるネックレスを有り難く受け取り首にかける


「ありがとう、アラド。お母ちゃんも。私もちょっと気を付けるようにするよ」


「僕も村の皆もいるし、ルタのお母さんもお父さんも実はスゴく強いからね、滅多な事はないと思うけどね」


そう言って、アラドは笑う


私も笑顔を返す


とは言っても、守ってもらうばっかりってのは性に合わない


降りかかる火の粉は、火元ごと吹き飛ばす系ヒロインなのだ私は


ぐっふっふ…来るなら来い悪漢ども

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拝啓 お釈迦様、前世では修行とか色々頑張って来ましたが、どうもコチラには極楽とか無さそうですし、今世は煩悩の赴くままに生きたいと思います。かしこ パゴラ=パリ @pagpla_paris

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