拝啓 お釈迦様、前世では修行とか色々頑張って来ましたが、どうもコチラには極楽とか無さそうですし、今世は煩悩の赴くままに生きたいと思います。かしこ

パゴラ=パリ

プロローグ

「ようし、お前はそうだな…行きとする!」


閻魔大王が重々しい口調で宣う


生前、どのように生きたかを問われる最後の審判、白装束の私は恭しく頭を垂れ…


「ん?今あっちの世って言った?」


顔を上げて思わず聞き返す私


「こらっ!閻魔様に向かって無礼であろう!頭を垂れよ!!」


鬼たちが騒ぎ始める


やべーやべー


再び平身低頭するも


「いやでも、あっちの世って…」


やっぱり気になる


「こらー!!!」


お付きの鬼が物凄く怒って、わーわーってなった辺りで意識にモヤがかかって映像が遠のいてゆく


あ、目が覚めるんだなとボンヤリ自覚する


 ここはとある山奥にある密教寺院、私の周りを弟子達が囲んで涙を流していた


死を間近に控えた私は、昨日の昼頃から一段と深い眠りについていたようで、今も起きているのか眠っているのかよくわからない


ただ、弟子達の鼻を啜る音と嗚咽だけが、ぼんやり聞こえている


ここのところたいしてお腹も減らないし、身体に力も入らない。長く厳しい修行には耐えて来たけど、いかんせん老いには勝てないようだ


それでも、幾人かの弟子を取り、皆立派に成長した。まだまだやりたい事はあるけれど、ぼちぼちお迎えが来ても良い頃だろう


「皆、泣くでない」


私の声に皆顔を上げ涙を拭う


阿闍梨あじゃり…!まだ私には阿闍梨の教えが必要です!まだ未熟な我らには…うぅ…」


高弟の宗仁そうじんが声を詰まらせる


「なに、私もまだまだ未熟な身、輪廻の先でまた会う事もあろうよ、皆よく励みなさい…」


夢と現の間、生と死の間にあって、こうして沢山の涙に送られるなら、それもまあ悪くないわね…


一際深い眠りに落ちてゆく


遠のく意識の中で大勢の泣き声が聞こえる


……………


…………………


っはー!!あっぶねー!!死ぬ所だった!!


呼吸が苦しい!ゼーゼーする!


身体もしんどいし、あと何かベタベタする


耳もよく聞こえないけど、宗仁達はどこかしら?何かザワザワしてる…?


そう思ってキョロキョロしようとするが、思うように身体が動かない


まぁそりゃそうか、死にかけだし


「*********!」


聞き覚えのない声がする


あれ!?今の日本語だった??


聞き取りづらかっただけ?


…あ、さては珍念のイタズラだな?


アンタねー!こう言う時に変な冗談はやめなさいっていつも言ってるでしょ?!


私は叱りつけてやろうと精一杯の力で目を開くが、ボヤけて何も見えない


声は出るが上手く喋れもしない


「********〜」


またしてもさっきの声だけど


何?どう言う意味?私の事言ってんの?


今私、死の間際にいるんですけど?


ねえ、何の冗談-


って思ってたら、身体がふわふわっと持ち上げられて暖かい湯に浸けられた


どうやら身を清められているようだ


身体をよじって抵抗を試みるも、相変わらず思うように動かない


お湯から上がって柔らかい布でふきふきされながら、とにかく状況を確認する


とりあえず呼吸は落ち着いた


全身ダルいけど特に問題は無さそうだ


周囲では大きな影がせかせか動いているのが確認出来る


さっきまで私がいた辺りから、優しい声も聞こえて来る


場の雰囲気も和やかなようだ


危険な状況ではないらしい…てか、ここホントに寺か?


女性っぽい声があちこちから聞こえて来るけど、寺に女は私一人だったし


再びふわっとして、さっきの優しい声の方へ動き出す


「*******〜」


相変わらず何言ってるのかわからないが、私を運ぶが何やら喋って、降ろされたのは暖かくて柔らかくて、良い匂いのする…ああ、これは、この感触は…


本能的にわかる


そうか、私は今赤ちゃんなんだ


さっき死んだと思ったのに


こうして赤ちゃんとして生きているみたい


私は生まれ変わったという事なのだろうか


お母ちゃんに抱かれながら考えていると、またふわりと連れられて、どうやらベッドに移されたらしい


ああ、寂しい…


それにしても疲れた


お産だったのならそりゃあ疲れもするか


よし、とりあえず考えるのは放棄して、ひとまず眠る事にしよ





いやーそれにしても、まさか輪廻転生がホントにあるなんて信じらんないよなあ…


いや、教義だったんだけど


て言うか、いかんせん転生すんの早すぎじゃない?


あの世とかもうちょい感じたかったし


ワンクッション置いて、さ!次行こ!みたいな感じだと思ってたし


まだ死んだ実感すらないからね


てか、これ地縛霊とかのセリフだからね


などと、小さなベッドに寝かされ、天上天下唯我独尊ポーズでお釈迦様ごっこしながらボンヤリ考えている


そう言えば、お釈迦様もこんな感じだったのかな?いやでも、さすがにスグ喋るのは無理だよ。盛ってるよ絶対。


それにしても、赤子の生命力は本当にスゴイ


全身に"気"が満ち満ちている


すでに前世の私の全盛期を凌ぐ程だ


これが赤ちゃんとしての力なのか、生まれ変わる事によって何かしら成長した私の力なのかは、今のままじゃわからない


けれども、前世よりも高みに近づく事は出来そう…あ、ダメだ…お腹空いた…泣こう


「んぎゃあ、うんぎゃあ、おんぎゃあ」


私が大声で泣いていると、お母ちゃんが来て柔らかい乳を押し当てる


んまんまんま、お母ちゃんのお乳ンマー


お腹がいっぱいになるとブースカ寝る


この身体はとにかく燃費が悪いようだ


スグお腹空くし、スグ眠くなる


でも心は安らかで、赤子の生活も悪くないと、重たい瞼をどうにか持ち上げながら思う




そんなこんなで2週間程経ったある日、我が家に客が訪ねてきた


父母の友人で、私の出産祝いを届けに来てくれたようだ


その人は父よりもずっと大柄で、少し変わったニオイがした


恐る恐る私を抱き上げる手つきは優しく暖かで、静かな声で祝詞を唱え、私に風と大地の加護を与えてくれた


きっと聖職者か何かなのだろう


顔は見えないけど、とても優しい"気"を纏っていて、私は彼を大好きになった



彼は度々我が家を訪れ、私と遊んでくれた


産まれて半年を過ぎ、まだ良く見えないながらも違和感は感じていたが、1歳の誕生日を迎える頃には完全に理解していた


彼は人狼だった


私の名誉の為に言うけど、彼が人狼だったからと言って私の好意にいささかの変化もない


変化があったとすれば世界の見方だ


私にとって人狼という種族の存在は、天地がひっくり返る程の衝撃だった


架空の生き物だと思っていた者が存在して、その上私の友達なのだ


とても同じ地球上の事とは思えない


今際の際に見た夢で閻魔大王が言っていた「あっちの世」ってこれの事だったのかもな、などど思ったりするが、何にせよ今は情報が足らなすぎる



と、こんなムツカシイ事を考えながら実は私、ウンコを漏らしている


しかも結構前からオムツはパンパンだ


とても不快なんだけど、何故だか無性に申告を拒否したい気分なのだ


…あ、やべ…お母ちゃんが怪訝そうな顔でこっちを見てる


臭いでバレたか…?


オムツを替えてもらいながら、お母ちゃんの話を一生懸命聞いて言葉の勉強をする


今はウンコを放置した事に対するお小言を頂戴している最中だ


少し怒ったような口調で話していても、私がニコニコ聞いていると「こんにゃろー!可愛いんじゃーい!」と言いながら、お腹に顔をくっつけてブーってしてくる


くすぐったくてキャーキャー騒ぐ


元いた世界とちっとも変わらないな、と思う


でも同じじゃないんだよな、とも思う



この先私はどうしようかなと


この1年ずっと考えてきた


修行して魂の解脱を目指すのも良いかもしれない、生まれ変わった私なら前世よりも高みを目指せるだろう、知識も経験も、何より産まれたばかりで時間がある


しかし、この興味深い世界をよく知りたい、と思う気持ちもある


それに、前世では修行に明け暮れて、結婚もしなかった、もちろん子供なんているはずもない

弟子達が子供のようなものだった


ひ孫くらいの歳の"お母ちゃん"を見ていると、こういう幸せもあったのかもな、などと思ったりもする


て、言うか…大前提として、この世界に極楽なんてあるの?って所だ


似たような概念はあるかもしれないけど、そこに至る考え方は宗教によっても様々だ


明らかな異種族が存在するこの世で、同じ宗教は存在しないだろう



ふむ、と一つ息をつく


よーし、決めた




拝啓、お釈迦様


前世では修行とか色々頑張ってきましたが


どうもコチラには極楽とか無さそうですし


今世は煩悩の赴くままに生きたいと思います。


かしこ


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