緑の国 雨の初めて晴れた日

白木九柊

緑の国 雨の初めて晴れた日

 この国は砂漠だったことを知ったのは、雨女の処刑前夜のことだった。

 雨雲のどんよりとした灰色の長髪に薄汚れた囚人服。両目は巻かれた包帯で隠されていて、瞳の色が分からない。

 物語を語る報酬で柳の枝を渡す。その新緑を華奢な両手で大事そうに包み、


 ――君のいる国はきっと美しいって、そう言われたんだ。


 透き通った声で、切り出した。

 かつて、死の砂漠で緑を植えようとした子供の魔法使いがいて、村を追放された雨女がいた。


 魔法使いは種を運び、水の魔法で育て、砂漠を緑で彩り、しかしその度灼熱の空気と砂嵐に成果を刈り取られていった。

 それでも、魔法使いは愚直に己の精神、魔法、時間を砂漠に捧げた。 


 途方もない作業を笑顔で繰り返す姿を、雨女は理解できなかった。

 だから、魔法使いが寝る夜で、こっそり雨を降らせて苗たちを砂嵐と灼熱から守ったのは、きっと、村から追放された寂しさから逃れるためにすぎなかった。呪いを背負っている事実から少しでも目を逸らしたいだけだった。


「それは呪いのろいなんかじゃない。優しい呪いまじないだよ!」


 十年後、小さな湖を囲む小さな林で。

 うっかり見つかった雨女は、初めて魔法使いの感謝を受け取った。

 握られた手に伝わる温度と、魔法使いの頬を伝う雫は、雨女の知っているどの魔法よりも優しかった。

 その日、雨女は初めて自ら雨乞いの舞を踊った。

 踊って、踊って――踊り狂った。


 二十年、草原を前にはしゃぐ魔法使いの隣で踊った。

 五十年、初めてできた村で踊った。

 八十年、柳の木の下に魔法使いが眠りにつき、

 ――二百年、雨女が視力を失い、

 ――――千年、不吉の魔女と呼ばれ……


それでも、雨女は踊り続けた。


 ――見て、なんて美しい国でしょう。


 包帯越しに、処刑台を囲む緑に見えない目を向けて雨女が呟く。

 そして、斧が振り下ろされた。


 ――あ、晴れだ。


 緑息吹く国。

 世界一番美しい国の唯一の厄災。

 彼女の最後の笑顔は、とても幸せそうなものだった。

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緑の国 雨の初めて晴れた日 白木九柊 @sakakishuusuke

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