海辺の記憶

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海辺の記憶

 さあ皆さん。寄ってらっしゃい見てらっしゃい。今から始まるのは昔々の戦争時代、銃やら爆弾やらでどんぱちやっていた頃の話さ。


 このお話の主人公はこの日本から兵士として出ていった夫を見送った1人の妻の話だよ。








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 鈴木家








「孝一さん、死んで帰ってきたりしたら駄目ですからね。絶対に生きて帰ってくださいよ。」




「洋子。そんな事をここで言うものじゃない。どこで誰が聞いているか、わからないのだから。心配してくれるのは嬉しいが、気を付けなさい。お国のために死んで行け。なのだからね。では、行ってくる。お前も元気でな。」




「...。」




 鈴木家では今まさに生涯の別れであろう会話がなされていた。


 この戦争の時代で生きて日本に戻ることは奇跡である。皆、そう考えて、死ぬ覚悟をもって戦争に向かっていた。鈴木孝一、彼もまたその一人であり、しかし本気で妻の身を案じていた。




「行ってしまいました。今となってはもう一度会えるよう祈るしかありませんが。できれば無事に帰って来てほしいものです。」










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 あれはお付き合いを始めてすぐのことでしたね。


 そう、結婚をする前に海辺でデートをしたときのことです。




 よく晴れて、潮の香りがするとても綺麗な海を孝一さんと2人で眺めていました。




 彼は黙々な人でお話をするのはあまり得意ではないようでしたが、気遣いは人一倍素晴らしかった。私に対しても、家に入る時にも扉を開けてくださったり。つらそうにしていれば、休ませてくれたりと。




 正直、今の男性のイメージからはかけ離れていましたね。そんな彼だからこそ惹かれてしまったのですけど。




 波が引いて満ちる。その光景を飽きるまで見続けた私達は当時は珍しかったお弁当を開き食べることにしました。それからしばらくして、夕日が傾きはじめた頃、私達はどちらともなく帰り支度を始めましたね。そうやって家に帰ると必ずと言って良いほどに孝一さんの事を思い出していました。あぁ、懐かしいですね。そして寂しい。




 彼は今、どこで何をしているのでしょう。無事なのでしょうか。怪我はしていませんか?お腹も空かせてないといいですが。


 


 やはり、無事に帰って来てほしいものですね。






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「と、こんな風に思っていたのですよ。」




「そうなの?母ちゃん。」




「ええ、今となっては良い思い出です。」




「はっはっはっ。そんなこともあったね。本当にあの頃は大変だった。」




「でも、今では笑って話せるほどには落ち着いて、こうして、海辺の家で大好きな家族に見守られながらベットにいる。」




「本当にありがとうございました。孝一さん。それに良太郎、こうして、立派に育ってくれてありがとう。あなたのこんなに立派な姿が見られて嬉しいですよ。昔あんなにやんちゃだったのが嘘のようです。これからはお父さんを頼みますよ。2人とも本当にありがとうございました。お元気で。」




 そう言って息を引き取りましたとさ。

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