旅立ち


 翌朝。

 少し早起きをしてリビングへ向かうと、ソファの上にはヘッドギアを装着して寝転ぶ妹の姿があった。

 飽きないもので、昨晩は夕飯を終えてから就寝するまでずっとSDRWをプレイしていた妹は、母からこっぴどく叱られても尚ゲームに勤しんでいる。


 先に始めた同級生に早く追いつきたいとの思いがあっての行動だろうが、少々やりすぎではなかろうか。


 兄として妹の行動を咎めるべきか、と考えていると、どこからともなくアラーム音が聞こえてきた。

 音の出処はどこだろうと思えば、他でもないヘッドギアからであり、それから間もなくして妹がSDRWの世界から戻ってきた。


 そんな機能も付いていたのか、VictorR。


 「…ん?お兄なんでいんの?約束の時間まだなんじゃなかったっけ」

 「早いとこ朝食を済ませておこうかと思って」

 「ふーん、なんだかんだ言いながらお兄もSDRWにハマるんじゃないの~?」

 「そんなわけあるか。断り続けるのも面倒だからアイツに付き合ってやるだけだ」

 「またまた~お兄はハマると抜け出せなくなるタイプなんだからどうなってもしらないよ~」


 妹は兄をおちょくると、二度寝してくる、と言い残し自室へと帰っていった。


 流石は今まで共に暮らしてきた家族といったところか、自身の特性は見破られているようだった。

 事実、これまでの経験上熱中しやすいタイプであることは明らかであり、小学生の頃に参加したサッカー教室をきっかけにして、小中と部活に入り練習に明け暮れる日々を送っていた時期もある。それでも高校入学後は、自身より才能に溢れた同年代の活躍を見てとうとう入部することはなかったが。


 あぁなんだか嫌な記憶を思い出したな。


 約束の時間まで2時間と少し。

 まだ時間はあるものの、さっさと朝食を済ませて前準備に移るとしよう。






 トースト一枚にイチゴジャムを塗るという簡素な食事を終えて、ゲーム機器を手にリビングを後にする。

 ソファでプレイするのもいいかと一瞬考えたものの、無防備な姿を妹にでも見られて、笑いものにされる自身の姿を容易に想像することができたので断念した。見られるだけでは済まず、写真なんか撮られてしまってはたまったものではない。


 そんなわけで自室へと戻り、機器を接続してから、仰向けの体制でベッドに寝転びヘッドギアを装着する。

 一度行った操作は慣れたもので、スムーズにVictorRを起動しSDRWにログインすることができた。


 昨日と同様に、ゲーム内に構成された自室の中でルシアスは待っていた。


 「お?わ~旅人さんだ~おかえりなさい~待ってたよ~!」


 ルシアスは相変わらずの特徴的な語尾で迎え入れると、足元にぎゅっと抱き着いてきた。

 その仕草はとても愛らしい。


 「それじゃあ~昨日の続きから説明を始めよっか~」

 「あぁ今日もよろしく頼む」

 「りょうか~い!なるべくわかりやすいようにかみ砕いて話すね~」


 それからルシアスは手元のタブレット端末を操作して、空中にディスプレイを出現させた。

 SDRWの中では本当に何でもありなんだな。


 「まずは~この世界の説明から行っちゃおうか~。この世界には~194個の国々からなる13の大陸が存在していて~多種多様なモンスターやNPCが暮らしを営んでいるよ~」

 

 ディスプレイ上に地球儀が映し出される。

 が、その地球儀はよく見慣れた6大陸と3海洋が描かれたものではなく、13の大陸に分けられたものだった。

 確かに、これは広大なマップになるのも頷ける。


 「プレイヤーのみんなは~そこへやってきた旅人っていう位置づけになっているの~。旅人さんには~永遠の命と呼ばれるリスポーンシステム、つまりはゲームオーバーになった時に復活できる権限が付与されているんだけど~これには制限が存在していて~SDRWの世界で24時間経過しないとできないことになっているの~」

 「へぇ、なんていうか特殊なんだな」

 「うん。その理由はね~SDRW内で受注することができるクエスト機能に関係しているんだ~。あっ、クエスト機能っていうのは~誰かから受けた依頼や任務を達成すると報酬がもらえるっていう機能のことね~。普通のゲームでは~達成できるまで何度もやり直しができると思うんだけど~、SDRWはリアルさが売りだから~ゲーム内で死亡して一度失敗したクエストは再開することができない、一回限りのものにするために~リスポーンシステムに制限が課されているよ~」

 「……それって、不満とか出ないのか?」

 「ん~、一応ゲームオーバー対策に復活アイテムとか回復アイテムは充実しているから~そこまで批判は出てないって感じかな~。あ、あとこの世界では時間の流れが半減されるからね~、旅人さんたちの世界で12時間経過すれば再ログインできるようになるよ~。最初のころはリスポーンすることも多いかもしれないけれど~、アイテムをうまく使用したり~自分の能力に合ったクエストを受けたりして~レベル上げや資金調達に活用してね~」


 時間経過のスピードが半減される、ねぇ。

 つくづくSDRWを制作する際に用いられた技術力には驚かされる。


 「一応頭に入れておいて欲しいんだけど~、この世界のNPCの命は有限だから~クエストやイベント関連で失敗した結果、NPCが死んでしまうなんてことが極稀にあるよ~」

 「NPCは復活できないのか」

 「うん、リアルでしょう?まぁそういう重要なクエストは事前に警告画面が出てくるから~そういうのは避けたいなって人も~安心してクエストが受けれるようになっているよ~。そういうところにも注意しながら~クエスト機能を利用してみてね~」


 ルシアスは淡々とした口調で説明を続ける。

 NPCであるがゆえか、そこに同種のNPCに対する同情というような感情は感じられない。

 その様子が何だがとても不気味に思えた。


 まぁ、ゲームの世界に慣れていないからそんな感想を抱くのだ、と言われてしまえばそれまでだが。


 「注意点とかはそんなところかな~。もっと細々した説明は~後で装備一式と一緒に渡すから安心してね~。それじゃあ~昨日ログアウトするときに使ったそのペンダントについて説明をしよっか~」


 そう言って俺の胸元を指差すと、ペンダントの飾り部分がぼんやりと発光する。

 何かが中で動いたような気がした。


 「その中にはね~旅人さんの神器が眠っているよ~。もう知っているかもしれないけれど~、神器っていうのは旅人さんたち一人一人に与えられる武器のことね~。その姿形や色は多種多様で~一つとして同じものは存在しない、言葉通りオンリーワンの武器だよ~」


 これが噂の神器。

 眠ってる、ということは、初めから使用できるわけではなさそうか?


 「そうだよ~。神器はね~旅人さんのレベルが一定数上がるまで使えない決まりになっているの~。それまでに蓄積された~ゲーム内での言動や思考、性格などのデータを材料にして神器が作成されるからね~。好んで使用する武器や得意不得意なんかも影響を与えるよ~」

 「なるほど、面白いシステムだな」

 「そうでしょ~?だからもし使いたい武器の形が決まっているなら~最初の内はその武器だけを使うといいよ~。10%くらいの確率でその武器が神器として生み出されるからね~」

 

 確率低いな。そこは絶対ではないのか。


 「影響力が少ないんだよね~、ほぼ旅人さんの言動や思考に依存しているからさ~。あ、そうそう~一度作成された神器は変更できないから気を付けてね~。新しいソフトや機器を購入しても~サーバー上には旅人さんのアカウントと紐づけられた脳波データが永久的に残っているから~リセマラとかは絶対にできない仕組みになっているよ~」


 神器は自身の言動、思考などに基づき作成されるということは、映し鏡のような存在になるのだろう。

 自身のペンダントの中に秘められた可能性に期待を膨らませる。


 「作成された神器が~自分の思い通りのものではなかったとしても気を落とさないでね~。後々神器は~旅人さんのレベルや心情の変化、特殊クエストのクリアなどなどの様々なイベントを通して進化するから~色々な経験をして自分の神器を育ててあげてね~。ちなみに~いまのところは6段階の形態が確認されているよ~」


 進化って……このゲームには育成要素も存在するのか。

 こういったやりこみ要素が存在しているのも、SDRWに熱中する人々が増える一つの要因なのだろう。

 

 ルシアスは空中に浮かんだディスプレイ上に移る映像を切り替えながら、説明を続ける。


 「次に~神器の大まかな種類について説明するね~。神器には2つのモードがあって~1つ目はさっき話した武器そのままっていうモードで~、2つ目は人型やモンスターなどに変化できるモードだよ~」

 「武器が、変化するのか?」

 「うん。確か日本人ってそういうの好きなんだっけ~?神器には大抵元になったモデルが存在するからね~、モチーフになった存在が~変化先として投影されるパターンが多いよ~。まぁモデルとか~原典が存在しない神器も~一定数いるけどね~」


 そういう傾向があるというだけで、日本人全体が擬人化好きであるように思われるのはあらぬ誤解ではあるが。

 今まで考えたことなかったが、ルシアスのフォルムからしても、中々コアなファンが付いているのかもしれない。


 「……さてと~、旅立つ前に伝えておくべきものはもうないかな~。それじゃあキャラクターメイクの続きに移ろっか~」

 「まだ設定することがあるのか?」 

 「あと少し残しだけね~。まずはお名前から決めようと思うんだけど~希望するものはある~?」


 名前、か。

 いじり過ぎて変な名前になるのは避けたいが、いかんせんプレイヤー人口も多いし名前被りの方が心配かもしれない。

 覇琉から何か案でも貰っておけば良かったな。


 はてどうしたものか。


 「悩むようならチュートリアルの最後に決める~?」

 「悪い、全然思いつかなくて」

 「気にしなくて大丈夫だよ~なかなか決まらない人も結構いるからね~。じゃあ~先に初期装備とかを選ぼっか~。何種類かあるんだけど~どれにする~?」

 

 ディスプレイ上には、西洋の騎士たちが身に纏っていたような甲冑から、柔道や空手といった競技で用いられる道着、果てにはよくわからない着ぐるみといった変わり種まで映し出されていた。


 流石に甲冑とか着ぐるみの類はなぁ。

 なるべく動きやすい恰好を選びたいものだが……。


 「あ、これなんかいいかも」

 「それにする~?」

 「あぁ、これで頼む」


 目についたのは灰色のシャツに黒色のレザー素材のジャケットとジーンズ、足元はロングブーツと、どことなくスチームパンクの世界観を感じさせる服装だった。


 「お~け~。武器はどうする~?」

 「そうだな、初心者にお勧めの武器とかはあるか?」

 「う~ん、自分の戦闘スタイルとか~後々選択することになる職業とかも絡んでくることになるから~一概には言えないんだけどね~。扱いやすいのは短剣とか短刀とか~あとはナックルとかかな~、軽くて持ち運びしやすいし~、旅人さんたちの世界でも身近でしょ~?」

 

 まぁ確かに殴り合いの喧嘩を目撃したことはあるし、身近ではあるけれども。

 ナックルを初めての武器として選択するのは少し気が引ける。

 とすれば、短剣か短刀を選ぶべきか。


 「あくまでもアドバイスだから~、憧れの武器とかがあるならそっちを選ぶのも手だよ~。合わないなって思ったら~装備屋さんで買い替えることができるからね~」

 「なるほどな、まぁ今はそのアドバイスに従って短剣を選ぶことにする」

 「りょうか~い。それではルシアスからの~装備一式プレゼントで~す」


 ルシアスの声を合図にして全身が煙に包まれると、自身の恰好が選択した装備に切り替わった。


 「次は~初期リスポーン地点を選ぼっか~。最初に説明した通り~SDRWには194の国々が存在しているんだけど~初期リスポーン地点に選ぶことができるのは13の国だけなんだよね~。それぞれ別の大陸に属する国だから選ぶときは慎重にね~。初めの頃は~別大陸に行くのにお金がかかったり~渡航手段がなかったりして~色々と面倒だからね~」


 ディスプレイ上には再び地球儀が映し出されると共に、13の国の画像と簡易的な説明が付け加えられていた。

 どれもが魅力的な国であることには違いないが、覇琉との待ち合わせの約束があるので選択肢は既に限られている。


 「シナジァ王国で頼む」

 「はいは~い!」


 覇琉曰くシナジァ王国は初心者向けの初期リスポーン地点とのことで、レベル上げにはもってこいだとか何とか話していた。あまりに専門用語が多すぎて途中から理解しかねる部分も多々あったが、奴の言うとおりにしていれば失敗することがないだろう。


 「よ~し、それじゃあいよいよ最後だよ~。プレイヤーネームの案は出たかな~?」

 「あぁ…」

 「自信なさげだね~。物は試しだし~とりあえず言ってみなよ~!」


 自信がないというよりか、恥ずかしいという方が正しいのかもしれない。

 本名を晒すわけにはいかないが、第二の身体によくわからない名前を付けるのも憚られる。

 そもそもネーミングセンスが良いわけでもないので不安しかない。


 「えぇと、カナタ・ドラゴンハートはどうかと思ってるんだが」

 「お~!被りもないし、いいんじゃないかな~そのまま名前が入ってるならすぐに馴染むと思うよ~」


 ルシアスには俺のもう一つの懸念点も見透かされていたようで、その言葉に内心ほっとする。


 ゲームと現実は違うと分かってはいるのだが、耳馴染みのない名前で呼ばれるのに抵抗というか、違和感を感じてしまうのではないかと考えてしまった。

 だからできるなら自分の名前を、カナタという名前を含めたかったのだ。


 ラストネームは昔見た映画の主人公から拝借した。

 朧には龍の字が含まれているし、自分のプレイヤー名としては丁度いいだろう。


 「それで、お願いしようかな」

 「金糸夜ね~……うん、登録かんりょ~!これにて旅立つ前準備はしゅ~りょ~だよ~、お疲れさまでした~」

 「お疲れ様」

 「この後は~一度再起動してもらうことになるから~そのつもりでね~。ここまでで何か分からなかったところとか~あるかな~?」

 「いや、特には何も……あ、いや一つだけあるわ」


 思い出したのは昨日のログアウト時に起きた出来事。

 覇琉に心当たりがないか尋ねようとメッセージを送ってみたものの、補習に追われて疲れていたのか、返信が来ることはなかった。


 ゲーム内のAIとして存在しているルシアスならば何か知っているかもしれない。


 「昨日、ログアウト時に小学生くらいの背格好の女の子を見たんだ。黒髪に赤いワンピースを着てて、なんか幽霊みたいな感じだったんだけど、あれもNPCなのか?」

 「……そっか、旅人さんは選ばれたんだね」

 「え?選ばれたって、どういう意味だ……?」

 「ううん、何でもないよ~。きっと不具合かなんかじゃないかな~あとで調査しておくから気にしないでい~よ~」

 「…………」


 明らかにはぐらかされた気がする。

 口調もどこか変だったし。


 ルシアスは、選ばれた、と言っていた。

 一体何に選ばれたというのだ。


 昨日に続いて何か含みのある言い方をするルシアスに疑念を抱く。

 だが、始めたばかりの自分ではその疑念を解消することも、どうすることもできない。


 もしかしたらこれもSDRWにおける演出の一つなのかもしれない。

 今のところはそう思っておこう。


 「もう大丈夫かな~?それじゃ~再起動するよ~?」

 「あぁ大丈夫だ」

 「よ~し、再起動実行~!」

 

 ルシアスの掛け声とともに、先ほどまでの空間は消え失せた。

 一面が真っ暗になり、目の前には起動時同様にモニターのようなものが浮かんび、ダウンロードの状況を一刻一刻知らせてくれている。


 あと少しで始まる冒険に心が躍る予感を覚えつつも、言い表すことのできない不安感を抱いていた。

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Dungeon:404 埜日人 @Asato_Inakaya

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