キャラクターメイク


 約束の土曜日を目前に控えた金曜日の放課後。

 小テストも無事に終わり、覇琉からVictorRとSDRWの基本的な操作方法の説明を受けるはずだったのだが…。


 「ホントすまん!!小テスト赤点で居残りになった!!」


 終業のチャイムが鳴って直ぐに慌ただしく教室に入ってきたかと思えば、開口一番に謝罪の言葉が飛び出してきた。


 だろうな、という率直な感想。

 前回の小テストも前々回の小テストも、なんなら学期末のテストでも赤点取りまくって補習を受けていた歴戦の補習戦士の奴だ。今回も赤点取って居残り補習する羽目になったところで何ら不思議ではない。正直言ってハナから期待はしてない。


 ただ問題なのは明日の前準備だ。


 「補習で来れないってんなら俺はどうすればいいんだ?」

 「えーと誠に申し訳ないんですが、彼方くん1人でキャラメイクとか初期設定とかその他諸々の前準備を終えてもらいたいなーなんて……」

 「結局はこうなるのか」

 「ほんとマジですみません」


 いつも以上に申し訳なさで一杯なせいなのか、ぐうの音も出ないからなのかは知らないが気弱な様子の覇琉を責めることはできなかった。加えて、間もなくして英語科の担当教師が連行していってしまったので仕方なく帰路に着くことにした。






 「あ、お兄おかえり」

 「……俺の部屋で何してんの」


 家に帰り着くと自室には先客がいた。

 おぼろ未央みお、ついこの間9歳の誕生日を迎えたばかりの実妹である。


 いつもは日が暮れるまで同級生のお友達数名と遊んでいるはずの妹が何故自分の部屋にいるのかと思えば、その手にはVictorRのヘッドギアが握られていた。

 大方俺が帰宅する前に先に遊んでやろうとでも企んだか。


 「悪いけど未央、それで遊ぶのは明日…いや明後日にしてくれないか」

 「えー!!未央も早く遊びたい!!」


 やんわりとヘッドギアを妹の手から離せば、身振り手振りで駄々を捏ね始めてしまった。

 同級生の半数ほどが既にVictorRを所持しているらしく、特賞を引き当てて帰宅した際には、念願のゲーム機が家に来た事実に大喜びをしていた。直ぐに遊びたい気持ちを、母からの「お兄ちゃんが遊んだ後にね」という言葉で押さえ付けられて数日が経ち、痺れを切らして強硬手段に出てのことだろう。はてどうしたものか。


 「お兄はいつになったらそれで遊ぶの?!お兄が遊ばないと未央が遊べないじゃん!!」

 「い、今から遊ぶから…その後貸してやるって」

 「ほんと?!じゃあ未央、下で待ってるから!!終わったら遊ばせてよね!!」


 幼いながら語気を強めて兄を圧倒させると、妹は忙しなく階段をドタドタと降りていってしまった。


 ……早くキャラメイクと初期設定を終わらせないと、今度はどうやって詰られるか分からない。


 いつからあのように可愛げのない妹になってしまったというのだろうか、と物思いにふけりつつ、ヘッドギアに同封されていた説明書を取り出して、まずは熟読する。

 同梱の薄型ハードウェアとヘッドギアを束になった太いコードで繋ぎ、ハードウェアから伸びたプラグをコンセントへと差し込むと、VictorRが正常に起動したのか、青白いライトが機器の隙間から漏れ出た。初期不良等の心配はなさそうか。


 続けて、広大な草原が描かれたパッケージからSDRWのソフトを取り出し、ハードウェアの差し込み口にカチッという音が鳴るまで差し込む。ソフト自体はマイクロチップ並に小型であり、説明書によれば膨大な量のデータがネットを通じてソフト起動後にダウンロードされるらしい。チュートリアル程度のデータしかこのソフトには入っていないようだ。


 何はともあれ無事に準備を終え、後はヘッドギアを装着し、脳波チェックを行うだけである。

 今から体験することになる初めての感覚を予期して身体が身震いする。

 五感の完璧な再現などと謳っているのだ、期待するなと言われる方が難しい。


 二、三回程深呼吸をして呼吸を整えると、慎重にヘッドギアを装着し、仰向けになってベッドに身体を預けた。


 【脳波チェックを開始しますか? Yes/No】


 真っ黒な視界に突如として現れたのは、青白く発光するパネルだった。

 迷わずYesのパネルに手を触れる。

 ガラスに触れたときのようなひんやりとした感覚が直接伝わり、思わず感動した。


 これは……凄いな。


 脳波チェックが終わるまで手をグーパーしたり、バーチャル空間を歩いたりしていると、まもなく終了を知らせるアラームが鳴った。

 その瞬間、辺り一面が真っ白な光に包まれ、あまりの眩しさ目を瞑る。


 目を開けた時には、もう既に先程のバーチャル空間から場面が一転していた。

 モノトーン系のシックな家具で統一されたシンプルな部屋。その中で一際目立つ壁に貼られた好きなアーティストのポスターと机上に置かれた家族写真に移る四人の人影。……紛れもない俺の自室である。


  「ようこそようこそ〜SDRWの世界へ!!」


 どこから現れたのか。やたら陽気な声の主は、気がついた時には目の前に立っていた。

 ふわふわの白銀の毛並みに特徴的な縞模様、頭部の立派な耳はイヤリングで装飾され、その姿はどこかトラを彷彿とさせる。現実のトラと明らかに違うのは二足歩行をしている点か。


 「お〜分かる〜?ご推察のとおり僕はモデル:ホワイトタイガーのルシアスっていうよ〜SDRWではみんなの案内役を務めているの〜」


 どうやらこちらの思考は読まれているようで、ルシアスと名乗るホワイトタイガーの案内役は何とも気が抜けそうな特徴的な語尾の伸ばし方をして、話を続ける。


 「ゲームを開始する前に〜旅人さんにはここでキャラメイクをしてもらうことになってるの〜。ここはね〜旅人さんの一番印象が強い場所を参考にして作られた場所なんだよ~どうかな〜上手くできてる〜?」

 「あぁ完全に俺の部屋だな」

 「ほんと~?えへへ~頑張った甲斐があるな〜」


 ルシアスは照れるな〜などと呟きながら若干頬を赤く染めていた。案内役と名乗るのだからルシアスもこのゲームに組み込まれたキャラクター、つまりはNPCなのだろうが、感情豊かな表情や声色と、会話の受け答えをした限りでは到底信じることができないくらい自然な挙動をしていた。


 「……AIなんだよな?」

 「ん〜?たぶんそうなんじゃないかな〜?」

 「たぶん?」

 「僕ら案内役および~プログラムとして組み込まれたNPC全てには自我が存在するんだけど~自分がAIとしてこの世界のキャラクターとしての認識はあまりないんだ〜。でも僕らは~旅人さんの世界には帰ることができないし~旅人さんたちは僕らのことをNPCだって呼ぶから〜たぶんそういう存在なんだろうなぁって〜」


 AIが自己を作られた存在であると認識していないなんて有り得るのだろうか?

 自我を生み出すために元よりそのように作ったのかは分からないが、自分が知っているAIの想像の遥か上を行くSDRWのNPCに対して、何か得体の知れない生物がそこにいるかのように感じてしまう。


 「……まぁそれはさておき〜早速キャラメイクしちゃおっか〜」

 「あ、あぁそうするか。」


 そうだ。あくまでこの世界はゲームの中であって現実ではない。

 NPCのことを深く考えても仕方がないだろう。

 そうプログラムされたキャラクターなのだと思わなければ。


 初めて接するNPCに対しての感覚をうまく掴めないまま、キャラメイクの説明を受ける。


 「どんな感じにしたい〜?たっくさんあるからじっくり選んでいいよ〜」


 ルシアスは管理者用の端末と思われる白色のタブレットを何も無い空間から取り出すと、慣れた手つきで多種多様な顔のパーツを目の前に表示させていく。


 こういうのってなるべく本人と分からないようなキャラクターにするべきなのか…?

 無知すぎてオンラインゲーム上のアバター作成における勝手というものがイマイチ分からない。


 「そうだね〜自分がなりたい理想像をプレイキャラクターに投影する人が多いかな〜面倒くさがり屋さんは現実の姿をベースにして所々パーツを弄る人もいるよ〜」

 「へぇ詳しいんだな」

 「そりゃあね〜今まで4億人位の冒険者さんたちを担当してきたからね〜しっかり記憶してるよ〜。ちなみに〜キャラメイクだけで1ヶ月近くかかったら人もいるから〜参考にしてね〜」


 流石にそこまで拘るつもりはないが。

 ただ、それだけパーツの種類も豊富であり、微調整等を事細かにできるということだろう。尚更悩むことになりそうだ。


 「キャラメイクが完了した後に再変更とかってできるのか?」

 「できるよ〜。但し変更許可証っていうアイテムをショップで購入する必要があるからね〜本当に変えたくなったときは利用するといいよ〜」


 なるほど。これなら最初は時間かけてキャラメイクを行わなくても良さそうか。


 「ルシアス、俺の顔とほぼそっくりのパーツ配置を頼んでもいいか?」

 「まっかせってよ~!」


 覇琉との待ち合わせの約束もあるし、自身の顔パーツを基本として少し調整を加えることにした。

 俺をよく知る人物と遭遇した際には同一人物であることが分かる程度に。


 正直身バレとかの危険性はあるとは思うが、程ほどに遊ぶくらいでは害はないだろう。

 目立つ行動なんて微塵もするつもりはないし。


 髪の色や長さ、瞳の色など、ちょっとしたパーツを弄っただけに、そう時間はかからなかった。


 「できたかな~?」

 「あぁなんとか。この後はどうすればいいんだ?」

 「ん~本来ならこのまま初期リスポーン地点……要は最初に冒険の拠点とする街を選択してもらうんだけど~旅人さんはお友達と何か約束をしているんだよね~?」


 ルシアスはこちらの事情をくみ取ってくれるようで、キャラメイク後に行う諸々の前準備は約束の日に行えばいいのではないか、と提案してくれた。

 親切なその申し出に対し、有難く乗っかる。


 「結構いるんだよね~孫がおじいちゃんおばあちゃんを誘ってゲーム始めるとか~家族や友達同士で待ち合わせするとか~数回に分けてチュートリアルをやる旅人さん~」


 孫が祖父母を誘ってMMORPGを始める……?

 なんだかすごい時代になったものだ。


 「よ~し、キャラクターメイクの進行状況もしっかりセーブできたし~もう大丈夫だよ~」

 「もういいのか?」

 「うん、それじゃあ約束の日にまた会お~ね~」


 ルシアスは短い両腕をぶんぶんと大げさに振って見送りをしてくれた。


 案内役NPCという立場上、とても友好的な存在として設定がされているのだろうか。

 幼いころに見たアニメーション映画のキャラクターのように親しみがある。


 「あ、そういえばゲームのログアウト方法って知ってる~?」

 「……いや分からない」


 完全に盲点だった。


 「お~け~お~け~、そんなに難しい操作じゃないから大丈夫だよ~」


 ちょっとだけしゃがんでくれる?という声に、中腰のような姿勢で答える。

 ルシアスは、俺の首元にかけられたペンダントを引っ張り出すと、チェーンに通された飾りを掌で包み込むように指示してきた。

 

 ……あれ、ペンダントなんていつの間に付けたんだ?

 少なくともキャラメイクを行う前には無かったような気がする。


 「それはね~旅人さんにとってと~っても大切な証なの~。詳しいことはまた今度ここへ来たときに説明するから~いまは帰り方だけ教えるね~。そのペンダントをしっかり握りしめてくれるかな~?」


 ルシアスの言う通りにすると、目の前に新たなウインドウが出現した。


 【元の世界へ帰還ログアウトしますか? Yes/No】


 「そうそう~よくできました~。そのままYesを押したら元の世界に帰ることができるよ~」

 「了解。色々と今日は助かったわ、ルシアス。また次来た時もよろしく頼む」

 「どういたしまして、僕はここでずうっと待ってるよ」


 ルシアスにお礼の言葉を伝えると、一瞬どこか寂しそうな表情に変化したように見えた。

 だが、次の瞬間にはもう既に、元の和やかな笑顔へと戻っていた。


 気のせい、か?


 ルシアスの表情変化にほんの少しの違和感を覚えつつ、今日のところはログアウトすることにした。

 後に妹がログインしてくるであろうとの伝言を残して。


 「それじゃあまたね~」

 「あぁまた……っ?」


 ルシアスの手の動きに合わせて俺も手を振り返そうとしたとき、空間にノイズが走りそのまま固まった。

 先ほどまで流れていた軽快なBGMも止み、ルシアスも微動だにしない。


 接触不良かと思い、ペンダントを握り直そうとしたところ、ふわりとした何かが頬に触れる感触がした。

 見上げた先には見知らぬ少女が、空中に浮かんでいた。


 少女は腰あたりまでの長い黒髪に真っ赤なワンピースを着用していて、ホラー映画のワンシーンを見た時のように心臓が跳ね上がる。


 「……きみは、誰なんだ?」


 SDRWってホラー要素無かったはずだよな。

 とすれば、何らかの不具合が発生したのだろうか。


 早まる鼓動を抑え、恐る恐る声をかけてみる。

 怯えたところで相手はNPCのはずだ。

 返答が返ってくるとも思わなかったが。


 「……、………………、…………」

 「え?」

 「こ、に、ちゃ、だめ」


 少女の声には全体的にノイズがかかっていて、古いラジオから流れてくるような感じだった。

 途切れ途切れの言葉を脳内で補完したところでハッとする。


 「……ちょっと待ってくれ、それって一体どういうことなんだ」

 

 聞き返してみるものの、少女はまだ何か言いたそうにするばかりで、次の言葉は紡がれることはなく、そのまま空気に溶けていくようにすうっと消えて行ってしまった。

 

 と、同時にSDRWの世界から目覚め、視界にはヘッドギア内の薄暗い空間が広がっていた。


 ヘッドギアを外して一呼吸つく。


 現実と虚構の世界が入り乱れるような感覚に身体が混乱しているようだった。

 例えるならば、明晰夢を見ているような、そんな感覚。


 ……最後のあれはいったい何だったんだろうか。

 

 少女の発した言葉を思い出して全身が粟立つ。




 「ここに来ちゃだめ」




 少女も恐らくはNPCの一種なのだろう。

 それにしては余りにもなんというか、生身のような、妙な存在感があったような気がする。


 額に滲んだ冷や汗を拭いつつ、俺は一階で待つ妹にゲーム機を貸すため、自室を後にした。

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