《一年目》
1話 廃部
「あががががが」「痛えええわ!!」
「とっとと起きろこのサボり野郎が!」
耳を引きちぎらんばかりの勢いで男子が男子を掴む。全くもって酷い絵面であった。
サボり野郎と叫ばれた男子生徒が、小さい身体ながら必死に抵抗していた。
無意味である。
「容赦、容赦をしろ!」
「うるせえ会議中に突然意識を飛ばす部長が悪い」
「...それはそう」
「やり過ぎでは?」
針仕事をしながら、机の隅に座るヘッドホンの少年と話す大柄な男子。
「あれくらいしないと起きない。」
「じゃあ仕方ないね」
旧校舎の端の端。四畳半の教室。普段使う新校舎から離れた場所に位置するのが、演劇同好会である。
無論同好会であるが故にろくな活動をしていない。
「で、議題は」
「女子高校生とのラブコメのはじめかた」
「寝ますおやすみなさい」
「気合い入れて聞け最重要課題だぞお前」
「――アホか!!どうしようもないアホなのか」
「....しょうがないでしょ部長。最近2年付き合った彼女に振られたんだから話くらい聞いてやるのも面倒だけど仕方ないと思うんだよね」ヘッドホンを被り直す。
「微塵も気を使うつもりが無い言い方をするねお前も」
「恋愛とか興味ない」
「おい聞いたか部長...こう言う奴が一番しれっとした顔で彼女とイチャイチャしてるんだぞ」
「あのな」
「うん?」
「――振られるのも納得だわ」鼻で笑う。
「――表出ろ決闘(タイマンだ)」青筋を立てる。
取っ組み合いを始め、畳の上で暴れ回る男子高校生が二人。
いつもの様に眺め、各々好きなことをする男子高校生が二人。
それを楽しそうに眺めつつ、パソコンを開いている男子高校生が一人。
「はーいバカども注目、今年の新歓何するか決めるぞ」
「........」
「........」
「黙ってどうしたの。」
「なあ、新歓ってよ...」
「オレたち一年だよな?」
ぶかぶかの学ラン。まだ傷も少ない学生鞄。
まだ桜の花弁が残る、春先であった。
「そうだね、けど同好会もやらないと」
「やらないとどうなるんだ?」
「えっと確か学生手帳に...」取っ組み合いから離れ、がさごそポケットをまさぐる。
「あれえ...?」出てくるのは小銭レシートしわくしゃのちり紙。
「制服を汚すのが早過ぎる」
針を針山に刺して、胸ポケットから取り出した。
「これ?」
「流石早い」
「ありがと。えっと...読むね。“同好会については一定以上の活動を教職員による定例部活動会議に於いて承認する。顧問による報告書を以て設備利用の許可を承諾する”、」
「それで?」ヘッドホンの少年を横目に。
「...6人以上で部活昇格、生徒会から各部活に予算の支給」
「「金!!」」
「そう、金が出る。俺たちに取って一番大事だ」
「夏研出ようぜ!」少年が跳ねた。
「その前に新歓。それから会館でやるワークショップの1回目...それでもなんかしなきゃだ。それからスタッフさんと打ち合わせ、組み合わせ抽選会、それでやっと7月にリハからの夏研。」
「演劇部ってさ」
「...やること多いよ。」
「思ったよりハードだなあ....」
「しょうがねえだろ全員初心者なんだからよ」
「言い出した時とうとう....あぁ...って思ったけどよ」
「おいなんだその言い方」少年が詰め寄る。
「あれ観ちまったらな...」
「...中3の時の部活紹介だろ?カッケーよな!」
鞄から折り畳み傘を取り出し、片腕で振るって伸ばした。
「...ズバッと切って側転からの受け太刀!返す刀であれよあれよと斬りまくり残心.....」
風で舞い上がったちり紙が落ちた。
「あー...」「お前がやると」
「ダサい」「残念」「何だろうね...」「弱そう」
「酷え言われよう」膝から崩れ落ちる。
「は〜...。やりてえなあ、アクション....」
「衣装はどうするのさ」
「なんかこう...手持ちで作っ...」
「....安全用のマットは?練習場所。ここ四畳半だけど」
「柔道部の部室をお借りして、」
「あそこの顧問生活指導のおっかねえ爺さんだろ...?おれは無理 パス」
「刀は?」
「修学旅行のお土産の木刀を銀色に塗る」
「それただの木刀なんだよなあ」
ため息と頭を抱えた男子高校生が五人。
狭い部屋に諦めた空気が充満しようとした時、ふとノックの音が響く。
「んお?はあーい」少年が身軽に立ち上がり、引き戸を開けた。
無情髭の男。首から下げたネームホルダーに教員免許証。シワが寄ったシャツに辛うじてフォーマルな黒いベスト。高校一年生を担当する美術教師である。
「あれ?センセイじゃんどうしたの」
「お前らこそこんな所で何してんだ....?利用許可は。入部届は。」
「用務員さんにいいよって言われました」
「今書いてま〜す」
「.....あのなあ。鍵は」
「...開いてました」片手で持ち上げる。金属音。
「閉め忘れた.........」額に手を当てる。
「ここセンセイの教室だったの!?」
「見れば分かるだろ。旧美術準備室」
「これそうやって書いてあったんだね」
太陽光で褪色してぼろぼろに崩れたルームプレートを大柄な男子が見た。ちょうど目線のあたりか。
「センセイ!ねーねー頼み事あんだけど」
「こも「...断る!」
「なんで!」「忙しいからだ」「...週1ニコマ2学年4クラス分しか振り分けられて無いのに」「どっどこでそれを」「ほらほら今フリーでしょぉ〜お兄さん」「キャッチの言い方で迫るな何処で覚えた」「ちょっとくらい良いだろ!こいつに名前書くだけ!」「ねえ!」「書かない、もうやらない」「生徒を助けると思って」「センセイ〜〜ねえお願い!!」「ねえってば、」
「...ああもう五月蝿い、いい加減にしろ!!!」
廊下に怒鳴り声が反響して、暫く残る。
少年がびくついて座り込んだ。
「....悪い。言い過ぎた」
「会議始まるから戻るよ、ごめんな」
足音が遠ざかり、教室から離れた階段を下る音も消え去った。
「...どうしたんだろ」
「なんか訳ありっぽいけど」
「しょうがない、他の先生に頼もう」
「――嫌だね」
「は...?」「あんな嫌がってんだぞ、無理に...」
少年がまっすぐに言い放つ。
「センセイ、経験者だ」
「何を根拠に」
「声!腹から出てただろ」「前に本で読んだんだ、発声方法があるって」
「いやでも教師なら当然...」
「あんなすぐに出せる?お腹動いてたし」
「...腹式呼吸」
「そうそれ!やってたんだよ、だから部屋もすぐここ来たんだ」
辺りを見渡し、ドタドタと走る。
「こいつ...畳!これ、あれだあれ....」
「ゴザだね、舞台で平台の上に敷いて畳っぽくする」
「そうだよ、だからここ、多分」
「部室だったんだ、演劇部の」
開けた窓から、幾らか桜の花弁が吹き込んで来た。
否。
桜を模した紙吹雪が、部屋に散らばった。
花籠から吹き荒れる様にして、夕陽に混じり辺りを染め上げていた。
高校演劇のはじめかた 雷鳥 @Laichou
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