宣言





 静かだった。

 まるで日が淡く照る中で優しく、ほんの少し冷たく降り続ける恵みの雨みたいに。

 眼差しも、一挙手一投足も、雰囲気も、ぜんぶが。

 見ていると、王子として常に感じる圧力や焦燥が消え失せた。

 かっこいいな。

 ああなりたいという憧れが、いつからか傍にいたいという欲求に変わった。

 声をかけたことなど一度たりともないのに。

 せめてもう少し自信が持てるようになったら。

 話さなくていい理由をつけて、遠くから見るだけ。


 このままでいいのか。


 疑問は次第に大きくなる。

 理由もどんどん増えて行く。

 一目見ることさえままならない日々が増えて行く。


 会えない不満とだれかに先を越される不安がどんどんたまって行ったのだと思う。

 或る日、思い立った。

 告白しよう。

 










「いけません。八の方」

「放せばか早く助けろ!」


 舞と涼に助けられた石化した人間は王の八番目の子である少年、八の方だった。

 八の方は護衛役を買って出てくれた先生の腕を振りほどこうとしたが、叶わなかった。

 ばか。

 吠えた八の方の視線の先には、身体のところどころが石化する舞の姿があった。


「マンドレイクの呪いだろ!?」

「いいえ、違います。魔法使いにマンドレイクの呪いはかかりません」

「なら何だよ!?」

「舞が自分の力で乗り越えなければいけない試練なのです。どうか、お願いします。このまま見守っていてください。本当に危険だと判断したら、私が助けます」


 ふざけるなさっさと助けろ。

 八の方は真っ赤な顔で先生を睨みつけたが怒鳴りはせずに、ただ怒りを堪えるために荒い息だけを吐き出し続けた。

 舞だけを見続けた。

 完全に石化したかと思えば、ぱらぱらと石が崩れ落ちて、また石で覆われて。崩れ落ちて。

 何度繰り返したことだろう。

 抗い続けている。

 八の方は静かに涙を流した。

 どうしてかは、さっぱりわからない。

 ただ、目が、鼻が、胸がひどく痛んだ。

 駆け走って、好きだと伝えたところで、届かないと確信したからだろうか。

 今は。まだ。




「八の方」

「大丈夫なのか?」

「はい」

「ならいい。手間をかけさせてすまない。送ってくれ」

「はい」


 ながい、長い時間だった。

 八の方は石化を完全に解いてほうきで飛び去った舞を背に歩き出した。

 遅い時間なのでもうほうきに乗りませんかと、先生は言わなかった。


「先生には負けないからな」


 静かな好敵手宣言に、先生は受けて立ちますと微笑んだ。

 大事な生徒なのだ。そんじょそこらの人間に任せる気は毛頭なかった。











(2022.5.30)


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うたかたのきざはし 藤泉都理 @fujitori

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