必要




 白のタキシード姿の七の方は片手を繋いだまま、もう片方の手で思い切り頬を叩いた。

 好きだとこたえた涼の頬を。

 涼は不平も疑問の言葉も七の方に言わなかった。

 舞にはひどいことをしたと実感していたからだ。

 けれど、必要だった。どうしても。だって。


「七の方。舞も好きだよな?」


 涼はまっすぐ七の方の瞳を見つめた。

 七の方は目をそらさずに肯定した。


「好きだから、悩んだ。どうするか。涼の手を取るか、舞の手を取るか、二人の手を取るか、二人の手を取らないか。悩んで、悩んで、なやんで。涼の手を取ることにした。涼が今の私には、必要だからだ」

「そっか」

「がっかりしたか?」

「いや別に。いや。うん。まあ、そうだよな。舞もすてきだもんな。俺の方がもう少し好きだから。とかじゃないんだよな。そりゃあそうだ」

「涼」

「なんだよ?」

「私はこれからさらにあなたをがっかりさせる」

「断言か」

「ああ。私は、私の性を選べるかどうかわからない。女か、男か、どちらもか、どちらでもないか。もし選んだとしても、あなたの好む性かどうかわからない。しかしあなたの希望を聞くつもりもない。それでもいいのか?今だけだ。この手を離せるのは。もう、今後はない」

「ああ。俺も」


 涼は繋いでいない七の方の手を取って、両の手を握った。

 選んで、七の方は変わるかもしれない。

 今とかけ離れた、想像もつかない人になるかもしれない。

 それでも。


 好奇心旺盛で少し危なっかしいこの人が好きだ。

 負けず嫌いで運動勝負で必死にくらいついてくるこの人が好きだ。

 くるくると瞳の表情を変えるこの人が好きだ。

 ここにいるのに遠くに存在しているかのように掴みどころのない不思議なこの人に、不安になって、同時に、どうしたって惹きつけられる。

 どれだけ変わったとしても絶対にこの人の魅力は失われない。


「俺はずっと七の方が好きだ」

「………なまえ」

「ああ」

「教えるから」

「ああ」

「私の名前を呼んでくれ」

「ああ」


 涼は七の方の名前を呼んで、そっと、かすめるだけの口づけを交わした。













 

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