エピローグ 非日常な日常
第39話
「やっぱりボクのせいだ……ボクが悪いんだ……」
「だーかーら! そんなこと一言も言ってないじゃん! お願いだからめんどっちぃ性格にならないで!?」
三月二十七日。春休み初日。
私はリンゴと一緒に、近くのマカロン屋さんへと向かっていた。
いつもなら母親が買い足してくれるのだけど、喧嘩中なのでお菓子の補給を断たれている。隣町まで歩かなくてはならないのは億劫でも、背に腹は代えられなかった。
「……それは、どういう意味?」
私たちの会話を物珍しそうに聞いていたゴエモンが、一世代前のスマートフォンをいじりながら混ざってくる。充電しても電源がつかず、電気屋さんでリサイクルすればと提案したらジト目で拒んできた謎の一品だ。追ってきていた『回収屋』はどうなったのかと聞いても「……勝った」としか言わないし、今でも追われていないのが不思議なくらいだった。
「いやね? 最近の柚って夜になると飛び起きることがあるじゃん。やっぱりあれって、ボクが気絶してる間に嫌なことでもあったんじゃないかなーって」
「……確かに、心配」
「でしょ!? あーあ、ボクがもっと上手く柚と逃げてればなぁ」
そう言ってぶー垂れるリンゴの手は、私としっかり握られている。リンゴの体はあの一件が終わってから、どういう理屈か――綿の使い過ぎとか――で体が縮んでしまった。ただでさえ小さかった身長は今では小人系マスコットキャラ級で、放っておくと風で飛んでしまいそうで心配になる。
という明確な理由があるから手を繋いでいるのにまるで私が甘えるようになったから心配だとか云々――私が心配なのはリンゴだっつーの。お互いに心配してどうする。
「やっぱり柚に暴力を振るわせたのがまずかったなぁ。なんだかんだで優しいんだもん」
「……柚は、ヘタレ?」
「いやそうは言ってないよ!?」
ゴエモンはあれ以来、人と積極的に話すようになった。私とはまだきごちない会話しかできないけれど、不思議と居心地は悪くない。なんと言うか、知ろうとしてくれる感覚があるのだ。一緒に暮らすようになってから、その感覚が日に日に増している。
「はい、この話おしまいっ! 折角マカロン買いに行くんだからさ、もっと女の子っぽい会話しよ? ね、リンゴはどの味が好き?」
「ボクたちはマカロン食べれないし――はぁ、柚は話を変えるのが下手だなぁ」
「……くさはえる」
掌を叩いてみたりしたのに、『魂物』コンビは辛辣だった。あとゴエモンはどこで言葉を仕入れてるんだ?
確かに二人ともマカロンを味わう味覚と消化する器官がないので、私の話題転換はミスだったと言える。でも、泣いたり笑ったり、私と同等かそれ以上の人間性をもって接し合える存在を、モノだからと区別して話すのは難しかった。
彼と向き合ってしまったように。
鏡の『魂物』舞浜旭は、後日になって『回収屋』立ち合いの元で灰になった。「洗脳」という、『魂物』の中でも特殊な能力が危険視され、研究所などに送られることもなく燃えた。焼却炉の前で洗脳可能な人数や特性を洗いざらい吐いてから、自らの手で燃え滾る焔へと身を投じたらしい。
それに応じて旭の管理を黙認し、自らも利用していた父親の舞浜浩二は懲戒処分を受け、今は留置場で取り調べを受けている。なんでも「女子高生に人生滅茶苦茶にされた!!」と騒いでいるようだ。つまらないお昼のワイドショーも筋の通らない供述の数々に彩られ、大いに盛り上がっていた。
なにせ父と娘の両方が犯罪に加担していたのだ。
攻撃できる大義名分ができると、日本人は陰湿で容赦がない。
浩二は何者かの手によって動画配信サイトにばら撒かれた部下への「洗脳」を仄めかした脅迫、ひいては地位を利用したセクハラの数々が流出し、久留里はスーパーで私をいびっていた動画が拡散された――紫パンツが映り込んだせいで「ムラムラパンツギャル」と呼ばれているのは秘密だ――。
「――ぇ、ねぇってば!!」
「あ、ごめん。なんだっけ?」
羊毛フェルトをしながら流し見していた番組も、ここ数日は真面目に眺めている。
情報を整理しながら物思いに耽る時間が長くなったせいで、リンゴたちが案じる理由を作ってしまっているのだけど。
「やっぱり聞いてなかった! もー、そんなんだから心配になるんだよ」
リンゴは掴んでいる手を上下に揺すり、空いている指で脇腹をつつく。人間の仕組みを理解し始めたのか、最近では指先を細かく揺らしてくすぐるようになった。口端が上がらないように抑えるのも一苦労である。
「で? なんの話してたの? ファッションの話とか?」
ゴエモンが普段と変わらぬ巫女服を着ているのに反して、リンゴはオフショルダーにチョーカーという大胆な格好だ。肩を出すなど破廉恥だ! なんて古臭い偏見を持っているわけではなくとも、道行く人(主に男)にリンゴの肌を見られるのがなんとなく嫌だった。
チョーカーに関しては、傷の縫い跡を誤魔化すためにつけてもらっている。久留里につけられた裂傷は帰ってからすぐに縫合したものの、家庭レベルの腕前ではどうしても跡が残った。「ボクたちの絆の糸だよ!」と言って隠すのを拒もうとしていたが、流石に恥ずかしいので辞めてもらった。
「あー、当たらずとも狙わずみたいな……?」
「……遠からず」
「そうそれ! 遠からずとも当たらず!」
「……逆」
「え?」
正解を教えるだけのはずが妨害になっている……!
「だーもうゴエモンうるさい!」
「……変な言い方するリンゴが悪い」
わーわーぎゃーぎゃーと騒ぐ二人。出会った当初は距離感を測りかねている部分もあったのに、今ではすっかり仲良し? だ。ゴエモンが日本語の実力をつけているのも大きく、前まで流していた部分にも言及するようになっている。
「その、当たらずとも遠からずの話題って結局なんなの?」
「礼記って、いきなりなに言って――――――あ、そうだった」
しかし二人だけに任せていると会話がどんどん脱線してしまうので、今回も私が助け舟を出した。この前は天気の話から焼肉のタレの種類にまで話が飛んだし、今回も例に漏れず飛躍する寸前だった。
「……久留里の話なんだけどね」
ぴく。
唐突に核心をつかれて頬が硬直するのと同時に、言葉の意味を理解する。
確かにサイケデリックな色合いでなくとも、リンゴの格好は久留里が着ていそうなセットではある。リンゴに合うサイズがインターネット通販でそれしかなかったとして、自分を見下ろして想起してしまうのは嫌だろう。
「いいよ。話してみて」
もちろん他にも伝えたいことがあるのは承知の上だ。リンゴが上目遣いでモジモジしている時は促してあげた方が口の回りがいい。
私の根幹へと踏み込む話題でもあるので、向こうから切り出すのは珍しかった。
「やっぱり殴ったこと……後悔してる?」
「ふむ」
後悔していないと言えば、嘘になる。
久留里は旭の力を使ってクラスメイトや教師を洗脳していた屑で、自分だけの完璧を求めていたどうしようもない人格破綻者だ。旭の力がなくなってからの失墜具合がそれを物語っているし、学校から停学処分をくらったと聞いてもなにも思わない。
ただ、殴った当時のことを思い出すと、自分の手がどうしようもなく汚れてしまったようで怖くなる。被っていた被害を考えれば当然だとしても、誰かの人生を不幸にし、『魂物』の魂を終わりへと導いたのは紛れもない事実で。
ややこしい思索を重ねながら、私は本音を紡いでゆく。
「後悔はしてるけど……」
もう嘘はつかないと決めていた。
どちらを選んでも後悔すると知っていながらケジメをつけたのは、そうしてでも掴み取りたいものがあったから。
「リンゴがずっと一緒にいてくれるなら、頑張れる気がする」
「――! なに柚そんないきなり、恥ずかしいなぁ。えへ、えへへへへ」
リンゴは照れながら、ぎゅっと掌を握る。
私も負けじと、握り返して。
「……ふたりだけの世界に入るの、ずるい」
「いーだ。柚はわたしのものだもん!」
「――今度は、ゴエモンの持ち主も探さないとね」
桜の舞う並木道を、私たちは並んで歩く。十七歳を間近に控えた私の人生は、これからどう芽吹いてゆくのだろう。
後悔も失望も落胆も、人よりしやすい性格だから、きっと誰よりも暗くなる。
そんな時に照らしてくれる存在と出会えたなら、君はそいつを手放しちゃいけない。
自分勝手な人間も、誰かのためなら輝けるもんだ。
なんて、大人ぶったりしてみたり。
シトラス・メタモルフォーゼ 飴色あざらし @AMEIROAZARASHI
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます