第3話 理科室のこっこさん(2)

「ふっ。ざまあないわね。少しは懲りたかしら」

 腰に両手を当ててビシッと指を立てる彼女こそが私が会う目的としていた相手。といれの花子さんだ。そんな彼女に挨拶もそこそ私は詰め寄ってしまう。

「ちょ、ちょっとちょっと。は、花子さん。や、やりすぎですよ。助けて貰ったのはありがたいですけど、な、何も殺す事ないじゃないですか」

「殺す? 何を言ってるの?」

 でも、私の慌てた様子も何のそのという感じで彼女は不思議そうな顔を浮かべた。

「な、何って。だから、こ、こんな。ほ、骨になるまでやるのはマズいでしょ」

 どうも上手く話が通じていないような感じの彼女に私は尚も言い募る。

 しかも、そんな私の顔が余程滑稽に見えたのか笑い声すら上げ始めた。

「ふっ、あははははははははは。まだ、貴方分かってないみたいね。ははははははははは……ああ、おかしい。そんな心配は無用なのにね。よくごらんなさいな」

 言われて彼女が指さす方向を見て私は大声を上げてしまった。

「え? ええええええええええええええ!」

 正直余り人骨など見たくなかったが、言われたので仕方なく目を向けてみた先。そこには、何と今の今、バラバラになって転がっていた骨が転がっていたのだが。

 それらが少しずつ一人でに動きだしたのだ。そしてそれらがゆっくりと一点に集まっていったかと想うと、今度は猛烈な勢い組みあがっていく。しかも、

「もう~。花子ちゃん、酷いのかしら。少しは加減して欲しいのかしら」

 その骨は女性の声で口をきいた。

「貴方が調子に乗るからよ。彼女は私のお友達なの。好きにはさせないわ」

「お友達? コッコッコッコッコッコッコッコッ! 貴方に人間のお友達が出来たのかしら。それは面白いのかしら」

 その声は先ほどまでこっこさんと名乗った女性の声そのままだった。でも、骨だ。声帯とかとかどうなってるんだろう……とかそういう問題じゃない。骨が動いて喋ってる?

 でも、驚いている私を後目に二人は普通に会話を交わしている。

「そう? でも、私は貴方に笑われるのは面白くないのよね。これ以上馬鹿にするなら今度は粉みじんにされてみる?」

「じょ、冗談じゃないのかしら。勘弁してほしいのかしら」

 言われたこっこさんは骨のまま慌てた様に手を前でプランプランと振り大げさに震えながら拒否の構えを見せている。

「あ、あの。花子さん。この人は?」

 私は置いてきぼりにされていた分を何とか取り戻そうと花子さんに話しかける。

「あら、貴方は聞いたことない? こいつの存在、まあ、もう知られていていないかもね。私と違ってこんな所に押し込められて、今じゃほとんどの人に忘れられている存在ですものね」

 嘲るような視線を向ける花子さん。対してこっこさんは顔(?)を赤くして怒り口調で言葉を返す。

「し、失礼な事言わないで欲しいのかしら。アタシの噂を聞いて今でもたまにやってくる子達がいるのかしら。理科準備室の骨格標本、こっこさんとは私のことなのかしら」

 それを聞いてやっと私も思い当たった。

「ああ。そういえば聞いた事あるような気がします。理科準備室の骨格標本が動くっていう話」

 つまり彼女はその学校の七不思議の一つ、動く骨格標本なのだ。

 思い返せばこの部屋に入った時人はいなかったが、奥に骨格標本があったのが目に入っていた気はする。それが彼女だったということだろう。

「あら、残念ね。人間のお友達がいないっていう貴方が知っているって事はそこそこ知られてるってことじゃない」

「う……。べ、別に私の事はいいじゃないですか。と、兎に角、じゃあここは本来こっこさんの住処だったんですね。寧ろ私の方がお邪魔しちゃったって事ですか。それはすみません」

 そもそも、今目の前に居るといれの花子さん。彼女は扉がある所ならどこにでも移動できる存在だ。前に呼び出した時はトイレだったのだが、別にトイレに拘る事もないらしいので、人気のない部屋を見つけてそこで彼女を呼び出そうと考えていたのだ。が、ここには先客がいたのだ。 

「コッコッコッコッコッコッコッコッコッ! そんな風に謝られるとくすぐったいのかしら。気にすることはないのかしら」

「そうよ。こんな奴の事は気にすることは無いわ。そうだわ、いっそあんた出て行きなさいな。ここは私とこの子と密会の場に使わせてもらう事にしましょう」

 花子さんは冷たく笑いながら言って私の肩を引き寄せる。

「そ、そんなああ。それは酷いのかしら。ここを追われたらアタシは行く所がないのかしら」

 対してこっこさんはうるうると涙を浮かべながら抗議の言葉を発していた。因みにどこから涙が出ているのかという疑問は考えるだけ無駄だろう。

「うるさいわね。いう事が聞けないなら、バラバラにして二度と戻れない身体にしてあげましょうか」

「は、花子さん。こっこさんの言う通りそれは酷いですよ」

 再び争いが始まりそうな雰囲気を感じ取った私は間に割って入る。花子さんは不満そうに口をとがらせていった。

「貴方もお人良しね、さっき襲われかけたの忘れたの?」

「それはそうですけど。でも、特に何かされたわけじゃないですし」

 確かにこっこさんに迫られたとき少し怖かったが具体的に何かされた訳ではない。思い返すと危害を加えようとしたんじゃなかったように思えた。

「そうなのかしら。ちょっとしたイタズラなのかしら」

 こっこさんもカクカクポキポキ音を立てながら頷き返した。

「そうですよね。あの、こっこさん。ごめんなさい、でも、良かったらお昼の時間とか放課後とか少しここを使わせてもらってもいいでしょうか」

 その上で提案だった。私としてもこの部屋を使わせてもらうのが一番都合が良いからだ。

「ん~構わないのかしら。ただ、アタシもお願いがあるのかしら」

 こっこさんは頭を少し傾げた後私に向かって言ってきた。

「えっと……お願いってなんでしょう」

 私は恐る恐る聞き返した。

 何だろう。相手は人間ではない。聞けるお願いとそうじゃないものがあるが。

「アタシがここにいるっていう噂を広めて欲しいのかしら。アタシ達は人に知られることで存在意義が生まれるのかしら。人に知られなくなったら消えてしまうのかしら」

「そ、そういうことですか。分かりました。やってみます」

「そんな安請け合いして大丈夫?貴方伝える相手がいるの?」

 花子さんは眉をしかめながら私に言ってくる。うう、中々痛いところだ。でも、

「他のクラスには少しお喋りする相手もいますし頑張ってみます。花子さんはいいですか?」

 花子さんは腕組みしつつ考えた後、片目をあけて、

「ま……。貴方が良いならいいかもね。その変わり私たちの邪魔をしたらいつでも……」

 言った後にこっこさんに目を向ける。

「べ、別に邪魔はしないのかしら。賑やかなのは歓迎なのかしら。いつでも待っているのかしら」

「じゃあ、決まりですね」

 契約成立。私は安堵して胸をなでおろした。するとそんな私に花子さんがいった。

「それより、あなた。お弁当食べちゃわなくていいの? お昼の時間は限りがあるんでしょ」

「え? あ、いっけない」

 時計を見ると大分時間が過ぎてしまっている。慌てて私はお弁当箱を広げて箸をつつき始めた。

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といれの花子さん 山井縫 @deiinu

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