何者かと対立している状況を書く(1200字)

「上がれ、上がれ上がれ上が――あー、クソッ! なんでだよ!」

 まただ。また下がった。

 ここ最近ずっとこうだ。値上がりを見越して買った銘柄が、かならず値下がりする。かならずだ。

 もしかしたら目利きの腕が落ちているのかと思い、試しに買わないで様子見することもあったが、そのときはちゃんと値上がりしていた。俺が買ったときだけなぜか下がるのだ。これはいったいどういうことなのか。偶然ではありえない。

「……まさか、誰かが価格を操作してるってのか?」

 株は買い注文が多い時には値上がりし、売り注文が多い時には値下がりする。つまり需要と供給だ。ある銘柄に対し、値上がりすると見込んだ投資家が多ければ、彼らは値上がりする前に株を買いたいので注文が殺到した結果、実際に値上がりする。逆に値下がりすると思えば、その前に売り逃げようとするため売り注文が増え、やはり値下がりする。つまり投資家の予想が、実際の行動によって現実になるのだ。これは俗に予言の自己成就と言われる。

 実のところこの仕組みは、じゅうぶんな資金力のある人間がその気になれば、たやすく悪用できる。本来なら複数の投資家の思惑が重なることで変化する株価を、莫大な資金で大量に売買することにより、好きなように操作できてしまうのだ。

 俺の目利きは正しい。一方で、その能力はけっして卓越しているわけではない。多くの投資家が、俺とほぼ同時に同じ予想を導き出すだろう。そしてだからこそ、俺が株を買えば数分以内に価格が変動するはずなのだ。実際これまではずっとそうだった。にもかかわらず、株価は俺の予想を裏切っている。ということは、だ。

「誰かが俺に損をさせようとして、株価を操作してるんだ。そうに決まってる」

 犯人に資金力があり、俺の注文を把握してさえいれば可能だ。それしか考えられない。

 俺は手始めにPCのウイルスチェックを走らせてみた。犯人が仕込んだスパイウェアを見つけるためだ。しかし何度チェックしてみても、スキャンには何も引っかからなかった。

 となると、物理的に画面を覗き見しているのかもしれない。デスクの背後には本棚がある。そのどこかに監視カメラが仕込まれているはずだ。俺は本を一冊一冊調べた。おそらく中身がくりぬかれて、そこにカメラが隠されているに違いない。

 けれども、いくら探してもカメラは見つからなかった。なぜだ? では、犯人はどうやって俺の注文を把握している?

 そこでふと気づいた。最近、猫を飼い始めたのだ。家のすぐ近くで捨てられていた子猫を、つい拾ってしまった。今も俺の足にすり寄っているこいつは、取引中はいつも俺のひざに乗っている。

「……まさか」

 もしこいつが実は猫型ロボットで、犯人が遠隔操作で俺の注文を盗み見ているとしたら?

 確かめなければならない。

 俺は猫を抱きかかえて台所へ行き、まな板の上に載せた。そして包丁を取り出し、刃をその首に当てて――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カルチャースクール小説講座課題集 木下森人 @al4ou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ