第49話

「――復学おめでとう、ロア」

「ありがとうざいます、トレス様」


 二週間の謹慎が明け、登校したわたくしはトレス様のお誘いを受け、お昼をご一緒させていただいています。

 場所はガーデンパーテイーの会場にもなっていたお庭です。わたくしが見たのは混沌とした様子が最後でしたので、荒れていた全てが綺麗に消え失せている様子に感嘆します。

 入った職人さんたちの技量に感謝ですね。


「トレス様の方は、お変わりありませんか?」


 特に、秘宝の無断使用の件で。


「何もない。アスティリテがオチを用意してくれたおかげで、すんなり片付いたからな」


 黒い魔導装兵が討伐された話は、謹慎中のわたくしの耳にも入ってきました。中身は――おそらく誰も入っていなかったことでしょう。ですが公式には捕まって処断されたことになっています。


「幸いでしたわ。レグナ様には助けていただいた恩ができましたわね」


 アスティリテ家が所有する魔導装の一揃いが、確実に紛失しているはずですし。いずれ何らかの形でお返しする必要があるでしょう。


「感謝はしてるが、怖い奴に借りを作った気もする」

「仕方ありませんわ。お返しするときには、勿論わたくしも協力いたしますから、頑張りましょう」

「ん。まあ、そうだな」


 やや物憂げだった様子を消すと、トレス様はわたくしを見て甘やかな微笑をその面に乗せます。


「お前が今、清々しく笑って俺と同じ席に着いている。それでもう、充分だ」

「……トレス様が笑っていてくださるのなら、わたくしも充分です」


 望んだ結果を得るための過程でしたから、気を重くするのは止めましょう。

 厄介ではあっても、レグナ様があまりにも道理に外れた行いをするとは思いませんから。


「あ、いた。お二人共ー! 少しお話いいですかー?」

「ちょ、ちょっとエスト! また不敬だって言われて狙われるから……っ」


 建物の入り口すぐの所から、エスト嬢が手を口元に添えつつの大声でこちらに呼びかけてきます。

 隣のクルスさんは、顔色が青いです。

 エスト嬢の思い切りの良さに付き合うのは、大変ですものね。心中お察しいたします。

 それでも彼女から離れないあたり、彼は本当に良き友人だと思います。そこに恋心があったとしても。


 エスト嬢は、もっとクルスさんを大切にするべきかと。

 平民の恋愛は自由ですから、彼の気持ちに応えるかはともかくですが。友人としては彼の誠意に応えるべきかと思いますわ。

 ……いえ、勿論、大切にされているに決まっているのですが。彼の復学のために、エスト嬢は諦めずに戦ったのですから。


「ごきげんよう、クルスさん、エスト。誤解が解けたようで何よりです」

「ラクロア様……。その、先日は大変失礼を申し上げました。申し訳ありません」


 話をするのに適切な距離になった二人へと声を掛けると、クルスさんは腰から頭を下げ、謝罪を口にしました。


「構いませんわ。結局、わたくしの家が行ったことに違いはないのですから」

「けど、侯爵夫妻とラクロア様は別人です」

「貴族は個である以上に、家なのです。ですから、貴方がわたくしに謝罪をする必要はありません」


 クラウセッドが行ったということは、わたくしにも咎があるのですから。


「貴族、面倒くさー……」


 まとめてくれてありがとう、エスト嬢。


「貴方の無事な姿を見られて、ほっとしました。けれどこれからは体のいい生贄にならないよう、言動を考えることを推奨しますわ」

「ファディアはこれから先、ますます貴族に目を付けられる存在になるだろう。彼女の近くにいるつもりなら、お前にも覚悟と実力が必要だ」

「はい。肝に銘じておきます」


 平穏とかけ離れると分かっていても、エスト嬢から離れるつもりはないのですね。

 ……よく、分かります。


「ま、お前なら心配いらないんだろうけどな。元々攻略対象だし、スペック高いのは確実だ」

「攻略はしてないけどねっ」

「してなくても、割と順調に進んでるぞ? ヒロイン。兄上始め、アスティリテも興味持ったみたいだし、ヴェイツとの個人授業は継続だろう? 共に戦ってやりやすかったと、レイドルも褒めてた」

「やーめーてー!! あたしは! 騎士にっ、なるの!」

「シナリオなぞったら、自然そうなっていくよなあ」

「くぅ……っ」


 高位貴族の方々から覚えが良いのは、エスト嬢にとって大切なことかと思います。ですが彼女は、なぜかがっくりとうなだれました。

 まあわたくしも、セティ様にだけは特別な意味で近付いて欲しくはないと思いますが。倫理的にも、クロエ様のためにも。


「アスティリテには感謝しておけよ。お前は実戦で一つ箔をつけた」

「それは、そうね。感謝してる。すっごく怖かったけどね!」

「だがお前は逃げなかった。シナリオ外で、どうなるかも分からなかったのに。――だからきっと、お前は望みを叶えるさ」


 虚を突かれたように微かに目を見開き固まって、それからエスト嬢はわたくしへと顔を向けました。


「正直言えば、あたしの足は逃げようとしたわ。でも、それってあたしが『カッコいい』って思う騎士じゃないから。できるところまでやってみようって思ったの。逃げなかった人の前で、逃げたくなかったから」

「……エスト」


 貴女は、本当に強い人ですね。

 かつて馬車の中で、エスト嬢は逃げる選択をした己に悔しがっていました。

 だから今度は、意思の力で、挑んだのですね。


「だから言ったでしょう? 貴女は戦う人だろう、と」

「貴女がそう言ってくれたから、やってやったわ」

「ありがとう。貴女の勇気の一助となったというのなら、誇らしく思います」


 信じてくれる人がいること。

 現実的には、何の影響力もないと言われれば否定はしません。気持ちだけではどうにもならないのは事実です。

 けれどわたくしは知っています。

 信じてくれる人がいることが、どれだけの救いとなり、支えとなるのか。


 今ならば分かります。わたくしはそれを、お姉様以外の方に求めて、信じるのが怖かった。

 裏切られたとき、どれだけ悲しいか。そしてどれだけ損失を被るかを、お父様やお母様から教え込まれていたから。


 お父様とお母様は、正しいです。

 自分から信じずに、人から信用など得られません。ですが信じるのは常に裏切りの危険との背中合わせ。背負うものが多いほど、難しいです。

 それでも、すべての人を拒絶して生き続けるのは心が辛くて、寂しいから。


 エスト嬢から視線を外してトレス様へと移すと、注がれた目線に気が付かれた様子で、わたくしへと顔を向けてくださいました。

 柔らかく笑んだトレス様に、わたくしもほっと口元が綻ぶのを感じます。


「ん。やっぱりお前は可愛いよ、ロア。本当はそうやって笑うんだな」

「貴方の隣だから、ですわ」


 本当はまだ、少し怖い。

 けれど胸に満ちているのは、ずっと幸福な気持ちで。


「わたくしの婚約者が貴方であったことを、とても嬉しく思います」

「ありがとう。俺も同じだ」


 そして互いに、お互いに対して告げるべき言葉を唇に乗せました。


「あなたのことを、愛しています」

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転生悪役令嬢の妹は、フラグ回避した姉の代わりに悪役令嬢を引き継いだらしいです? 長月遥 @nagatukiharuka

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