素晴らしき我らが四季

ウタテ ツムリ

素晴らしき我らが四季

 理の巫女が死んだ。

 彼女の存在を、その存在意義を知る者は決して多くはない。世間に知られていない神がひっそりと小さな神社で祀られているように、彼女はごく一部の者たちによってその存在を保ってきた。

 しかし、ちっぽけな存在である一人の巫女が世界に与えていた影響はすさまじかった。彼女がいるからこそ成り立っていることがいくつもあり、四季の巫女たちをはじめとしたこの世に存在する数多の巫女たちを束ね、その支配下に置いて世界に安定をもたらしたのは誰であろう理の巫女だったのだから。

 その理の巫女が死んだ。

 次なる理の巫女が現れなかったのか、何者かの陰謀による工作結果なのか、あるいはその存在の偉大さを人々が忘れてしまったのか。

 理由はわからない。だが、理の巫女が死んだことだけは瞬く間に誰もが知るところとなった。

 理の巫女は死んだ。

 それから数日も経たないうちに、四季が崩れ落ちた。




 神とは、自然現象だ。

 巫女とは、自然現象に愛され、それらを意のままにできる怪物だ。

 そして社とは、怪物に怪物もどきにされたやつらの集団だ。

 俺がそれを理解したのは先代秋の巫女に初めて会った時だった。

 社のやつらと同じように、俺もその当時は秋の巫女に対して絶対の忠誠を誓ってたし、尊いものだとして崇め奉っていた。初めて秋の巫女と顔合わせをした時、紅葉した山が似合うような女性だと思った。涼やかでいてどこか力強さを感じる目が今もはっきりと思い出せる。

 その日、俺は正式に社の一員となり秋の巫女の手足として動く影の者となる証を与えられることになっていた。それは秋の巫女手ずから俺に下賜されるのだ、とくそジジィは興奮した様子で語っていた。

 昔は、それが名誉なのだと信じていたし、悦に浸っていたと思う。俺は他のやつらとは違う。選ばれなかった落ちこぼれの血縁者どもとは違うのだと、鼻高々に日々を過ごしていた気がする。恥ずかしい。過去に戻れたらそのうぬぼれたガキの鼻っ柱をぶん殴ってへし折ってやるのに。

 秋の巫女は何か長々しい口上を述べて細々と作業をしたかと思えば日に焼けていない、傷一つない白い手で俺の額に触れた。鼻から胸へ通り抜ける独特な匂いがした。

 そこからは一瞬だった。

 体の中に液体を流し込まれているような感じがして、次に目を開け時には自分の部屋で寝ていた。わけがわからなかったし、巫女様の前で何をしたのか覚えていないせいでめちゃくちゃ不安になった。いてもたってもいられなくて、ふらつく足で部屋から飛び出してくそジジィを探した。

 結局くそジジィは見つからなかったし、誰もいなかったから渋々顔を洗いに行った。んで、鏡を見た。

 ご立派な牙が生えていた。髪の毛がなくなって、頭になんかごつごつしたメットみたいなやつができてた。よくよく確認してみたら体にもあちこちに頭と同じような硬い殻みたいなのがついてる。あの時はとにかく情けない声が出ないように口を固く閉じることくらいしかできなかったな。

 そして俺は秋の巫女の所有物となること、社の正式な一員となることの意味を知った。見事、怪物もどきの仲間入りをしたわけだ。

 あの時と同じ匂いがして、額がうずく。服が窮屈になる感じには覚えがある。


「チッ!」


 うっとうしい。

 西の社は壊滅した。生き残りは俺だけ。

 くそったれなジジィも、社の同類どもも、落ちこぼれとさげずんだやつらも、区別なく殺された。狂った怪物は好きなだけ好きなようにした後、俺に呪いを残して死んだ。


『次の巫女を、お願いね』


 なんで俺がそんなことを。ようやくお前らから解放されたんだ。秋の巫女と接触さえしなきゃ俺はまともな人間のふりをして生きていける。もう二度と、四季の巫女にも方位の社にも関わらないと誓って、それらすべてを避けて今まで生きてきた。


「生きてきたってのに」


 鼻をくすぐるのは、秋の夜明けの匂い。空気が冷たく鋭くなったのではないかと思わせる匂いでありながら、どこか落ち着く涼やかな秋の香りだ。

 今どき時代錯誤な重々しい枷と鎖に縛られた、傷だらけの体を引きずっている少女。その体から香る匂いに、俺は長かった過去への逃避を終わらせるしかなかった。

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