第3話 穴二つ

 あたしには大好きだった幼馴染がいる。

 林桐刹子りんどうせつこ。あたしはいつもせっちゃんって呼んでいた。

 幼稚園の時に知り合って、泣き虫なあたしが先生以外で唯一心を開いたのがせっちゃんだった。

 せっちゃんはとっても美人で面倒見が良くて、誰もが憧れちゃうようなすごい人だった。

 それにせっちゃんは頭が良くて、問題が解けなくて泣きそうになるあたしに根気強く何度でも解き方を教えてくれた。


 せっちゃんだけだった。

 馬鹿なあたしに付き合ってくれたのも、不器用なあたしを手伝ってくれたのも、あたしの事を可愛いって褒めて構ってくれたのも、ずっとずっとせっちゃんだけだった。


 そんなせっちゃんの事を、友情を超えて好きになってしまったと気づいたのはいつだったけ?


 あたしが男の子に告白されてせっちゃんに会いたくなった時かもしれないし、テスト勉強が不安で泣くあたしを励ましてくれた時かもしれない。

 とにかくあたしは自分の気持ちに気づいてしまった時から、この恋心をどうやって伝えるべきかずっとずっと悩んでいた。


 あたしはいつも「大好き!」ってせっちゃんにアピールしているけど、せっちゃんは全く本気にしてくれなかった。

 あたしが馬鹿だからかな?

 ドラマや映画みたいにロマンチックに伝えられないからかな?

 あたしがどんなに気持ちを伝えても、友達としての好きだとしか思ってくれなかった。


 どうやったらこの「好き」を伝えることができるのかな? そんな事を悩んでいたある日、一つの噂を偶然聞いた。


「縁結びのおまじないって知ってる?」

「え、なになに?」

「好きな人の髪の毛を気づかれないで手に入れて、それを手作りのお守りの中に入れるの! それで、そのお守りを他の誰にも触られずに一年間持ち続ける事ができたら結ばれるって!」

「何それー難しくない?」

「難しいのもそうだけど、これには注意しなきゃいけないことがあって、そのお守りをもし無くしちゃうと——」


 居ても立っても居られなかった。

 あたしはすぐにこのおまじないをやるための準備をした。

 せっちゃんの髪は簡単に手に入った。だってせっちゃんは良く家に遊びに来てくれてたから、帰った後地面を探したら綺麗で真っ直ぐなせっちゃんの髪を見つけることができた。

 苦労したのはお守り作り。手先が不器用だから何度も何度も針で指を刺しちゃって、それでも諦めないで作り続けたおかげで、不恰好だけど何とかそれっぽくなった。

 何度も針で刺しちゃったから、お守りが血で汚れちゃったけど大丈夫かな? って心配にはなった。だけど汚しちゃダメなんて言ってなかったから、あたしは誰にも触られないように、肌身離さず大事に大事に持ち歩いた。


 それからちょっとずつせっちゃんとの距離は縮まれたかな? 分からない。

 でもせっちゃんとは今まで以上に目が合う気がするし、いつも以上に構ってくれる気もする。


 もしかしたら上手くいくかも! なんて期待もした。

 そんな頃、羽流くんに告白された。確か女子の間でも人気だった男の子だと思う。

 そんな人がなんであたしを? ってびっくりして、でもあたしの気持ちはせっちゃんにしかないって、素直に伝えた。

 そしたら驚くことに、羽流くんは「だったら俺も花道の恋が上手くいくよう手伝うよ!」って言ってきた。

 

「なんで?」

「……あ、ごめん。だって、花道の笑顔が俺は好きだから」


 それからは、何故か羽流くんがあたしの相談に乗ってくれるようになった。



 ………………

 …………

 ……



「せっちゃん、会いにきたよ」


 大人になったあたしは、今日も街の一角にある霊園に訪れていた。

 手を合わせる墓石に掘られているのは『林桐家の墓』。ここにせっちゃんは眠っている。


 十年前、高校最後の夏。

 せっちゃんは突然この世を去った。

 その日は朝からせっちゃんの両親が、せっちゃんが何処にもいないってあたしの家まで探しに来て、あたしも当然学校を休んでせっちゃんを探し回った。

 だけど非情にも、せっちゃんの行方を知れたのは三日後のテレビニュースで、慌てて駆け込んだ病院で見たのは原形も残らないほど黒く焼き焦げたモノだった。


「……せっちゃん?」


 呆然とするあたしの耳に、せっちゃんが隣町にある神社の雑木林で、雷に打たれて焼かれたらしいと言う会話がすり抜けていく。


 あたしは目の前の塊がせっちゃんだったなんて、暫くは信じられなかった。

 だって、だってそんなはずはない。あたしの大好きなせっちゃんはあんなにも綺麗で、こんな縮れた黒い塊なんかじゃなくて、「また明日ね」ってあたしに笑ってくれて、それで、それで……

 無意識に心の拠り所になっていた縁結びのお守りに手が伸びた。


「あ、れ?」


 ない。どこにもお守りがない。


「なん、で……どうしてっ……」


 ポケットもカバンの中も、あらゆる所をひっくり返してもお守りはみつからなかった。

 あれ、そういえば最後に見たのはいつだっけ……

 血の気が引いたのが自分でも良くわかった。


「ぁっ……ぃや、あた、し……あぁ……」


 —— これには注意しなきゃいけないことがあって、そのお守りをもし無くしちゃうと『不幸が訪れるんだって』。


「っっ、いやぁあぁああぁああああっ!!」


 錯乱して、泣いて喚いて大暴れして、気がついたら自分の部屋でお母さんに抱きしめられていた。



「せっちゃん、あのね……今日は謝らなきゃいけないことがあるの」


 もう二度と立ち直れない。

 そう思ったあたしも、いつの間にか十年も歳を重ねてしまっていた。


 初めの方は「あたしのせいで」が口癖で、毎日毎日泣き暮らして、食事も喉を通らずに見る見る体重が落ちていった。何度も後を追おうとして止められて、病院にだって連れて行かれた。

 誰よりも憔悴したあたしを両親も、せっちゃんの両親でさえも心配してくれた。

 そして、もう一人……


「あのね、せっちゃん。あたし、もうここには来ないことにするの」


 毎年の命日に限らず、月に一回は墓参りにきていたあたしだけど、それも今日でお仕舞いにする。


「あたしね、結婚するの」


 自分のお腹に手を当てて、せっちゃんが眠る墓石を見つめた。

 このお腹の中には新しい命が一つ、宿っている。


「相手はね、羽流くんって言って、せっちゃんがいなくなった後ずっとずっと支えてくれて」


 どんな状態でも、泣いても、暴れてもずっと側にいてくれて、もう一度立ち直りことができたのは間違いなく羽流くんの力が大きかった。


「あたしね、せっちゃんがずっと一番だったの。羽流くんがあたしの事好きでいてくれて、沢山つくしてくれていても、ずっとずっとせっちゃんが一番だったの」


 せっちゃんが一番なのになんでこんな良くしてくれるの? って泣いた回数も数えきれなかった。


「それなのに羽流くんずっと、優しいんだ。あたしなんかに、ずっと……」


 喋りながら、ポロポロと涙がこぼれてしまった。

 今までのことを考えるて羽流くんに対する罪悪感と、これからやろうとすることを考えてせっちゃんに対する罪悪感で潰れてしまいそうだった。


「だからね、あたしね……もうせっちゃんから卒業するの……子どもができて、結婚することになって、これ以上をせっちゃんを一番にする事はできないって思ったの」


 しゃがみ込んで墓石の横の土を掘る。


「これからは羽流くんに恩を返さなきゃ……子どもを一番にしてあげなきゃ……今いるみんなに、気持ちを向けなきゃ……」


 ようやく小さな穴が掘れたところで、あたしは大事に持っていたせっちゃんの遺骨をその中に入れた。

 葬儀の後、燃え残った遺骨の一欠片を、哀れに思ったせっちゃんの両親が持たせてくれたもの。

 この十年間ずっと肌身離さず持ち続けたあたしの宝物。


「ごめんね……せっちゃん、ごめんね……」


 これを持っていたら、あたしはきっといつまでも前を向けない。

 あたしは器用じゃないから、せっちゃんを抱えたままみんなを愛することができない。

 だからここにあたしの恋心も一緒に埋めてしまうの。


 せっちゃんに恋をしていた花道十愛を、ここで殺してしまうの。


「ごめんね……」


 穴を綺麗に埋め直して、あたしは立ち上がる。

 このお墓の中には、せっちゃんとあたしの恋心が眠っていた。


「さようなら」


 振り向いてしまわないように、意を決して歩き出す。


 ざわざわと背後で木々が物悲しそうに揺れていた。

 それでもあたしは、歩みを止めることはしなかった。

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人を呪わば ピギョの人 @LuinaRajina

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