第2話 縁切りのおまじない
「その先は危険っすよ」
見知らぬ青年が話しかけて来た。
私は今、縁切りのおまじないをしにとある神社の裏手にある林に足を踏み入れていた。
「縁結びなら来た道を引き返して——」
ここの神社の人なのか、律儀に帰り方を説明しだしたけど無視してどんどん先へと進む。
トイレで噂を聞いた後、私は自分でもこの縁切りのおまじないを調べて、今日実行しようと決意して来た。
隣町にある縁結びの神社。その裏手の林の中には縁切り様を祀った小さな祠がある。
そこでお願いすれば、願った二人の縁を断ち切ってくれるのだという話だった。
「ねぇ、やめた方が良いっすよ」
私に引き返す気がないのを察したんだろう。
青年がなぜか後をついて来ながら、忠告めいた事を言ってくる。
「ねぇってば、本当に危ないんすよ?」
うるさい。
「まだ間に合うっす。引き返そう?」
うるさい!
「やって良い事と悪い事があるっす」
うるさいうるさいうるさいうるさい!!
「私には十愛ちゃんしかいないの!! ほっといてよ!」
叫ぶだけ叫んで、林の奥へと走っていく。
あんなにしつこく話しかけて来たのに、後を追う気配はいつの間にかなくなっていた。
「ここが縁切り様の祠」
あれからそう進まないうちに、苔むした小さな祠を見つけた。
とても寂れた場所だった。
耳が痛いほどの静けさってこういう事なのかもしれない。
木々に覆われて光も差さないこの場所は、鳥や虫の鳴き声すら聞こえなかった。
「えっと、縁切り様にお願いする手順は……」
調べた内容を思い出しながら、そのやり方をなぞっていく。
壱. 丑三つ時に祠の前へ
弍. 縁切り対象の私物を供えよ
参. 二礼二拍手一礼をし
肆. 大きな声で願いを唱えよ
私は手にしたお守りを祠の前に供えた。
十愛ちゃんが縁結びのおまじないで用意したお守り。
今頃気づいて失くしたと泣いているんだろうか。
これでおまじないは失敗だね、十愛ちゃん……
「ごめんね」
嫌いすぎて名前すら思い出せないあの男は、明日から十愛ちゃんの側を離れてくれるだろうか。
そう考えると嬉しくて仕方ない反面、お守りを失くして泣く十愛ちゃんを想像して胸がチクリと痛む。
「ごめんね、ごめんね……」
二礼二拍手一礼と私は縁切りを続けていく。
だってもう引き返せない。
わざわざ深夜にこんなところまできた。
十愛ちゃんの心を踏みにじって、泣かせてしまった。
ここまできたら最後までやり遂げるしかない。
「縁切り様、縁切り様、どうか……」
——やって良い事と悪い事があるっすよ。
そういえばどうしてこんな時間に人がいたんだろう。
一瞬青年の声が脳裏をよぎったけど、
「……っ! どうか、どうか十愛ちゃんと十愛ちゃんが好きなあいつの縁を切ってください!!」
迷いも引き止める声も振り払って、私は祠に向かって願いを叫んだ。
ぎゅっと祈るように目を瞑って待つこと五秒、十秒、三十秒、一分……
「は、ははっ……」
起こるはずない。
何かが起きるわけない!
だってこんなの迷信に決まってるじゃないか!
急に冷静になった私は、力無くその場に崩れ落ちた。
一体何を期待してたんだろう……馬鹿みたいに。本当に、なんで、こんな……
「あは、はははっ、はは……あはははは……」
馬鹿だなあ私。
嫉妬心に駆られて、こんな事をしでかすなんてどうかしていたとしか思えない。
憑き物が落ちたように頭がスッキリしたのと同時に、途方もない罪悪感が私を襲った。
「十愛ちゃん…… 十愛ちゃん……ごめん、ごめんね…… 十愛ちゃん……」
こんなくだらない事で悲しませてしまうなんて。
魔が差した。
寝不足のせいだ。
そう。きっとそう。
「うぁっ、うっ、うぅ……あぁああぁああああ!!」
誰もいないのを良い事に、私は声を上げて泣いた。
泣いて泣いて泣いて、そして、
「帰らなきゃ……」
帰ってちゃんと十愛ちゃんに謝らなきゃ。
許されなくても良い。怒られたって良い。それでもちゃんと、ちゃんと心から謝ってこのお守りを返そう。
雑に涙を拭い、私はお守りを拾って帰路につく。
ゴロゴロと遠くで雷鳴が響いた。
急がなきゃ。これは一雨来そうだ。
………………
…………
……
それでは次のニュースです。
本日未明、三日前より行方不明となっていた◯×市の林桐刹子さんが発見されました。
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