ガダルカナル ノ トウショウシャ
葉山 宗次郎
ガダルカナル ノ トウショウシャ
「一木支隊よりガ島奪回成功の電文です!
「でかした」
8月21日東京三宅坂の参謀本部に入った明るい報告を受け取った高級幕僚は喜んだ。
「そうか、先遣隊だけで撃破出来るか、心配したがやってくれたか。さすが一木大佐」
帝国陸軍でも白兵戦の神様と言われた一木大佐。武勇の誉れ高く、弱兵である米兵を容易く打ち倒してくれたと喜んだ。
「はい、米兵恐るるに足らずでありますな」
参謀の一人は明るく言うが、海軍の支援のあってのことだ。
8月8日のソロモン海戦で三川艦隊がガダルカナルの泊地へ突入。
重巡を主力とする艦隊を撃破後、再突入し米軍上陸船団を殲滅。
上陸地点へも艦砲射撃を行い米軍上陸部隊を叩きのめした。
偵察部隊程度にやり過ぎだという話も出たが、米軍に痛打したのは愉快だった。
「一木支隊より捕虜の後送を求める電文が来ています」
「そうか、何名だ」
「一万名です」
「一万!」
高級幕僚は驚愕した。
威力偵察程度で多くても敵部隊は二千名と考えていた。
そこから考えれば捕虜の数が多い。
「一桁間違えていないか?」
「だと思います。それと電文でトウショウシャあり、至急医薬品を送られたし、と打電しています」
「トウショウシャ? 凍傷者のことか。なんで熱帯で凍傷になる」
「さあ?」
一木支隊は北海道旭川の歩兵第二八連隊を基幹としている。凍傷は見慣れているだろうが、熱帯で凍傷とはおかしい
「もしかしたら、白兵戦が起こり、敵に刀傷者、銃剣や軍刀で傷を負わせた者がいるということでは」
「おお、そういうことか」
高級幕僚は膝を手で叩いて納得した。
「無敵皇軍の勇敢な兵士、しかも白兵戦の神様である一木大佐ならそのような事があっても不思議はない」
高級幕僚はそう判断して、早速ラバウルに凍傷用の包帯と治療薬を運ばせるよう命じた。
「大佐、圧倒的に敵、いや捕虜が多すぎます」
「分かっている」
一木大佐は悲鳴を上げる部下を叱るように答えた。
困っているのは一木大佐も同じだ。
敵は偵察部隊で最大二千名のはずが一万名もいる。
彼らを尋問した結果、米軍はガダルカナルへ一個海兵師団一万名で上陸したそうだ。
だが、8日の日本海軍の夜戦により物資を積んだ輸送船が沈められ孤立。
上陸させた物資も、直後の艦砲射撃で灰燼に帰した。
しかも海上待機中の六千名と艦隊、船団の生存者が投げ出され浜辺に逃げ延びてきたため、上陸した人数が増えた。
日本海軍の警戒が厳しく、弱体化した海上部隊では上陸した部隊へ補給は殆ど行えず、連合軍は開戦翌日から撤退を開始した。
しかし、日本海軍の警戒は厳重であり撤退も困難で、一木達が上陸した時点でガダルカナルには連合軍一万名が残っていた。
一木支隊と接触した連合軍は、日本軍の反撃が始まった、それも大軍に包囲された、艦艇の援護がある、と思った連合軍将兵達は降伏を選択。
千名に満たない日本軍一木支隊に降伏した。
直後から一木は困った。
一木達は支隊本隊の先遣隊として上陸し偵察を行い本隊到着を待ち連合軍攻撃する計画だった。
そのため先遣隊は各自七日間の携帯食を持つのみで、一万名の捕虜を養うだけの食料などない。
海軍の設営隊の生き残り一二〇〇名と合流したが、彼らも焼け出されたため、持っている食料は少なかった。
やむをえず、米兵と一緒になって灰燼に帰した食料備蓄所や海軍の設営隊が残した食料を使って、食事を作っている。
コメとトマトジュースを鍋に入れて、トマトリゾットを作ったりと、創意工夫をして何とかしている状況だ。
「しかし、凍傷患者がいるとは」
一木が驚いたのは、本物の凍傷患者が捕虜の中にいたことだ。
熱帯でまさかと思ったが、本拠地である北海道や中国で何度も凍傷患者を見てきた一木も捕虜の凍傷を見て信じた。
何故こうなったのか、クラーク博士に師事した祖父を持ち英語に堪能な兵士が尋ねたところ、理解出来た。
彼ら海兵師団は今回の作戦の為に米本土から急送されたが、集結地に指定されたのがニュージーランドのオークランドだった。
八月の今の時期、南半球は冬。しかもオークランドは凍えるような寒さだ。
熱帯での行動を前提としていた彼らに防寒装備などなく、待機中寒さに震え、凍傷患者が出てしまった、というわけだ。
「熱帯に行く前に寒い土地で耐えるとは、どういうことだ」
さすがの一木も呆れるしかなかった。
だが、これがこの戦争の特徴だとも思った。
太平洋とインド洋という広大な地域、それも気候も大きく変わるような広い地域を舞台に行動するのだ。
寒い場所から暑い場所へ迅速に移動する事も十分にあり得る。
自分たちも、元はミッドウェーに上陸するはずが、作戦失敗によりグアムで待機となり、米軍上陸を受け、さらに南下してガダルカナルに来ている。
もしかしたら今度は寒い場所に転戦させられるかもしれない。
「全く参ったよ」
大陸で国民党軍相手に徒歩で移動していた頃が懐かしく思える。
とんでもない戦争に関わったと一木は思わずにはいられない。
「都営会えず何とか食わせないとな」
だが一木の当面の仕事は、次の戦場が暑いか寒いかを考えるより、捕虜にした一万名の処遇と食料の確保だった。
東京の参謀本部かラバウルの第一七軍が状況を理解し適切な支援を送ってくるまで、一木と彼の部下は米軍捕虜の官吏に奔走する羽目になる。
ガダルカナル ノ トウショウシャ 葉山 宗次郎 @hayamasoujirou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます