第8話 皆が目指す理想の世界
狭い道からも歩兵隊が駆けてきて、包囲をしている敵に接近していったわ。あれは?
「サハラーの傭兵団クァトロ。よくここが解ったわね……浜辺の中型帆船の煙ね」
「これが傭兵団ですか? なんだか凄い動きですけれど」
五人十人がまるで線を引いたかのように整列して動いて、互いを支援して戦っているわ。これは正規軍の動きよりも統一されているわ、それに騎士と同等の強さよ、そんな馬鹿なはずがないのに。黒塗りの装備をした二十人の歩兵がやって来る、護衛隊に警戒されて足を止めたわ。
「隊長、アサド参りました! これより指揮下に戻ります!」
「自分は任務に戻りますので詳しいことは後程」サイード副官が軽く目礼をして「着任を承認する。水夫らを守れ、横陣を敷いて敵を通すな!」輪を抜けて黒塗りの部隊へ混ざったわ。二十人横一列、左右の支援だけしかないのに水夫らを背に置いて敵を押し返していく、凄い。
馬に乗った黒服の巨漢が単身で輪の側にやって来る。
「たまの巡回で運よく戦えることが出来て今日はツイてる。貴公等はサイードが同道していたってことは、ドフィーネのお嬢様たちだな」
ユーナと目を合わせて共に進み出たわ。
「ドフィーネ王国ヴァランス伯爵の子、ナキ・アイゼンシアです」
「ソーコル王国デンベルク侯爵の法定推定相続人リグエル伯爵の子、アンデバラ子爵よ」
分かってはいるでしょうけど確認行為よこれは。下馬したけど凄い大きい人、ルシファーよりかなり背が高い。
「クァトロ副司令官のロマノフスキー大佐だ。美人の来訪大歓迎。雑魚の相手は部下に任せて、我等は街へ向かいましょう。心配せずとも大まかなことは理解しているつもりだ、ボス次第ではあるがね。それと、男前の騎士は大至急医者のところへ運ばせると約束しよう、勇気には敬意を」
ガハハハハハって気持ちよさそうに笑うと、こちらへどうぞっておどけて案内してくれる。思っていたのと大分違うけど、取り敢えずこれで安全……なのかな?
◇
乾いた風、海に浮かんでいる島とは思えないわね。特殊な気候がこのあたりを砂漠化せている、まるで神様の不興を買ったかのよう。黒服の兵に先導されて石造りの要塞のようなところに来たわ。
石壁の上に立てられている旗、黒地に白の四つ星。そう言えばたまに左腕にあの星を刺繍している人いるわね。
「ご一行様ご案内」
あの副司令官、ロマノフスキー大佐でしたっけ、にこやかに勧めてくれたわね。あの名前の響きバーデン王国の人かしら、肌も白いしきっとそうよね。先頭を歩ているのはサイードさんよ。
「ここって要塞のような感じですけれど?」
「はい、その通りです。我等クァトロの拠点として構えた場所でして」
ずばりそのものでした。ただ戦うことだけを重視したようなところなのよね、暮らしづらいとかは考えの範疇外よこれは。大きな扉の前で立ち止まると「この先は定められた人物のみでお願いいたします」誰を、とは言わないのね。
ユーナが私を見てる、でも口出しはしないわけか。そうね……いいわ。
「ユーナ、アーティファ隊長同行お願いします。他は待っていてください」
「わかったわ」
「承知致しました!」
小さく頷くとサイードさんが扉を開けて中へ招いてくれる。豪奢な装飾が施されている内装に、立派な絨毯が敷いてあるかと思ったら、質素な石造りは変わらないのね。奥に椅子があって、そこに一人座ってる。左右には黒服の傭兵、でも左腕に刺繍がある人ばかり。
サイードさんが進んでいって、途中で列に加わる、真ん中へんね。私も真っすぐに進んでいって、椅子の男の人の前に立ったわ。椅子の左右にも男の人が立ってる。あの男の人、褐色というには少し薄い色の肌、体格は良いけど骨が太い感じではないわ。黒い髪に黒い瞳、それとまだ三十代で若いわ。
椅子から立ち上がると二歩進み出て敬礼したわ。私もお辞儀をする。
「クァトロ司令官のイーリヤ将軍です。遠路はるばる訪ねて参られたとか」
「ドフィーネ王国ヴァランス伯爵の子、ナキ・アイゼンシアです」
互いに代表が一人だけ名乗る、他は随員としての立場だって示したわ。これは、これだけは私の役目よ。私だけの。
「話をしたいけれども、もう一人来るので待っていてもらいたい。ここに在りたいと願った者の意志を認めたい」
「もう一人?」
サハラー王国の人かしら、待つしかないわよね、こちらに言い分は無いわ。両手を腹の下で重ねてじっと待つこと数分、後ろの扉が開いたわ。振り向かずにじっとイーリヤ将軍を見詰めていると、気配が私のすぐ左隣で止まった。
「ル、ルシファー!」
「お待たせしました」
真っ正面に向き直ってルシファーが胸に手を当てて最敬礼をすると、イーリヤ将軍は肘を折って右腕を頭の横に翳したわ。
「ダグラス卿の勇気に最大限の賛辞を贈らせて貰う」
正面を私に向き直ると「アイゼンシア殿の話を聞かせて頂きましょう」真剣な面持ちで語り掛けて来る。
「政治亡命を求めます。ヴァランスはドフィーネ王国並びにヴィエンヌ伯爵に脅かされており、私では抗することかなわず、情けなくも逃げて参りました。恥を承知で保護を求めたく思います。見返りは約束できませんが、私には極めて下位ではありますがドフィーネの王位継承権があります。もしその際には厚遇することをお約束いたします」
空手形も良いところね、これで話がまとまるなら、あちらは大赤字よ。国を敵に回して厄介ごとを抱え込めなんて、私でもどうかしてるって思うもの。
「私をイーリヤと知っての言と解釈してよろしいでしょうか」
「はい。直接は存じ上げませんが、サイードさんの上官で、傭兵団の司令官で、アフリカの神と聞いています」
後ろの方でサイードさんが踵を鳴らしたわね。
「そうですか。一つ誤りがあります、我等クァトロは傭兵ではありません、私兵集団です」
「……と言いますと?」
「誰かに雇われるという形はとりませんので。何をするのも自らの意志でのみ決めています。貴女はサイードに何と言われてこちらへこられたのかお聞かせ願えるでしょうか」
私兵集団と傭兵の違いってそんなに大きいものかしら? まあいいわ、サイードさんは確かこう言ってたわね。
「はい『我等ナンバーズは、ボスの意思に沿い、自らの正義を躊躇することなく判断しております。それは必ず認められる』と。亡命を支持してくれました」
「そうですか」目を閉じると「サイード、その言葉に間違いは無いか」列に並んでいる彼に問いかけたわ。
「サー! 間違いありません! サー!」
ゆっくりと頷くと目を開けたわ。こちらの瞳をじっと覗き込んで来る。
「サイードの判断は俺の判断だ。その言を認める。ナキ・アイゼンシア伯爵令嬢の亡命を受け入れさせていただきます。サハラー王国への連絡はこちらからしますのでご心配なく、サルミエ手配を」
「ありがとうございます!」
「詳細を詰めるのはグロックに任せる。誰かダグラス卿を至急医務室へ!」
え? 左を向いた瞬間にルシファーが膝から倒れたわ。何が起こったか解らなかった、そんな無理をしてここに?
「ルシファー!」
黒服が駆け寄って来て、背負うと速足で部屋を出て行ったわ。
「大切な人の側に在りたいと願い、その意志を貫いたダグラス卿に敬礼!」
黒服全員が扉に向けて敬礼をしてる、どうして? 私にはわからない。アーティファ隊長が傍で耳打ちしてくれる。
「あの人は正真正銘の軍人なのです。嘘偽りなく、ただその力を正しく振るおうとしている、そんな存在。国の介入を受けずにそうするのは極めて困難です、いや無理と断言してもよい程です」
それを耳にしてユーナも。
「軍の維持には莫大な資金が掛かるのよ。でももし金銭でこれを雇えるなら、私なら喜んで支払うけど、本人が傭兵じゃないって言ってるんだから無理ね」
二人には真実が見えているのね、それなら私にもわかるわ。私は二人を信じているんですもの。
「ありがとございます、ルシファーを認めて下さって」
「立派な人物を立派だと評価出来る世を目指していますが、なかなかどうしてその当たり前が難しい」
「正しい世というのは理想でしかないのかもしれませんね。でもそれはいつか実現できると信じています」
「私もです。お疲れでしょう、まずはお休みを」
疲れている場合じゃないわ、でも頭の中を整理する時間は欲しいわね。これから次の人生が始まるわ、自分で考えて、自分で行動する。でも一人じゃない。ユーナと目が合うとにっこりと笑ってくれた。そうよ諦めてなんかやるもんですか!
優秀な令嬢が王子を支えようとすると婚約を破棄される 愛LOVEルピア☆ミ @miraukakka
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